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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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79.鎧の竜人




エーズの目の前に、一人の男が立っていた。


全身を覆う、鈍い光沢を放つ鎧。


頭部から足先に至るまで、隙間らしい隙間は見当たらない。


まるで、一体の鋼鉄の騎士だった。


男の名は――


『鎧の竜人』メイル・アーマール。


彼が身に纏っているように見える鎧。


しかし、それは装備ではない。


鎧そのものが、彼の肉体なのだ。


その硬度は異常だった。


鋼鉄をも凌ぐ、あらゆる攻撃を寄せつけない強靭な身体。


そして、その防御力は――


エーズの雷を纏った拳でさえ、例外ではなかった。


***


「………え? なんかした?」


メイルが首を傾げる。


まるで、何が起きたのか分かっていないかのように。


「………!?」


エーズの表情が変わった。


(……っ! こいつ……!!)


瞬時に危機を察知したエーズは、全身に雷を纏い、一気に後方へ飛び退いた。


バリバリッ!!


青白い稲妻が、エーズの身体を駆け巡る。


十分な距離を取ったところで、エーズはメイルを睨みつけた。


「……俺の攻撃が……効いてねぇ!!」


「………あ、殴られたの? 俺?」


「……殴ったことにも気づいてねぇ!!」


エーズの額に、冷や汗が浮かぶ。


これまで数々の敵を打ち倒してきた自慢の拳。


その一撃が、まるで通用していない。


いや、それどころか――


攻撃を受けたことすら、まともに認識されていなかった。


メイルはそんなエーズの様子など気にも留めず、ゆっくりと周囲を見渡した。


そこでようやく、何かに気づいたように声を上げる。


「あぁ、軍が攻めてきたんだぁ……」


「……………」


「……全くぅ、無駄に抗うなぁ、お前ら人間は」


気の抜けたような声。


その言葉とは裏腹に、メイルからは一切の緊張感が感じられなかった。


「……なにもんだ、お前!」


エーズが声を荒らげる。


すると、メイルは面倒くさそうに顔を向けた。


「あ? うるさいよ、お前」


「………っ!」


あまりにも軽い口調。


まるで、エーズのことなど敵としてすら見ていないようだった。


「お前らが必死に抵抗しても……クロスさんには絶対に勝てないよ?」


「………っ!」


その名前を聞いた瞬間、エーズの表情がわずかに変わった。


(……クロス?)


今回の戦いを指揮している敵。


そして、メイルが絶対的な信頼を寄せる人物。


おそらく――


今回の敵の頂点に立つ、竜王。


エーズはそう察した。



「へぇ……クロスかぁ……」


「………?」


「……それがお前らの親玉か?」


「あ、そうだよ?」


「………あっけな!」


「うん! 別に隠してないしね!」


「……………」


あまりにもあっさりと認められ、エーズは一瞬言葉を失った。


しかし、メイルはそんなことなど気にも留めない。


「それに、言ったところで敵わないのは明白だよ」


「……………」


その瞬間だった。




ドカァッ!!


「……!?」


轟音とともに、エーズの姿が掻き消えた。


次の瞬間には、メイルの懐。


全身に纏った雷が弾け、エーズの拳が一直線に突き出される。


真正面からの一撃。


その拳が、メイルの身体を捉えた。



――しかし。


「……………」


メイルは微動だにしなかった。


傷ひとつない。


身体が揺れることすらなかった。


エーズは即座に距離を取る。


そして、歯を食いしばった。


「…………っくそ!」


「……話、聞いてる?」


「うるせぇ、バーカ!」


バリバリバリッ!!


再び、雷鳴が弾ける。


エーズが地面を蹴った。


一瞬で間合いを詰め、拳を叩き込む。


ドガッ!!


ドガッ!!


ドガガガガガッ!!


一発ではない。


二発、三発。


いや、それどころではなかった。


エーズは超スピードで攻撃を繰り出し、殴るたびに距離を取る。


そして、再び突進する。


殴る。


離れる。


殴る。


離れる。


雷光が戦場を縦横無尽に駆け巡った。


そのたびに、凄まじい衝撃音が響き渡る。


普通の相手ならば、とっくに倒れていてもおかしくない猛攻。



それでも――


メイルは一歩たりとも動かなかった。


やがて、エーズは再び距離を取った。


「………………マジかよ」


肩が上下する。


呼吸を整えながら、エーズは目の前の敵を見据えた。


「………………」


メイルは、相変わらず無傷だった。


鎧の表面には、傷ひとつ見当たらない。


まるで、今までの攻撃など何もなかったかのように。


「……くそぉ、すばしっこいなぁ、もう」


メイルは呆れたように吐き捨てた。


「………………」


(なんだよ、こいつ……!)


エーズの額から、汗が一筋流れ落ちる。


(どんだけ攻撃したと思ってるんだ!)


(マジで……攻撃が効いてねぇ!!)


自分の拳が通用しない。


そんな相手がいること自体、信じがたかった。


「はぁ、もう……」


メイルが、深いため息をついた。


まるで、退屈な時間を過ごしているかのようだった。


(……いや! まだだ!)


エーズは拳を強く握りしめる。


(俺のパンチだぞ!)


(雷を纏ったパンチだ!)


(攻撃力だけはピカイチなんだ!)


これまで、自分の攻撃力には絶対の自信があった。


どんな相手だろうと、この拳でねじ伏せてきた。


ならば、今回だって同じはずだ。


殴り続ければいい。


何度でも。


何発でも。


いつか必ず、効いてくるはずだ。


エーズは自分にそう言い聞かせ、再び戦闘態勢に入った。



バリバリバリッ!!


雷が全身を駆け巡る。


「あと百発はお見舞いしてやるよぉ!!」


叫ぶと同時に、エーズの姿が掻き消えた。


メイルの正面へ、一瞬で移動する。


今度の狙いは顎。


エーズは拳を引き絞り、そこへ雷を集中させた。


(……いけぇ!!)


全身の力を込めた一撃。


その拳が、メイルの顎へと放たれる。



――その瞬間。


ガシィッ!!


「…………!?」


エーズの腕が、止まった。


拳が届く寸前。


メイルが、その腕を掴んでいた。


「…………っ!?」


エーズの目が見開かれる。


(……なっ!?)


これまで、何度も攻撃を繰り出してきた。


それでも、メイルは一度たりとも反応を見せなかった。



なのに――


今、この瞬間。


自分の動きが、止められた。


「あ! やっと捕まえた!」


メイルが、嬉しそうな声を上げた。


「や……やべぇ!!」


エーズは咄嗟に腕を引こうとする。


しかし、びくともしない。


メイルの手は、まるで鋼鉄の万力のようにエーズの腕を締めつけていた。


「ははっ! 動きは早くても、思考が遅いね!」


「……っ、こいつ!!」


メイルはエーズの腕を掴んだまま、ゆっくりと持ち上げた。


足が地面から離れる。


「……うおぉ!?」


エーズの身体が宙に浮いた。


逃れようともがく。


だが、メイルの腕は微動だにしなかった。


圧倒的なスピードを誇るエーズ。


その自慢の機動力は、たった一本の腕を掴まれただけで封じられていた。


メイルは、宙吊りになったエーズを見上げる。


先ほどまでの気の抜けた声から、わずかに感情が消えた。


「……死ね、人間」


次の瞬間。


メイルの腕が、大きく振り下ろされた。



ドガアアアアッ!!!


凄まじい衝撃音が、戦場に轟いた。


地面が砕け、土煙が一気に舞い上がる。


「……ぐほぉっ!!」


エーズの身体が、地面へと叩きつけられた。


衝撃で、肺の空気が一気に吐き出される。


「…………っ、が……!」


土煙の中。


エーズは地面に沈み込み、苦悶の声を漏らした。


その頭上から、メイルが見下ろしていた。


まるで、虫を踏み潰したかのように。

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