79.鎧の竜人
エーズの目の前に、一人の男が立っていた。
全身を覆う、鈍い光沢を放つ鎧。
頭部から足先に至るまで、隙間らしい隙間は見当たらない。
まるで、一体の鋼鉄の騎士だった。
男の名は――
『鎧の竜人』メイル・アーマール。
彼が身に纏っているように見える鎧。
しかし、それは装備ではない。
鎧そのものが、彼の肉体なのだ。
その硬度は異常だった。
鋼鉄をも凌ぐ、あらゆる攻撃を寄せつけない強靭な身体。
そして、その防御力は――
エーズの雷を纏った拳でさえ、例外ではなかった。
***
「………え? なんかした?」
メイルが首を傾げる。
まるで、何が起きたのか分かっていないかのように。
「………!?」
エーズの表情が変わった。
(……っ! こいつ……!!)
瞬時に危機を察知したエーズは、全身に雷を纏い、一気に後方へ飛び退いた。
バリバリッ!!
青白い稲妻が、エーズの身体を駆け巡る。
十分な距離を取ったところで、エーズはメイルを睨みつけた。
「……俺の攻撃が……効いてねぇ!!」
「………あ、殴られたの? 俺?」
「……殴ったことにも気づいてねぇ!!」
エーズの額に、冷や汗が浮かぶ。
これまで数々の敵を打ち倒してきた自慢の拳。
その一撃が、まるで通用していない。
いや、それどころか――
攻撃を受けたことすら、まともに認識されていなかった。
メイルはそんなエーズの様子など気にも留めず、ゆっくりと周囲を見渡した。
そこでようやく、何かに気づいたように声を上げる。
「あぁ、軍が攻めてきたんだぁ……」
「……………」
「……全くぅ、無駄に抗うなぁ、お前ら人間は」
気の抜けたような声。
その言葉とは裏腹に、メイルからは一切の緊張感が感じられなかった。
「……なにもんだ、お前!」
エーズが声を荒らげる。
すると、メイルは面倒くさそうに顔を向けた。
「あ? うるさいよ、お前」
「………っ!」
あまりにも軽い口調。
まるで、エーズのことなど敵としてすら見ていないようだった。
「お前らが必死に抵抗しても……クロスさんには絶対に勝てないよ?」
「………っ!」
その名前を聞いた瞬間、エーズの表情がわずかに変わった。
(……クロス?)
今回の戦いを指揮している敵。
そして、メイルが絶対的な信頼を寄せる人物。
おそらく――
今回の敵の頂点に立つ、竜王。
エーズはそう察した。
「へぇ……クロスかぁ……」
「………?」
「……それがお前らの親玉か?」
「あ、そうだよ?」
「………あっけな!」
「うん! 別に隠してないしね!」
「……………」
あまりにもあっさりと認められ、エーズは一瞬言葉を失った。
しかし、メイルはそんなことなど気にも留めない。
「それに、言ったところで敵わないのは明白だよ」
「……………」
その瞬間だった。
ドカァッ!!
「……!?」
轟音とともに、エーズの姿が掻き消えた。
次の瞬間には、メイルの懐。
全身に纏った雷が弾け、エーズの拳が一直線に突き出される。
真正面からの一撃。
その拳が、メイルの身体を捉えた。
――しかし。
「……………」
メイルは微動だにしなかった。
傷ひとつない。
身体が揺れることすらなかった。
エーズは即座に距離を取る。
そして、歯を食いしばった。
「…………っくそ!」
「……話、聞いてる?」
「うるせぇ、バーカ!」
バリバリバリッ!!
再び、雷鳴が弾ける。
エーズが地面を蹴った。
一瞬で間合いを詰め、拳を叩き込む。
ドガッ!!
ドガッ!!
ドガガガガガッ!!
一発ではない。
二発、三発。
いや、それどころではなかった。
エーズは超スピードで攻撃を繰り出し、殴るたびに距離を取る。
そして、再び突進する。
殴る。
離れる。
殴る。
離れる。
雷光が戦場を縦横無尽に駆け巡った。
そのたびに、凄まじい衝撃音が響き渡る。
普通の相手ならば、とっくに倒れていてもおかしくない猛攻。
それでも――
メイルは一歩たりとも動かなかった。
やがて、エーズは再び距離を取った。
「………………マジかよ」
肩が上下する。
呼吸を整えながら、エーズは目の前の敵を見据えた。
「………………」
メイルは、相変わらず無傷だった。
鎧の表面には、傷ひとつ見当たらない。
まるで、今までの攻撃など何もなかったかのように。
「……くそぉ、すばしっこいなぁ、もう」
メイルは呆れたように吐き捨てた。
「………………」
(なんだよ、こいつ……!)
エーズの額から、汗が一筋流れ落ちる。
(どんだけ攻撃したと思ってるんだ!)
(マジで……攻撃が効いてねぇ!!)
自分の拳が通用しない。
そんな相手がいること自体、信じがたかった。
「はぁ、もう……」
メイルが、深いため息をついた。
まるで、退屈な時間を過ごしているかのようだった。
(……いや! まだだ!)
エーズは拳を強く握りしめる。
(俺のパンチだぞ!)
(雷を纏ったパンチだ!)
(攻撃力だけはピカイチなんだ!)
これまで、自分の攻撃力には絶対の自信があった。
どんな相手だろうと、この拳でねじ伏せてきた。
ならば、今回だって同じはずだ。
殴り続ければいい。
何度でも。
何発でも。
いつか必ず、効いてくるはずだ。
エーズは自分にそう言い聞かせ、再び戦闘態勢に入った。
バリバリバリッ!!
雷が全身を駆け巡る。
「あと百発はお見舞いしてやるよぉ!!」
叫ぶと同時に、エーズの姿が掻き消えた。
メイルの正面へ、一瞬で移動する。
今度の狙いは顎。
エーズは拳を引き絞り、そこへ雷を集中させた。
(……いけぇ!!)
全身の力を込めた一撃。
その拳が、メイルの顎へと放たれる。
――その瞬間。
ガシィッ!!
「…………!?」
エーズの腕が、止まった。
拳が届く寸前。
メイルが、その腕を掴んでいた。
「…………っ!?」
エーズの目が見開かれる。
(……なっ!?)
これまで、何度も攻撃を繰り出してきた。
それでも、メイルは一度たりとも反応を見せなかった。
なのに――
今、この瞬間。
自分の動きが、止められた。
「あ! やっと捕まえた!」
メイルが、嬉しそうな声を上げた。
「や……やべぇ!!」
エーズは咄嗟に腕を引こうとする。
しかし、びくともしない。
メイルの手は、まるで鋼鉄の万力のようにエーズの腕を締めつけていた。
「ははっ! 動きは早くても、思考が遅いね!」
「……っ、こいつ!!」
メイルはエーズの腕を掴んだまま、ゆっくりと持ち上げた。
足が地面から離れる。
「……うおぉ!?」
エーズの身体が宙に浮いた。
逃れようともがく。
だが、メイルの腕は微動だにしなかった。
圧倒的なスピードを誇るエーズ。
その自慢の機動力は、たった一本の腕を掴まれただけで封じられていた。
メイルは、宙吊りになったエーズを見上げる。
先ほどまでの気の抜けた声から、わずかに感情が消えた。
「……死ね、人間」
次の瞬間。
メイルの腕が、大きく振り下ろされた。
ドガアアアアッ!!!
凄まじい衝撃音が、戦場に轟いた。
地面が砕け、土煙が一気に舞い上がる。
「……ぐほぉっ!!」
エーズの身体が、地面へと叩きつけられた。
衝撃で、肺の空気が一気に吐き出される。
「…………っ、が……!」
土煙の中。
エーズは地面に沈み込み、苦悶の声を漏らした。
その頭上から、メイルが見下ろしていた。
まるで、虫を踏み潰したかのように。




