78.突入②
「おらあああっ!!」
「ぐはぁっ!!」
男の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
エーズは勢いよく踏み込み、迫り来る竜人の顔面に拳を叩き込む。
「次ぃ!!」
バチバチバチッ!!
全身から青白い雷光が迸る。
エーズは地面を蹴り、一瞬で距離を詰めた。
「遅ぇんだよ!!」
「がはっ!!」
一人。
また一人。
雷を纏った拳が竜人たちを次々と薙ぎ払っていく。
その周囲では、竜征軍の隊員たちも連携して敵を押し返していた。
「右から来るぞ!!」
「任せろ!!」
「今だ! 一気に押し込めぇ!!」
隊員たちの声が飛び交う。
その勢いに乗り、エーズはさらに前へと進んでいった。
「へ、へへっ! 大したことねぇな!」
拳を握り直し、口元を吊り上げる。
「こんなんじゃ、今回の竜王は大したことねぇんじゃねえか!?」
そのときだった。
「ぐああああああああっ!!!」
突如、背後から悲鳴が響き渡った。
「……!?」
エーズが振り返る。
次の瞬間、目に飛び込んできた光景に表情が変わった。
「なっ……!?」
数十メートル先。
隊員たちが次々と吹き飛ばされ、地面を転がっていた。
「ぐっ……!」
「な、何だ……今の……!」
倒れた隊員たちが、苦しそうに身体を起こそうとしている。
その向こうから。
カチャ。
カチャ。
金属同士がぶつかる、重々しい音が響いてきた。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと、何者かが近づいてくる。
「……なんだ?」
エーズは目を細めた。
砂埃の向こうから、その姿が徐々に明らかになっていく。
全身を覆う、古びた甲冑。
肩や腕には分厚い金属の装甲が取り付けられ、頭部も兜によって完全に覆われている。
その背丈は、優に二メートルを超えていた。
大男は倒れた隊員たちを気にも留めず、首を左右に傾けた。
「……ふぅー」
兜の奥から、野太い声が漏れる。
「……なんだよ、急に」
大男は面倒くさそうに呟いた。
「こっちは昼寝してたのによぉ……」
「…………」
エーズは男を睨みつける。
「……てめぇが、こいつらをやったのか?」
「…………」
男は答えない。
ただ、兜の奥からエーズを見つめていた。
周囲では、まだ戦闘が続いている。
怒号が響き、爆発音が鳴り、銃声が絶え間なく聞こえてくる。
しかし、二人の間だけは、不気味なほど静かだった。
やがて。
先に動いたのは、エーズだった。
(……こいつ、竜人か)
相手の異様な雰囲気から、エーズは瞬時に判断した。
バチバチバチバチッ!!
全身に雷が走る。
次の瞬間、エーズの姿が消えた。
「おらよぉっ!!!」
男の背後。
すでにそこへ回り込んでいたエーズが、拳を振り抜く。
雷の力を拳の一点へと集中。
全身の勢いを乗せた一撃が、鎧の背中へと叩き込まれた。
ドカァァァンッ!!
衝撃音が街に響き渡る。
砂埃が舞い上がり、周囲の瓦礫が跳ねた。
「…………」
「…………」
静寂。
エーズは拳を突き出した姿勢のまま、固まっていた。
男は。
微動だにしていなかった。
「…………え?」
エーズの額に、汗が一筋流れる。
男はゆっくりと首を傾けた。
「……ん?」
そして、何事もなかったかのように呟く。
「……え? なんかした?」
「…………!?」
エーズの目が見開かれた。
確かに当たった。
雷の力を一点に集中させた、全力の一撃だった。
それなのに。
男の身体には、傷ひとつ見当たらなかった。
***
一方、ヤヤンフーロの別の通り。
サブとキリは、崩れた建物の間を駆け抜けていた。
割れた窓から吹き込む風が、瓦礫の隙間を通り抜ける。
サブは走りながら、周囲の建物を観察していた。
「キリ、まずはこの街で一番高い場所を探せ」
「…………」
「そこから、竜王がいると思われる場所を探す」
敵の本拠地を突き止める。
それが、二人の最初の目的だった。
しかし。
「……あそこだと思う」
キリが不意に口を開いた。
「……ん?」
サブが視線を向ける。
キリが指さした先。
そこには、街の建物を見下ろすように、高い塔がそびえ立っていた。
周囲の建物が崩れ落ちている中、その塔だけは異様な存在感を放っている。
「……早いな、キリ」
サブが感心したように呟いた。
「さすがだ」
「……ありがと」
キリは短く答えた。
「……向かうぞ」
「……うん」
二人は再び走り出した。
その瞬間だった。
グサッ。
「…………」
キリの耳が、微かに動いた。
何かが刺さるような音。
聞き間違いではない。
確かに、聞こえた。
「…………!?」
キリが音のした方向へ振り向く。
その直後。
ドサッ。
隣を走っていたサブの身体が、地面に崩れ落ちた。
「…………え?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「……サブ?」
キリは足を止めた。
「サブ!?」
慌てて駆け寄り、地面に倒れたサブの身体を抱き起こす。
「……どうしたの!? 何があったの!?」
「…………ぐっ!」
サブは顔を歪め、胸元を押さえた。
「……な、なんだ……?」
額から汗が噴き出す。
呼吸が乱れ、身体が小刻みに震え始めた。
「……げはっ!」
口元から血が溢れた。
「……っ!?」
キリの表情が強張る。
「サブ!? 大丈夫!?」
サブの顔は赤く染まり、血の気が引いたように青白くも見えた。
息を吸おうとしても、うまく吸えない。
指先が震え、地面を掴もうとした手から力が抜けていく。
(……なんだ……?)
サブは必死に頭を働かせた。
(何が起きた……?)
攻撃を受けた感覚はない。
敵の姿も見ていない。
それなのに、突然身体が動かなくなった。
「……はぁ……はぁ……」
サブが荒い呼吸を繰り返す。
そのとき。
「……毒だよ、ばあか」
二人の背後から、甲高い声が響いた。
「…………!?」
サブとキリが同時に振り向く。
そこには、一人の男が立っていた。
細身の身体。
不気味なほど長く、細い舌。
そして、腰のあたりから伸びる、細長い尻尾。
男は口元を歪め、二人を見下ろしていた。
「はははははっ!」
喉の奥から絞り出すような笑い声が、廃墟の街に響く。
キリはすぐさまサブを庇うように立ち上がった。
「……お前……!」
男は楽しそうに目を細める。
「いやぁ、驚いた? 驚いたよねぇ?」
細長い舌が、唇の間からチロリと覗いた。
「何が起きたのかもわからないまま、身体が動かなくなる……」
男はクスクスと笑った。
「最高の気分だろ?」
「…………」
キリは男を睨みつけた。
一方、サブは地面に片手をつきながら、必死に顔を上げる。
「……てめぇ……何を……」
「ん?」
男は首を傾げた。
そして、楽しそうに笑う。
「お前、もうすぐ死ぬぜ?」
***
一方、ヤヤンフーロの中央へと続く通り。
イフとラクは、数十名の隊員たちとともに街の奥へ向かって走っていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
息を切らしながら、イフは前を走るラクの背中を追っていた。
周囲では、竜征軍の隊員たちが警戒を怠らず、敵の襲撃に備えている。
しかし。
「…………」
ラクは不意に、進行方向から視線を逸らした。
その目が、一つの通りを捉える。
そして。
進路を変えた。
「……え!?」
イフが驚いて声を上げる。
「ラク!? そっちじゃないよ!」
しかし、ラクは止まらない。
隊員たちとは別の道へ、まっすぐ走っていく。
「おい、ラク!」
イフは慌てて後を追った。
「どうしたの!? そっちは違うよ!」
「うるせぇ! お前はどっか行っとけ!」
ラクは振り返りもせずに怒鳴った。
「ちょ、ちょっと! 待ってよ!!」
イフも必死に走る。
瓦礫を飛び越え、崩れた壁を避けながら、ラクの背中を追い続けた。
「ラク! どうしたんだよ!」
「うるせぇ! ついてくんじゃねぇ!」
「そんなわけにはいかないよ!」
「黙れ!!」
ラクの声が、荒れた街に響き渡る。
いつものラクとは違っていた。
苛立っている。
焦っている。
何かに追い立てられるように、ただひたすら前へと走っていた。
そして。
「……俺は、妹を探さなきゃいけねぇんだ!!」
「…………え?」
イフの足が、一瞬止まりかけた。
「妹……?」
「……この先に……」
ラクは荒い息を吐きながら前を見据えていた。
「この先に、妹の住んでるアパートがあるはずなんだ……!」
「え、えぇ!?」
イフは思わず声を上げた。
「そこに……そこにハナはいるんだ!」
ラクの声が震える。
「ま、待ってよ! ラク!」
「うるせぇっつってんだろ!!」
ラクは振り返り、イフを睨みつけた。
「ハナを救ったら、俺も後から行く!!」
「……いや、ラク!」
イフは必死に叫んだ。
「この街……人が一人もいないよ!?」
「…………!」
ラクの足が、一瞬だけ鈍った。
「……黙れ」
「だって……!」
「黙れ!!」
ラクが声を荒らげた。
「黙れ、黙れ黙れ黙れぇっ!!!」
イフは言葉を失った。
ラクの目は、何かを必死に否定するように見開かれていた。
それでも、彼は走り続けた。
(……いる)
この先に。
ハナがいる。
あのアパートに。
きっと、いつものように待っている。
自分が帰ってくるのを。
そう。
きっと、笑って待っている。
『おかえり、らっくん!』
いつもの声が、頭の中に浮かんだ。
玄関の扉を開ければ、そこにはハナがいる。
自分の顔を見るなり、嬉しそうに駆け寄ってくる。
遅かったね、と文句を言うかもしれない。
お腹が空いた、と笑うかもしれない。
そんな、何でもない日常。
ずっと守りたかったもの。
何があっても、失いたくなかったもの。
(……ハナ)
ラクは歯を食いしばった。
(……待ってろ)
もうすぐだ。
もうすぐ、帰れる。
もうすぐ、会える。
そして。
「…………っ!」
ラクの足が止まった。
後ろを走っていたイフも、慌てて立ち止まる。
「……ラク?」
返事はなかった。
ラクは目の前を見つめていた。
その身体が、微かに震えている。
「…………あ」
掠れた声が、口から漏れた。
目の前にあったはずの建物。
何度も帰った、あのアパート。
そこにあるはずだった、妹との思い出。
そのすべてが。
跡形もなく、消えていた。
建物は崩れ落ち、瓦礫の山と化していた。
砕けた壁。
折れた柱。
無造作に積み重なった木材。
かつてそこに暮らしがあったことすら、わからなくなるほどの惨状だった。
「………………」
ラクは動かなかった。
ただ、立ち尽くしていた。
「…………ラク」
イフが、小さく名前を呼ぶ。
しかし、ラクには届いていないようだった。
「…………」
喉が震える。
息が詰まる。
何かを言おうとしても、声にならなかった。
そして。
「あああああああああああああああああっ!!!」
ラクの絶叫が、廃墟の街に響き渡った。
それは、音の能力による攻撃ではなかった。
敵を倒すための叫びでもなかった。
ただ。
ただ、どうしようもなく。
悲痛な叫びだった。
「………………」
イフは何も言えず、ラクの背中を見つめていた。
かつて人々の暮らしがあった街。
今はもう、何も残されていない街。
その瓦礫の前で。
ラク・ヴィリーブは、叫び続けた。




