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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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78.突入②



「おらあああっ!!」


「ぐはぁっ!!」


男の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。


エーズは勢いよく踏み込み、迫り来る竜人の顔面に拳を叩き込む。


「次ぃ!!」


バチバチバチッ!!


全身から青白い雷光が迸る。


エーズは地面を蹴り、一瞬で距離を詰めた。


「遅ぇんだよ!!」


「がはっ!!」


一人。


また一人。


雷を纏った拳が竜人たちを次々と薙ぎ払っていく。


その周囲では、竜征軍の隊員たちも連携して敵を押し返していた。


「右から来るぞ!!」


「任せろ!!」


「今だ! 一気に押し込めぇ!!」


隊員たちの声が飛び交う。


その勢いに乗り、エーズはさらに前へと進んでいった。


「へ、へへっ! 大したことねぇな!」


拳を握り直し、口元を吊り上げる。


「こんなんじゃ、今回の竜王は大したことねぇんじゃねえか!?」




そのときだった。


「ぐああああああああっ!!!」


突如、背後から悲鳴が響き渡った。


「……!?」


エーズが振り返る。


次の瞬間、目に飛び込んできた光景に表情が変わった。


「なっ……!?」


数十メートル先。


隊員たちが次々と吹き飛ばされ、地面を転がっていた。


「ぐっ……!」


「な、何だ……今の……!」


倒れた隊員たちが、苦しそうに身体を起こそうとしている。


その向こうから。


カチャ。


カチャ。


金属同士がぶつかる、重々しい音が響いてきた。


一歩。


また一歩。


ゆっくりと、何者かが近づいてくる。


「……なんだ?」


エーズは目を細めた。


砂埃の向こうから、その姿が徐々に明らかになっていく。


全身を覆う、古びた甲冑。


肩や腕には分厚い金属の装甲が取り付けられ、頭部も兜によって完全に覆われている。


その背丈は、優に二メートルを超えていた。


大男は倒れた隊員たちを気にも留めず、首を左右に傾けた。


「……ふぅー」


兜の奥から、野太い声が漏れる。


「……なんだよ、急に」


大男は面倒くさそうに呟いた。


「こっちは昼寝してたのによぉ……」


「…………」


エーズは男を睨みつける。


「……てめぇが、こいつらをやったのか?」


「…………」


男は答えない。


ただ、兜の奥からエーズを見つめていた。


周囲では、まだ戦闘が続いている。


怒号が響き、爆発音が鳴り、銃声が絶え間なく聞こえてくる。


しかし、二人の間だけは、不気味なほど静かだった。


やがて。


先に動いたのは、エーズだった。


(……こいつ、竜人か)


相手の異様な雰囲気から、エーズは瞬時に判断した。


バチバチバチバチッ!!


全身に雷が走る。


次の瞬間、エーズの姿が消えた。


「おらよぉっ!!!」


男の背後。


すでにそこへ回り込んでいたエーズが、拳を振り抜く。


雷の力を拳の一点へと集中。


全身の勢いを乗せた一撃が、鎧の背中へと叩き込まれた。



ドカァァァンッ!!


衝撃音が街に響き渡る。


砂埃が舞い上がり、周囲の瓦礫が跳ねた。


「…………」


「…………」


静寂。


エーズは拳を突き出した姿勢のまま、固まっていた。


男は。


微動だにしていなかった。


「…………え?」


エーズの額に、汗が一筋流れる。


男はゆっくりと首を傾けた。


「……ん?」


そして、何事もなかったかのように呟く。


「……え? なんかした?」


「…………!?」


エーズの目が見開かれた。


確かに当たった。


雷の力を一点に集中させた、全力の一撃だった。


それなのに。


男の身体には、傷ひとつ見当たらなかった。





***





一方、ヤヤンフーロの別の通り。


サブとキリは、崩れた建物の間を駆け抜けていた。


割れた窓から吹き込む風が、瓦礫の隙間を通り抜ける。


サブは走りながら、周囲の建物を観察していた。


「キリ、まずはこの街で一番高い場所を探せ」


「…………」


「そこから、竜王がいると思われる場所を探す」


敵の本拠地を突き止める。


それが、二人の最初の目的だった。


しかし。


「……あそこだと思う」


キリが不意に口を開いた。


「……ん?」


サブが視線を向ける。


キリが指さした先。


そこには、街の建物を見下ろすように、高い塔がそびえ立っていた。


周囲の建物が崩れ落ちている中、その塔だけは異様な存在感を放っている。


「……早いな、キリ」


サブが感心したように呟いた。


「さすがだ」


「……ありがと」


キリは短く答えた。


「……向かうぞ」


「……うん」


二人は再び走り出した。


その瞬間だった。




グサッ。


「…………」


キリの耳が、微かに動いた。


何かが刺さるような音。


聞き間違いではない。


確かに、聞こえた。


「…………!?」


キリが音のした方向へ振り向く。


その直後。



ドサッ。


隣を走っていたサブの身体が、地面に崩れ落ちた。


「…………え?」


一瞬、何が起きたのかわからなかった。


「……サブ?」


キリは足を止めた。


「サブ!?」


慌てて駆け寄り、地面に倒れたサブの身体を抱き起こす。


「……どうしたの!? 何があったの!?」


「…………ぐっ!」


サブは顔を歪め、胸元を押さえた。


「……な、なんだ……?」


額から汗が噴き出す。


呼吸が乱れ、身体が小刻みに震え始めた。


「……げはっ!」


口元から血が溢れた。


「……っ!?」


キリの表情が強張る。


「サブ!? 大丈夫!?」


サブの顔は赤く染まり、血の気が引いたように青白くも見えた。


息を吸おうとしても、うまく吸えない。


指先が震え、地面を掴もうとした手から力が抜けていく。


(……なんだ……?)


サブは必死に頭を働かせた。


(何が起きた……?)


攻撃を受けた感覚はない。


敵の姿も見ていない。


それなのに、突然身体が動かなくなった。


「……はぁ……はぁ……」


サブが荒い呼吸を繰り返す。


そのとき。


「……毒だよ、ばあか」


二人の背後から、甲高い声が響いた。


「…………!?」


サブとキリが同時に振り向く。


そこには、一人の男が立っていた。


細身の身体。


不気味なほど長く、細い舌。


そして、腰のあたりから伸びる、細長い尻尾。


男は口元を歪め、二人を見下ろしていた。


「はははははっ!」


喉の奥から絞り出すような笑い声が、廃墟の街に響く。


キリはすぐさまサブを庇うように立ち上がった。


「……お前……!」


男は楽しそうに目を細める。


「いやぁ、驚いた? 驚いたよねぇ?」


細長い舌が、唇の間からチロリと覗いた。


「何が起きたのかもわからないまま、身体が動かなくなる……」


男はクスクスと笑った。


「最高の気分だろ?」


「…………」


キリは男を睨みつけた。


一方、サブは地面に片手をつきながら、必死に顔を上げる。


「……てめぇ……何を……」


「ん?」


男は首を傾げた。


そして、楽しそうに笑う。


「お前、もうすぐ死ぬぜ?」







***







一方、ヤヤンフーロの中央へと続く通り。



イフとラクは、数十名の隊員たちとともに街の奥へ向かって走っていた。


「はぁっ……はぁっ……!」


息を切らしながら、イフは前を走るラクの背中を追っていた。


周囲では、竜征軍の隊員たちが警戒を怠らず、敵の襲撃に備えている。


しかし。


「…………」


ラクは不意に、進行方向から視線を逸らした。


その目が、一つの通りを捉える。


そして。


進路を変えた。


「……え!?」


イフが驚いて声を上げる。


「ラク!? そっちじゃないよ!」


しかし、ラクは止まらない。


隊員たちとは別の道へ、まっすぐ走っていく。


「おい、ラク!」



イフは慌てて後を追った。


「どうしたの!? そっちは違うよ!」


「うるせぇ! お前はどっか行っとけ!」


ラクは振り返りもせずに怒鳴った。


「ちょ、ちょっと! 待ってよ!!」


イフも必死に走る。


瓦礫を飛び越え、崩れた壁を避けながら、ラクの背中を追い続けた。


「ラク! どうしたんだよ!」


「うるせぇ! ついてくんじゃねぇ!」


「そんなわけにはいかないよ!」


「黙れ!!」


ラクの声が、荒れた街に響き渡る。


いつものラクとは違っていた。



苛立っている。


焦っている。


何かに追い立てられるように、ただひたすら前へと走っていた。


そして。


「……俺は、妹を探さなきゃいけねぇんだ!!」


「…………え?」


イフの足が、一瞬止まりかけた。


「妹……?」


「……この先に……」


ラクは荒い息を吐きながら前を見据えていた。


「この先に、妹の住んでるアパートがあるはずなんだ……!」


「え、えぇ!?」


イフは思わず声を上げた。


「そこに……そこにハナはいるんだ!」


ラクの声が震える。


「ま、待ってよ! ラク!」


「うるせぇっつってんだろ!!」


ラクは振り返り、イフを睨みつけた。


「ハナを救ったら、俺も後から行く!!」


「……いや、ラク!」


イフは必死に叫んだ。


「この街……人が一人もいないよ!?」


「…………!」


ラクの足が、一瞬だけ鈍った。


「……黙れ」


「だって……!」


「黙れ!!」


ラクが声を荒らげた。


「黙れ、黙れ黙れ黙れぇっ!!!」


イフは言葉を失った。


ラクの目は、何かを必死に否定するように見開かれていた。


それでも、彼は走り続けた。






(……いる)


この先に。


ハナがいる。


あのアパートに。


きっと、いつものように待っている。


自分が帰ってくるのを。


そう。


きっと、笑って待っている。


『おかえり、らっくん!』


いつもの声が、頭の中に浮かんだ。


玄関の扉を開ければ、そこにはハナがいる。


自分の顔を見るなり、嬉しそうに駆け寄ってくる。


遅かったね、と文句を言うかもしれない。


お腹が空いた、と笑うかもしれない。


そんな、何でもない日常。


ずっと守りたかったもの。


何があっても、失いたくなかったもの。


(……ハナ)


ラクは歯を食いしばった。


(……待ってろ)


もうすぐだ。


もうすぐ、帰れる。


もうすぐ、会える。







そして。


「…………っ!」


ラクの足が止まった。


後ろを走っていたイフも、慌てて立ち止まる。


「……ラク?」


返事はなかった。


ラクは目の前を見つめていた。


その身体が、微かに震えている。


「…………あ」


掠れた声が、口から漏れた。


目の前にあったはずの建物。


何度も帰った、あのアパート。


そこにあるはずだった、妹との思い出。


そのすべてが。


跡形もなく、消えていた。


建物は崩れ落ち、瓦礫の山と化していた。


砕けた壁。


折れた柱。


無造作に積み重なった木材。


かつてそこに暮らしがあったことすら、わからなくなるほどの惨状だった。


「………………」


ラクは動かなかった。


ただ、立ち尽くしていた。


「…………ラク」


イフが、小さく名前を呼ぶ。


しかし、ラクには届いていないようだった。


「…………」


喉が震える。


息が詰まる。


何かを言おうとしても、声にならなかった。


そして。


「あああああああああああああああああっ!!!」


ラクの絶叫が、廃墟の街に響き渡った。


それは、音の能力による攻撃ではなかった。


敵を倒すための叫びでもなかった。



ただ。


ただ、どうしようもなく。


悲痛な叫びだった。


「………………」


イフは何も言えず、ラクの背中を見つめていた。


かつて人々の暮らしがあった街。


今はもう、何も残されていない街。


その瓦礫の前で。


ラク・ヴィリーブは、叫び続けた。

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