77.突入①
東の国の都市ヤヤンフーロ。
かつては多くの人々が行き交い、商店や建物が立ち並ぶ、活気に満ちた都市だった。
しかし、今の街にその面影はない。
建物の壁は至るところで崩れ落ち、窓ガラスは粉々に砕け散っていた。
黒く焼け焦げた建物もあれば、屋根が崩れ、骨組みだけを残している建物もある。
道には瓦礫が散乱し、風が吹くたびに砂埃が舞い上がった。
人の声はない。
足音も、話し声も、生活の音も。
かつて人々の暮らしがあった街には、ただ静寂だけが残されていた。
***
ヤヤンフーロの中心部。
崩れた建物の前で二人の男が街を眺めていた。
一人は、時の竜王。
クロス・ハルバード。
そして、その隣に立つのは、嵐の竜王ザディだった。
「うーむ……」
クロスは腕を組み、街を見渡しながら唸った。
「この街、どういうところにしようか……」
「…………」
ザディは黙っていた。
「ラー様の城は今、作ってる最中だし……中庭はこの前作ったしなぁ……」
クロスは顎に手を当て、真剣に考え込む。
「うーん……」
しばらく考えたあと。
「あっ! そうだ!」
何かを思いついたようにクロスが顔を上げた。
「ラー様がずーっと遊んで暮らせる、テーマパークにしよう!」
「…………」
ザディは無言でクロスを見つめた。
そして、静かに口を開く。
「……随分と呑気ですね、クロスさん」
「あ? うるせぇよ」
「いえ……そういう意味ではなく」
ザディはわずかに眉をひそめた。
「そんなことをしていて、本当に大丈夫なのかと聞いているのです」
「あー?」
クロスは面倒くさそうにザディを見た。
「我々がこの街に来てから、かなりの時間が経っています」
ザディは街の奥へと視線を向ける。
「人間たちも、我々竜王の存在を脅威と考えているはずです。竜征軍がこの街の場所を突き止めていても、不思議ではありません」
「長いって……一年もいるわけじゃねぇだろ」
クロスは鼻で笑った。
「それに、仮に場所がバレてたとしても、こんなすぐに攻めてくるわけねぇだろ」
「…………」
「俺らは竜王だぞ?」
クロスは自信たっぷりに言い放つ。
「お前が言ってる、脅威そのものだぞ?」
「……えぇ。言いたいことはわかります」
ザディは静かに頷いた。
「ですが、以前も話した通り……サブ・ストレートという男は、かなりの実力者です」
その表情から、先ほどまでの呆れた様子が消える。
「こちらの居場所が判明すれば、すぐにでも攻め込んでくる可能性があります」
「…………」
クロスは少しだけ考え込んだ。
やがて、興味なさそうに肩をすくめる。
「……まあ、来たら来たで、アイツに任せりゃすぐ死ぬだろ」
「…………」
ザディは何も答えなかった。
そのときだった。
「クロス様ぁぁぁっ!!!」
遠くから、男の叫び声が響いた。
「……ん?」
クロスが声のした方へ顔を向ける。
瓦礫の間を、一人の竜人が必死の形相で駆けてきた。
「……なんだ? そんなに慌てて」
クロスは呑気に尋ねる。
竜人は二人の前まで来ると、膝に手をつき、肩で息をした。
「……はぁっ……はぁっ……!」
「早く言え! このヘタレカスが!」
「……っ!」
竜人は慌てて顔を上げた。
「竜征軍です!! 軍の人間が、この街に奇襲を仕掛けてきました!!」
「……なんだとぉ!?」
クロスの声が響き渡る。
その隣で、ザディは目を細めた。
「……やはり、ですか」
「軍の人数は、百人程度!! 現在、ほかの竜人たちが迎撃しています!!」
「…………」
「……ですが!!」
竜人の顔が青ざめる。
「既に、竜人たちが次々と倒されています!!」
「……はあ!?」
クロスが声を荒らげた。
***
一方、ヤヤンフーロの外縁部。
「うおおおおおおおおっ!!!」
「敵を押し返せぇぇぇっ!!」
「怯むな!! 突き進めぇぇぇっ!!」
街のあちこちから、怒号が響き渡っていた。
爆発音。
建物が崩れる音。
そして、竜人たちの叫び声。
竜征軍が、ヤヤンフーロへの突入を開始していた。
その先頭に立つのは、サブ・ストレート。
彼の背後には、
総勢百二十一名の隊員たちが続いていた。
そのうち、能力者は数名。
圧倒的な戦力を誇る竜王たちが潜む街へ、彼らは恐れることなく足を踏み入れていた。
「お前らぁぁぁっ!!」
サブが声を張り上げる。
「ぶっ倒すぞぉぉぉっ!!!」
『おおおおおおおおおっ!!!』
隊員たちの雄叫びが、街中に響き渡った。
サブは走りながら次々と指示を飛ばしていく。
「ラク!! お前はそのまま中央へ向かえ!!」
「おおおぉっ!!」
ラクは短く返事をすると、進行方向を見据えたまま駆け出した。
「エーズ!! お前はこっちに向かってくる竜人を、片っ端からぶっ倒せ!!」
「はいっ!!」
エーズは力強く返事をし、迫り来る敵へと視線を向ける。
「キリ!! お前は俺についてこい!! 竜王を探すぞ!!」
「…………わかった」
キリは静かに頷いた。
「そのほかの隊員は、それぞれの隊長から指示を受けろ!! 勝手な行動はするな!!」
『はいっ!!!』
サブは一度、隊員たちを見渡した。
その目に迷いはない。
「この戦い……死んでも勝つぞぉぉぉっ!!!」
『おおおおおおおおおおおおおっ!!!』
再び、隊員たちの雄叫びが街を揺らした。
その中で。
「よぉーし!! 頑張るぞぉ!!」
一人だけ、やけに元気な声が響いた。
イフ・フォーエバーである。
拳を握りしめ、気合い十分といった様子で走っていた。
「…………」
サブは無言でイフを見た。
「お前はラクについていけって言っただろ!!」
「えっ!? あっ、そうだった!!」
「忘れんな!!」
「ご、ごめん!!」
イフは慌ててラクの背中を追いかけた。
***
「…………本当に攻めてきやがったか」
報告を受けたクロスが、苛立たしげに呟いた。
「……だから言ったじゃないですか」
ザディは呆れたように息を吐いた。
「サブって男が、相当強いらしいな」
クロスが尋ねる。
「えぇ」
ザディは即答した。
「私は、このままサブ・ストレートの相手をしようと思います」
その目に、冷たい殺気が宿る。
「奴は私が必ず殺します」
「はははっ! なるほどなぁ……」
クロスは笑い声を上げた。
ザディは続ける。
「……クロスさん。あなたがいれば、必ず奴を殺せるはずです」
一瞬、間を置く。
「いえ……殺しましょう」
「…………」
クロスはザディを見つめた。
そして、口元を歪める。
「ははは……まあ、待てよ。ザディ」
「……はい?」
クロスはゆっくりと街の方へ視線を向けた。
その表情からは、先ほどまでの呑気さが消えていた。
「作戦があると言っただろ」




