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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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75.ヤヤンフーロ①



一ヶ月後。


竜征軍本部、訓練所。


「はああああっ!!」


イフの拳が、エーズの構えた両腕にぶつかった。


ドッ!!


鈍い音が響く。


「おっ、いいぞイフ!」


エーズが笑いながら拳を受け止める。


「まだまだぁっ!」


イフは間髪入れず、もう一方の拳を繰り出した。


しかし、エーズはそれを軽くかわす。


「おっと!」


「うわっ!」


勢い余ったイフの身体が前につんのめった。


「ははは! まだ動きが大きいぞ!」


「くぅ〜! 今のは惜しかったのに!」


イフは悔しそうに顔をしかめると、再び拳を構えた。


額から流れ落ちた汗が、顎を伝って床に滴る。


二人は何度も拳を交えながら、訓練を続けていた。


「エーズ!訓練に付き合ってくれてありがとう!」


イフが笑顔で言った。


「全然! 最近サブさん、あんまりお前のこと見てくれないんだろ?」


「うん……。だから、こうして付き合ってくれるの、本当に助かるよ!」


「気にすんなって!」


エーズは拳を下ろし、額の汗を拭った。


そして、ふと思い出したように口を開く。


「……にしてもイフ。お前、最近毎日ここに来てない?」


イフも動きを止めた。


「……う、うん」


「影の竜人ってやつに負けたのが、そんなに悔しかったのか?」


「…………」


イフは一瞬、言葉に詰まった。


やがて、俯いていた顔を上げる。


「……悔しいよ!」


その声には、抑えきれない感情が滲んでいた。


「また負けたんだ!」


「……!」


エーズの表情から笑みが消える。


「今回、ラクが頑張って撃退してくれたらしいんだけど……俺、また何もできなかった」


イフは自分の拳を見つめた。


何度も握り直した拳。


何度も銃の引き金を引いた拳。


それなのに、いざ強敵を前にすれば、何もできなかった。


「……うん」


エーズは黙って聞いていた。


「それにさ……キリにも言われちゃったんだ」


「キリに?」


「うん。弱いくせに強くなりたいなんて、馬鹿だって……」


「……そ、そんなこと言われたのか」


エーズが驚いたように目を見開く。


イフは苦笑いを浮かべた。


「……だけど、ほんとのことだって思っちゃった」


「…………」


訓練所に、しばしの沈黙が流れた。


遠くから、ほかの隊員たちが訓練する音が聞こえてくる。


誰もが必死に身体を鍛え、技を磨き、強くなろうとしている。


その中で、イフは自分の無力さを痛感していた。


「……サブも、ラクも、エーズも……みんな頑張ってる」


イフは拳を強く握り締めた。


「そんな中、俺一人が負けてばっかじゃダメなんだ……!」


その瞳には、悔しさと決意が入り混じっていた。


「……おぉ!」


エーズが小さく声を漏らす。


イフは顔を上げ、まっすぐにエーズを見つめた。


「だからさ! 絶対強くなんなきゃいけない!」


「……おう!」


エーズは力強く頷いた。


「エーズ! 能力バンバン使っていいからさ! どんどん来てよ!」


「ははは! よーし、言ったな!」


エーズは拳を握り、再び構えを取った。


「一緒にもっと強くなろうな!」


「うん!!」


イフも笑顔で拳を構える。


二人は再び向かい合った。


今度こそ。


少しでも強くなるために。


一歩でも、仲間たちに近づくために。


「よっしゃあああ!! 来い、エーズ!!」


「おう! 覚悟しろよ、イフ!!」


二人の声が、訓練所いっぱいに響き渡った。



***



「……おまえらあ!!」


突然、訓練所に怒号が響いた。


「「……!?」」


イフとエーズは、びくりと肩を震わせて振り返る。


入口に、一人の男が立っていた。


サブ・ストレート。


いつもなら、呆れたような顔で二人を眺めているところだろう。


しかし、今日のサブは違った。


その表情には、いつになく真剣な色が浮かんでいた。


「……サブ?」


二人が顔を見合わせる。


サブは短く言った。


「ちょっと来てくれ」


「……え?」


イフが首を傾げる。


サブはそれ以上何も言わず、二人に背を向けて歩き出した。


その背中からは、ただならぬ雰囲気が漂っていた。





***





竜征軍本部、会議室。


イフとエーズは、サブに連れられて一室に入った。


部屋の中には、すでに二人の姿があった。


「……ラク! キリ!」


イフが二人に声をかける。


「……おう。お前らも来たのか」


ラクは軽く手を上げて応じた。


一方、キリは資料から目を離すこともなく、黙って座っていた。


「……?」


イフは不思議そうに部屋を見回す。


普段とは違う、妙に張り詰めた空気。


サブがわざわざ全員を集めるなんて、何かあったのだろうか。


「今からここで、なにかするの?」


イフがラクに尋ねた。


「いや。俺も何も聞いてねえ」


ラクは肩をすくめた。


「……ふーん?」


イフは首を傾げる。


やがて、ラクがサブに向き直った。


「おい、サブ! 皆呼んでなんかすんのか? それとも、また全員で任務に出るのか?」


「……あぁ。任務だな」


「ほお!」


ラクは椅子から立ち上がった。


「今度はどんな竜人だ? 五人全員で行くってことは、相手は相当強そうだな」


「……あぁ。強いな」


サブは淡々と答えた。


その言葉に、ラクの表情が少しだけ引き締まる。


「どんなやつだ?」


サブは一拍置いてから答えた。


「……竜王だ」


「なに!?」


ラクが目を見開く。


「「……え!?」」


イフとエーズも、思わず声を上げた。


「りゅ、竜王!?」


イフは椅子から身を乗り出した。


「竜王を倒すの!? 居場所がわかったの!? どんなやつなんだ!?」


次々と質問が飛び出す。


「……落ち着け、イフ」


サブが呆れたように言った。


「だ、だって竜王だよ!?」


「わかってる」


サブは小さく息を吐いた。


「あぁ。奴隷を作りまくっている竜王だ」


「……あっ!」


イフの顔から、興奮が消えた。


「こ、この前言ってた……!」


「あぁ」


サブが頷く。


「今もなお、奴隷国を築き続けている。……そして、そいつの居場所がほぼ確実にわかった」


「ほんとっすか!?」


エーズが身を乗り出した。


「どこにいるんですか!?」


「…………」


しかし、サブは答えなかった。


視線を落とし、何かを考えるように黙り込んでいる。


「……?」


ラクが眉をひそめた。


「どうした、サブ?」


「…………ラク」


サブがゆっくりと顔を上げた。


「……冷静に聞け」


「……ん?」


ラクは不思議そうに首を傾げた。


「なんだよ。もったいぶらずに言えって」


サブは一瞬だけ目を伏せた。


そして、静かに告げた。


「竜王の居場所は……『ヤヤンフーロ』という街だ」


「…………は?」


ラクの表情が凍りついた。


先ほどまで浮かべていた余裕の笑みが、跡形もなく消えていく。


「……おい」


低い声が漏れた。


「サブ……お前、今……なんて言った?」


「ヤヤンフーロだ」


サブは目を逸らさず、もう一度答えた。


その瞬間。


「サブ!! お前!! どういうことだ!!」


ラクの怒鳴り声が、会議室に響き渡った。


「……え!? ど、どうしたんすか、ラクさん!?」


エーズが驚いて声を上げる。


イフも、何が起きたのかわからず、ラクとサブを交互に見つめた。


「ラク……?」


しかし、ラクは何も答えなかった。


拳を握り締め、サブを睨みつけている。


その顔には、怒りだけではない、何か別の感情が浮かんでいた。


「…………」


キリもまた、黙って二人の様子を見つめていた。


やがて、サブが口を開く。


「……『ヤヤンフーロ』は」


一瞬の沈黙。


そして。


「ラクの故郷だ」


「…………!?」


イフとエーズは、言葉を失った。


会議室に、重苦しい沈黙が落ちる。


ラクは何も言わなかった。


ただ、握り締めた拳を震わせながら、サブを睨み続けていた。

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