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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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72.奴隷国②



竜征軍本部。


長い廊下を、サブとイフが並んで歩いていた。


窓から差し込む陽光が、磨かれた床に細長い光の帯を落としている。


イフは隣を歩くサブを見上げた。


「……サブ? 俺ら、今からどこ行くの?」


「ん? あぁ、ちょっとお願い事があってな」


サブは前を向いたまま、軽い調子で答えた。


「……お願い事?」


「ああ。二つある」


「二つも!?」


イフの顔がぱっと明るくなった。


「出来るか?」


「出来るよ、サブ! 俺、サブの役に立ってみせるよ!」


胸を張って答えるイフ。


その様子を見て、サブは思わず笑みをこぼした。


「ははっ。頼もしいな」


「それで? 何やるの?」


「ああ。まず一つ目だが……」


サブは少しだけ表情を引き締めた。


「今、東の国の奴隷化がかなり進行しているらしい」


「東の国!?」


イフの足がぴたりと止まった。


「俺が住んでたところ!」


「ああ。前から被害はあったんだが……ここ最近、動きが活発になっている」


サブも足を止め、イフに視線を向けた。


「おそらく、竜王自身が動き始めたんじゃないかと俺は踏んでいる」


「……え? 竜王?」


「ああ」


サブは腕を組み、説明を続けた。


「今までも、奴隷化された街や村は複数あった。だが、その被害は東の国に集中していたんだ」


「…………」


「お前が住んでいた街も、奴隷国になったんだったな」


その言葉に、イフの表情がわずかに変わった。


かつての記憶が、脳裏をよぎる。


熱気に満ちた鉱山。

終わりの見えない労働。

そして、自由を奪われた日々。


「……うん。ダラーと会うまでは、ずっと奴隷として過ごしてたよ」


イフは少しだけ俯いたあと、顔を上げた。


「……でも、ダラーが助けてくれたんだ!」


「ああ。ダラーさんが解放したんだったな」


「そうだよ!」


イフはいつものように笑った。


しかし、サブはその笑顔を見つめながら、話を続けた。


「東の国の奴隷国化は、当時から深刻な問題だった。だが、被害が東の国に集中していたおかげで、軍も動きやすかったんだ」


「動きやすかった?」


「ああ。被害の報告が入れば、すぐに現場へ向かえる。おかげで、かなりの数の竜人を倒すことができた」


「……そ、そうなんだ」


イフの声が、ほんの少し小さくなった。


「だが……」


サブの表情から笑みが消える。


「ここ最近、その動きが変わってきた」


静かな廊下に、サブの声が響いた。


「軍が奴隷化を、食い止めていることを見かねたボスが、自ら動き始めたんじゃないか。……俺はそう考えている」


「……ボスっていうと……」


「ああ。竜王だ」


「…………なるほど」


イフは真剣な表情で頷いた。


自分がかつて暮らしていた国で、今も誰かが苦しんでいる。


そう考えると、胸の奥がざわついた。


サブはそんなイフを見て、再び口を開いた。


「少し前から、キリが竜王の所在を探しまくってくれている」


「キリが?」


「ああ。捕獲した竜人の証言に、避難できた国民の証言。被害に遭った街の情報や、これまでの調査報告書……そういった資料を片っ端からまとめて、情報を整理しているんだ」


「す、すげぇ……。そんなことしてたんだ」


「あいつ、ああ見えて仕事はできるからな」


サブは小さく笑った。


「それで、お前にはキリの手伝いをしてほしい。俺はこれから別件で仕事がある」


「なるほど! わかった!!」


イフは勢いよく頷いた。


「頼んだぞ。竜王の所在がわかれば大手柄だ」


「任せろ、サブ!」


自信満々に答えたイフだったが、ふと思い出したように首を傾げた。


「…………ところで、もう一つは?」


「簡単なことだ」


「……?」


サブは何でもないことのように言った。



「キリと仲良くなってほしい」


「…………え?」


イフの顔から笑顔が消えた。


「キリが、俺とラク以外で初めて名前を覚えた人間がお前だ。お前ならいける」


「な、なにそれ!?」


「ははっ。期待してるぞ」


サブはイフの肩を軽く叩くと、そのまま廊下の向こうへ歩いていった。


「えっ!? ちょ、ちょっとサブ!?」


イフの声が廊下に響く。


しかし、サブは振り返らなかった。


「………仲良くって……どうすりゃいいんだよ……」


取り残されたイフは困ったように頭を抱えた。





***





竜征軍本部、資料室。


部屋の中央に置かれたテーブルには、山のような資料が積み上がっていた。


街の地図。

竜人の目撃情報。

被害状況を記した報告書。

そして、避難民から聞き取った証言の記録。


キリはその一つ一つに目を通し、必要な情報を別の資料へとまとめていた。


紙をめくる音が、静かな部屋に響く。


キリの手は止まらない。


一枚を読み終えれば、次の一枚へ。

必要な情報を書き留め、別の資料と照らし合わせる。


その隣では、イフが落ち着かない様子で座っていた。


キリの横顔をちらりと見る。


話しかけようと口を開きかける。


しかし、すぐに閉じた。


(…………ど、どうしよう)


キリは一度もこちらを見ない。


(な、何か手伝ったほうがいいよな……? でも、何をすれば……)


「……………………」


「……………………」


紙をめくる音だけが続く。


耐えきれなくなったイフが、とうとう口を開いた。


「あ、あの……キリ!」


「………………」


キリは顔を上げなかった。


「あ、あのさ……俺、何したらいいかな……?」


「………………」


キリの手が、一瞬だけ止まった。


そして、面倒くさそうに顔を上げる。


「……床でも掃除しといて」


「わかった!」


イフは即答した。


椅子から勢いよく立ち上がると、足早に部屋を出ていく。




数分後。


再び扉が開いた。


戻ってきたイフの手には、雑巾とバケツが握られていた。


「ここ、拭いてるね!」


イフはそう言うと、バケツを床に置き、雑巾を水に浸した。


ぎゅっと両手で絞り、床に膝をつく。


そして、端から丁寧に拭き始めた。


キリはその様子を横目で見た。


「………………」


何も言わず、再び資料へ視線を戻す。


イフはそんなことなど気にも留めず、せっせと床を磨いていた。


静かな資料室に、雑巾が床をこする音が響き始めた。

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