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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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71.奴隷国



東の国。


とある街。


――ドガァァンッ!!


轟音とともに、建物の壁が崩れ落ちた。


大量の土煙が舞い上がり、砕けた石材が地面を転がっていく。


「……っ、げほっ……!」


土煙の中、一人の男が咳き込みながら立ち上がった。


その手には、使い古されたツルハシ。


男の服は汚れ、顔には疲労が色濃く浮かんでいた。


周囲では、ほかの人間たちも必死に作業を続けている。


建物を壊し、瓦礫を運び、道を切り開く。


休む暇などない。


「おらぁ!! 何をもたもたしてやがる!!」


「さっさと働けえっ!!」


竜人たちの怒号が、街の至るところから響き渡る。


少しでも手を止めれば、すぐさま怒声が飛んでくる。


誰も逆らわない。


いや――逆らえないのだ。


この街は、竜人たちによって支配されていた。


人間たちは奴隷として扱われ、来る日も来る日も労働を強いられている。


彼らが壊しているのは、街を守るための建物ではない。


街そのものだった。


家屋を取り壊し、

道を整備し、土地を更地にする。


すべては、竜人たちが支配する国の領土を広げるために。


そんな街の中心部。


瓦礫の山を見下ろしながら、一人の男が高笑いを上げていた。


「あっははははははっ!!」


男は両手を広げ、天を仰ぐ。


「……あぁ、ラー様ぁ……!!」


恍惚とした表情で、男は両手で顔を覆った。


「あなたは一体、何処に行かれたのでしょうか……!」


声が震える。


悲しんでいるようにも聞こえるが、その顔には奇妙な笑みが浮かんでいた。


「私めは、あなたのために!!」


男は勢いよく両手を広げた。


「こんなにも奴隷を増やし!! あなたのお力になろうとしているのに!!」


サラサラとした髪。


背中には、自分の背丈ほどもある巨大な斧。


大きなコートに身を包んでいるため、体の輪郭ははっきりと見えない。


しかし、その隙間から覗く体は細身ながらも鍛え上げられていた。


男は再び、遠くの空を見上げる。


「わたくしめが!! 必ずや、あなたのための王国を作り上げてみせます!!」


その声は、街中に響き渡った。



男の名は――


時の竜王。

クロス・ハルバード。


竜王の一人である。


クロスはしばらく満足そうに街を眺めていたが、ふと思い出したように顔を下ろした。


「……おい、そこの」


近くで指示を出していた竜人に声をかける。


「はっ!!」


竜人が慌てて駆け寄った。


「この街を平たくするのに、あとどれくらいかかる?」


「はっ! あと一週間ほどと思われます!」


「………………」


クロスの表情が止まった。


「…………一週間?」


「は、はい!」


次の瞬間。


――ガッ!!


「ひぐぅっ!?」


クロスの手が、部下の顔面を掴んだ。


そのまま片手で持ち上げる。


「……遅すぎる」


クロスは、まるで世間話でもするかのような口調で呟いた。


「三日でやれ。このままでは、この国を支配するのに百年かかってしまう」


「み、三日!? そ、それはさすがに……!」


部下はクロスの手を掴み、必死に抵抗した。


しかし、クロスの表情は微動だにしない。


「………………」


沈黙。


その静けさが、かえって部下の恐怖を煽った。


「…………っ!!」


クロスは、掴んだ手にわずかに力を込めた。


「……口答えするな」


低い声だった。


「……聞こえなかったか、このヘタレカス」


クロスの顔から、先ほどまでの恍惚とした笑みが消えていた。


「俺が三日と言ったら、一日でやるのだ」


「……ひ、ひぃっ!!」


クロスが手を離す。


部下は地面に転がり落ち、慌てて立ち上がった。


「……返事は?」


「か、かしこまりましたっ!!」


部下は逃げるようにその場を去っていった。


クロスは、その背中を見送ることもなく、再び街を見下ろした。


「………………」


人間たちが瓦礫を運んでいる。


竜人たちが怒鳴り声を上げている。


そんな光景を眺めながら、クロスは小さく息を吐いた。


そのときだった。


「お元気そうですね。クロスさん」


「……?」


背後から声がした。


クロスが振り向く。


そこに立っていたのは、一人の男だった。


松葉杖をつき両足をかばうように立っている。


以前のような堂々とした姿は、見る影もなかった。



嵐の竜王。

ザディ・サイクロトン。


「……ザディか」


クロスは目を細めた。


「久しぶりだな」


「え、えぇ……お久しぶりです」


ザディは、どこかぎこちない笑みを浮かべた。


クロスは彼の足元に目を向ける。


「……なんで松葉杖なんかついてるんだ?」


「…………色々ありまして」


ザディは一度、言葉を切った。


「足に力が入らなくなりました。……これでも、回復した方なんです」


そう言って、松葉杖を握り直す。


ラーとの対面。


あの圧倒的な存在を前に、ザディは戦意を失った。


今もなお、そのときの影響は彼の体に残っていた。


「……ふぅん」


クロスは、それ以上追及しなかった。


ザディの変わり果てた姿を見ても、特に驚いた様子はない。


「ところで、クロスさん」


ザディが話を切り出した。


「龍の国を広げようと、頑張っているらしいですね」


「ん? ……あぁ」


クロスは、再び街の方へ視線を戻した。


「小さい街を片っ端から奴隷の国にしてるからな。……この調子なら、東の国全部を支配できるんじゃねえかな」


「……すごいですね」


「すごくねぇよ」


クロスは鼻で笑った。


「この前なんか、しくじった竜人が軍に捕獲されちまったしよぉ。クソカスが」


「……軍に?」


「おう」


クロスは面倒くさそうに頭をかいた。


「まったく……使えねぇ奴ばっかりで困るぜ」


「へ、へぇ……そうなんですか」


ザディは相槌を打ちながら、クロスの様子を窺っていた。


そして、少しの沈黙のあと。


「……ところで」


クロスがザディを見た。


「何の用だ?」


「…………」


ザディの表情が変わった。


先ほどまでの曖昧な笑みが消え、真剣な眼差しになる。


「えぇ。大事な話があります」


「……あ?」


ザディは、ゆっくりと口を開いた。


「重力の竜王が……すでに倒されてしまったようです」


「…………は?」


クロスの眉が動いた。


「ギガントの野郎がか!?」


「えぇ」


ザディは静かに頷いた。


「しかも、その能力は人間に渡ってしまいました」


「…………マジかよ」


クロスは目を見開いた。


「……あいつ、結構強かったよな?」


「はい」


ザディは、松葉杖に体重を預けながら続けた。


「それだけではありません」


「……なんだよ」


「その人間……おそらく、ギガントさんより強くなっています」


「………………」


クロスの顔から笑みが消えた。


「……なんだと?」


「はい」


ザディは目をそらさなかった。


「これ以上、我々が活動を続けるのであれば……彼の存在を無視することはできないと思っています」


しばらくの間、クロスは黙っていた。


やがて、口元を歪める。


「……それで?」


ザディを見据えた。


「何が言いたいんだ?」


「簡単な話です」


ザディは、はっきりと告げた。


「協力して、奴を殺しましょう」


「…………ほぉ」


クロスの口元に、再び笑みが浮かんだ。


今度の笑みは、先ほどラーを称えていたときのものとは違う。


「男の名は……サブ・ストレートです」


「……サブ、か」


クロスは、その名前を口の中で転がすように呟いた。


「……はい」


ザディは頷いた。


「おそらく放っておけば……あのラー様を苦しめた、ダラーとかいう男のような脅威になるはずです」


「………………」


クロスの表情から、笑みが消えた。


「……なるほどな」


ダラー・オブ・ロイヤル。


その名には、クロスも覚えがあった。


かつてラーを苦しめた男。


竜王たちにとっても、決して無視できない存在だった。


「……ラー様は、今のところ動く気配がありません」


ザディが続ける。


「ですが、いずれ再び戦争を起こそうとするはずです」


そして、言葉に力を込めた。


「その前に……我々でサブ・ストレートを始末しておくべきだと、私は考えています」


「………………」


クロスはしばらく考え込んでいた。


やがて、ゆっくりと顔を上げる。


「……ダラーのカスに匹敵する脅威、ねぇ」


その口元に、不敵な笑みが浮かんだ。


「……いいぜ」


クロスは、背中に担いだ巨大な斧へ手を伸ばした。


「それなら、ちょうどいい作戦がある」


「……作戦?」


「あぁ」


クロスはザディを見た。


「俺が、ダラーとかいうカスを殺そうとしたときの計画だ」


「…………っ!」


ザディの目が見開かれた。


「な、なんと……!」


「あの野郎、結局動かなかったからな。使うタイミングがなかったんだよ」


クロスは、どこか楽しそうに笑った。


「……まさか、こんなところで役に立つとはなぁ」


「……その計画とは、いったい……?」


ザディが身を乗り出す。


クロスはすぐには答えなかった。


ただ、しばらくの間、黙ってザディを見つめていた。


そして。


「…………あいつの力を使うのさ」


クロスは、不敵に笑った。

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