70.女心は難しい
病院内。
廊下を、一人の男が足早に駆けていた。
ラク・ヴィリーブ。
「……いない!」
ガチャッ!
一つ目の病室。
ベッドの上には誰もいない。
ラクは部屋の中を一瞥すると、すぐさま扉を閉めた。
「……いない!」
ガチャッ!
二つ目の病室。
ここにもいない。
三つ目。
四つ目。
ラクは片っ端から病室の扉を開け、イフの姿を探し回っていた。
「……ったく、どこ行きやがった……!」
苛立ちを隠そうともせず、頭をガシガシとかく。
「あいつ、怪我人の自覚あんのか……?」
そして、次の病室へ向かおうとした、その時だった。
――ドガアアッ!!
「……!?」
病院の外から、突然、腹に響くような轟音が鳴り響いた。
ラクの足が止まる。
「……なんだ?」
窓の方へ歩み寄り、外を覗き込む。
すると――
「うわああっ! 痛ぇ! それビリビリするっ!!」
「はははっ! こんなもんじゃないぞ、イフ!」
病院の外。
そこには、地面に転がっているイフと、楽しそうに笑うエーズの姿があった。
どうやら、二人で訓練をしているらしい。
エーズの手からは、バチバチと電流が走っていた。
一方のイフは、地面に尻もちをつきながら、涙目で自分の腕をさすっている。
「……あ……?」
ラクの顔が引きつった。
「…………」
数秒間、窓の外を見つめる。
そして。
「おまえらああああっ!! 何してんだよおおおっ!!」
病院中に響き渡るような怒声が飛んだ。
「……あっ! ラク!」
イフが顔を上げる。
エーズも手を止め、二人そろって窓の方を見た。
そこには、額に青筋を浮かべたラクが立っていた。
「……お前ら……あとで覚えてろよ……!」
ラクの低い声が、窓越しに響いた。
***
一方。
竜征軍本部。
一室では、サブとキリが向かい合って座っていた。
サブは片手にコーヒーカップを持ち、資料に目を通している。
その向かいで、キリがじっとサブの顔を見つめていた。
「……ねえ」
「ん?」
「……サブはイフのこと、好きなの?」
――ブッ!!
「ゴホッ! ゴホッ!!」
サブが盛大にコーヒーを吹き出した。
「…………」
口元を拭いながら、ゆっくりとキリを見る。
「……なんだよ、急に……」
「いや、だって……」
キリは首を傾げた。
「やけにイフのこと、気にしてるというか……」
「好きとかじゃねぇよ……」
サブは困ったように眉をひそめる。
「……ったく、変なこと聞くなよ……」
そして、ふと思いついたようにキリへ視線を向けた。
「……そういえばキリ。好きな人でもできたか?」
「…………え?」
キリの表情が固まる。
「な、何? 急に……」
「いやあ……」
サブは頬杖をつきながら、何気ない調子で続けた。
「キリとは出会って十年くらいになるのに、そんな話、聞いたことなかったからな」
そこで一度、言葉を切る。
「……ただ純粋に気になっただけだよ」
「…………別に、そんなのないよ……」
キリは視線をそらした。
「ほんとかー?」
サブが少し意地悪そうに笑う。
「キリももう二十歳になるんだから、一回くらい好きな男と付き合った方がいいんじゃないのか?」
「…………ほんとだよ」
キリは小さく答えた。
そして、ぽつりと付け加える。
「……男の人で話すの、サブくらいだよ……」
「…………」
サブの笑みが、ぴたりと止まった。
(……全人類含めて、俺以外まともに喋ってないような気がする……)
そんな考えが頭をよぎったが、もちろん口には出さなかった。
「……まあ、そうか」
なんとも言えない顔でコーヒーをすする。
「……そういえば!」
思い出したように声を上げた。
「イフとは、もう仲良くなったか?」
「……え? なんでイフ?」
キリが怪訝そうに眉を寄せる。
「いや、お前もやけにイフのことを気にしてるような気がするぞ!」
「…………」
キリはしばらく黙っていた。
そして、少しだけ不満そうに答えた。
「……サブが気にしてるからだよ」
「…………あ、そうなの」
サブはあっさりと納得した。
「……イフはキモいから話したくない」
「んー……」
サブは腕を組み、うなった。
(……女の子は難しいなぁ……)
真剣に悩むサブ。
その向かいでは、キリが何事もなかったかのように資料へ目を戻していた。
こうして今日も、サブには女心がわからないのだった。




