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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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69.キングの探す人



ーー数日後。


竜征軍本部。


その一室に、

サブ、ラク、キリの三人が集まっていた。


机の上には、いくつかの資料が広げられている。


その傍らで、サブは腕を組みながらラクの話に耳を傾けていた。


「へぇ……影の竜人ねぇ」


サブが興味深そうに呟く。


「視力を奪うっていうのは厄介だな……」


「あぁ……かなり手強かった。しかも逃げられた」


ラクは椅子の背もたれに体を預け、面倒くさそうに答えた。


頭には白い包帯が巻かれている。


その表情には、まだ戦闘の疲労が残っていた。


「………………」


隣に座るキリも、黙って二人の会話を聞いていた。


サブは少しだけ表情を引き締める。


「それで、イフは? 無事なのか?」


「あぁ。今は病院で検査を受けてる。医者の話じゃ、明後日くらいには動いてもいいらしい」


「……そうか」


サブは小さく息を吐いた。


ひとまず、命に別状はないらしい。


そう確認すると、サブは再びラクへと視線を向けた。


「……ところでさ」


「……ん?」


「一緒に仕事してどうだった? ラク」


突然の質問に、ラクは眉をひそめた。


「……え? どうって……?」


「いや、単純な疑問だよ。一緒に仕事してみて、ラクはどう思ったのかなって」


サブは何気ない口調で尋ねる。


しかし、その目はラクの反応をじっと見つめていた。


「…………」


ラクは少しだけ視線を逸らした。


そして、頭を掻きながら答える。


「……まぁ……」


「……?」


「……少しはやるって感じだわ」


どこか歯切れの悪い言い方だった。


まるで、素直に認めるのが気恥ずかしいとでもいうように。


そんなラクを見て、サブはふっと口元を緩めた。


「……そうか。ならよかった」


「……?」


ラクは不思議そうにサブを見たが、それ以上は何も言わなかった。


やがて、何かを思い出したように口を開く。


「……そういえばサブ。影の竜人は、こんなことも言ってたんだ」


「……ん? なんだ?」


「軍の人間の誰かを探してるらしい」


「……軍の人間?」


サブの表情から、わずかに笑みが消えた。


「あぁ。名前は忘れたとか言ってたが……確かにそう言ってた」


「……誰かって……誰だ?」


「わかんねぇよ。ただ、なんか関わってそうだなって思ったんだ」


ラクは腕を組み、天井を見上げた。


影の竜人が何を考えているのか。


そして、なぜ軍の人間を探しているのか。


今のところ、手がかりはほとんどなかった。


「……そうか」


サブは顎に手を当て、考え込む。


そのときだった。


「…………ダラーのことじゃないかな」


静かな声が、部屋に響いた。


二人が振り向く。


口を開いたのは、キリだった。


「……あ? ダラー? ダラーって総司令の?」


ラクが尋ねる。


キリは小さく頷いた。


「……うん」


「…………ん? なんでそう思った?」


サブが尋ねる。


キリは少し考えるように視線を落としたあと、ゆっくりと口を開いた。


「……ただの推測だよ。ラーって竜王も、きっとダラーを探してるんじゃないかと思ってる」


「…………あぁ。戦争の件でか?」


「うん」


キリは静かに頷いた。


「……ラーとダラーは、戦争で戦ったんでしょ?」


「あぁ、そうだな」


「それで、ラーは今、行方もわからなくなってる……」


キリは一度言葉を切った。


そして、考えを整理するように、ゆっくりと言葉を続ける。


「……だから、ダラーを探し出して、もう一度戦うつもりなんじゃないかなって。私はそう思ってる」


「うぅむ……」


サブは腕を組み、唸った。


「俺も、そうなんじゃねぇかとは思ってるけどよぉ……」


やがて、サブはキリを見つめる。


「……じゃあ、お前は影の竜人も『ラー派閥』の竜人だって言いたいのか?」


「……うん。ただの推測だけど」


キリはそれ以上、何も付け加えなかった。


確かな証拠があるわけではない。


あくまでも、今ある情報から導き出した可能性の一つだった。


「……なるほどな」


サブは小さく頷く。


「わかった。ありがとう、キリ」


「…………うん」


キリは短く返事をした。


「………………」


そのやり取りを、ラクは黙って聞いていた。


(……へぇ)


視線だけを二人に向ける。


(キリのやつ……サブの前じゃペラペラ喋るなぁ)


普段のキリを思い返し、ラクは心の中で呟いた。


いつもは必要なことしか話さないくせに。


サブの前だと、こうして自分の考えをしっかりと言葉にする。


(……ま、別にいいけどよ)


ラクは小さく肩をすくめた。


その様子に気づいたのか、サブがふと思い出したように口を開く。


「……そうだ、ラク」


「あ?」


「イフのところに行ってやってくれよ。あいつもきっと寂しがってるぞ」


「……ん? あぁ」


ラクは一瞬きょとんとしたあと、面倒くさそうに立ち上がった。


「おう、わかった」


椅子を引く音が、静かな部屋に響く。


ラクはそのまま扉へと向かい、部屋を出ていった。


ーーガチャッ。


扉が閉まる。


「………………」


残されたサブとキリは、再び机の上の資料へと視線を戻した。




***




竜征軍本部から少し離れた場所にある病院。


廊下には、消毒液の独特な匂いが漂っていた。


窓から差し込む午後の日差しが、白い壁と床を淡く照らしている。


遠くから、看護師たちの話し声や、誰かの足音が聞こえてくる。


その廊下を、一人の男が歩いていた。


ラク・ヴィリーブ。


頭に巻かれた包帯は、まだ外れていない。


ポケットに手を突っ込み、気だるそうに歩いている。


向かっているのは、イフが入院している病室だった。


しかし、その表情はどこかぼんやりとしていた。


「………………」


ラクの脳裏に浮かぶのは、数日前の戦闘。


影の竜人との戦いだった。


(……イフは、俺が戦ってる最中に……)


ラクは歩きながら、あのときの光景を思い返す。


(あいつの能力を見事に探り当てやがった……)


影の竜人の動き。


攻撃の仕組み。


そして、影を利用した能力。


あの状況で、イフは必死に考えていた。


ただ怯えているだけではなかった。


敵の能力を見極めようと、必死に頭を働かせていたのだ。


(……しかも、窓を割って日の光を入れやがった)


あの瞬間を思い出す。


ガラスが砕け散り、窓から差し込んだ光が室内を照らした。


それまで敵の力の一部となっていた影が、日の光によって消えていく。


あの状況を打開するために、イフが思いついた方法だった。


(……よくあんなこと思いついたもんだ)


ラクはわずかに目を細めた。


そして、もう一つ。


(……それに、あろうことか竜人に弾丸を一発当てやがった)


イフが銃を構え、引き金を引いた瞬間。


放たれた弾丸は、確かに敵を捉えた。


もっとも、あの一発は狙い澄ました完璧な射撃というわけではなかった。


タイミングが重なった、偶然に近い一発。


今のイフの実力を考えれば、そう評価するのが妥当だろう。


(……ま、あれは本当にたまたまだろうけどな)


ラクは鼻を鳴らした。


それでも。


あの状況で、イフが引き金を引いたという事実は変わらない。


ラクはふと足を止めた。


廊下の窓から差し込む光が、足元に細長い影を落としている。


「………………」


そのとき、サブの言葉が頭の中によみがえった。


『……あいつは、見込みがあるかもしれないってことだ』


「………………」


ラクは黙り込んだ。


あの言葉が、妙に引っかかっていた。


見込みがある。


果たして、本当にそうなのだろうか。


(…………)


ラクはゆっくりと目を伏せた。


思えば、イフには二度も助けられている。


一度目は、嵐の竜王との戦い。


そして、二度目は、影の竜人との戦い。


どちらも、一歩間違えれば命を落としていたかもしれない戦いだった。


(……あいつがいなけりゃ、俺は死んでたかもしれねぇな)


ラクは小さく息を吐いた。


(……二度も、か)


これまで、イフのことを本当に雑魚だと思っていた。


戦闘経験も足りない。


体の使い方もなっていない。


実力だけで比べれば、まだまだ話にならない。


それは今だって変わらない。


(……実際、今も実力は全然ねぇ)


ラクは自嘲気味に口元を歪めた。


だが。


(……ただ)


ラクは再び顔を上げた。


あの戦闘で、イフは考えていた。


自分に何ができるのか。


敵の能力をどう攻略するのか。


そして、どうすれば仲間を助けられるのか。


何もできないと諦めるのではなく、必死に答えを探していた。


そして最後には、自分の意思で銃の引き金を引いた。


(……あいつは、考え抜いて引き金を引いた)


ラクは静かに目を細めた。


まだまだ弱い。


今のままでは、強敵を相手にまともに戦うことすら難しいだろう。


それでも。


(……ひょっとしたら)


ほんの少しだけ、口元が緩んだ。


(……本当にもしかしたら)


あいつは。


「………………」


ラクは小さく笑った。


「あいつは……『見込みがある』のかもしれねぇな」


誰に聞かせるわけでもない、独り言だった。


言葉にしてみると、不思議としっくりきた。


ラクは再び歩き始めた。


先ほどよりも、ほんの少しだけ足取りが軽くなっていた。



***



「はあ……」


病院の廊下を歩きながら、ラクは大きなため息をついた。


「あいつ、病院ばっかじゃね? マジで」


思わず愚痴がこぼれる。


ついこの間まで別の戦いでボロボロになっていたと思えば、今度は影の竜人との戦闘。


イフの周りには、厄介ごとが絶えないらしい。


「……ったく」


ラクは頭を掻きながら、目当ての病室の前で足を止めた。


間違いない。


ここにイフがいるはずだった。


「…………」


ラクは軽く息を吐き、ドアノブに手をかけた。


そして、いつもの調子で扉を開ける。


ーーガチャッ。


「おい、お前ぇ。元気にしてんのかぁ?」


気の抜けた声が、病室に響いた。


しかし。


「…………っ!?」


ラクの表情が固まった。


窓際のベッド。


白いシーツ。


枕元に置かれた小さな棚。


そこに、いるはずの少年の姿はなかった。


「………………」


ラクは扉を開けたまま、病室の中を見渡した。


誰もいない。


イフの姿は、どこにもなかった。


「…………あ?」


ラクは眉をひそめた。


「……おい。どこ行きやがった、あのバカ」


静まり返った病室に、ラクの声だけが響いた。

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