68.影の竜人③
―――パラ……パラパラッ。
崩れた壁の破片が、地面に落ちていく。
先ほどまで轟音が鳴り響いていた街の一角。
そこには、もう何も聞こえなかった。
舞い上がった砂埃が、辺り一帯を白く濁らせている。
砕けた石片が散乱し、壁には大きな亀裂が走っていた。
「………………」
「………………」
イフとラクは、身構えたまま動かなかった。
二人とも警戒している。
(……や、やったのか?)
イフは息を呑んだ。
キングの姿は見えない。
倒したのか。それとも、まだどこかに潜んでいるのか。
確かめようにも、まだ視界は真っ暗であった。
そのとき――
―――フッ。
「……っ! 眩しっ!」
イフは思わず目を細めた。
視界を覆っていた暗闇が、突然消えたのだ。
「……!!」
ラクも、ハッと顔を上げる。
目の前に、崩れた街並みが広がっていた。
砕けた石畳。
壁に空いた大きな穴。
地面に散らばる瓦礫。
先ほどまで見えなかったものが、一気に目に飛び込んでくる。
「おお!! 視界が戻った!!」
イフが歓喜の声を上げた。
しかし、すぐに周囲を見回す。
「…………やったのか?」
声が、少しだけ小さくなった。
砂埃の向こうを見つめる。
キングの姿は、まだ確認できない。
ラクも周囲に目を走らせていた。
二人の間に、短い沈黙が流れる。
―――バキッ!!
「……!?」
突如、鈍い打撃音が響いた。
ラクが反射的に振り向く。
「……イフっ!!」
そこには、信じられない光景があった。
キングが立っていた。
その拳は、イフの顔面を捉えている。
「……ぐっ!」
イフの身体が横に傾き、そのまま地面へと倒れ込んだ。
「…………クソッタレが……」
キングは拳をゆっくりと下ろした。
服はところどころ破れ、身体には傷が刻まれている。
口元からは血が流れ、呼吸も荒い。
それでも、その足は地面を踏みしめていた。
キングは倒れたイフを見下ろし、顔をしかめる。
「……痛かったじゃねえか」
「………………」
「………………」
ラクは、言葉を失っていた。
つい先ほどまで、確かに攻撃は当たった。
銃弾がキングを捉え、ラクの音の斬撃も直撃した。
あれだけの攻撃を受けて、まだ立っているのか。
ラクは拳を握り締め、キングを睨みつけた。
キングもまた、ラクを見つめ返していた。
やがて、キングが口を開く。
「…………てめぇ、なかなかやるじゃあねえか」
「………………」
ラクは答えない。
キングの一挙手一投足から、目を離さなかった。
「俺はな、お前らと戦うために、こんな街に来たんじゃねえんだわ」
「……? ……何?」
ラクが眉をひそめた。
キングは、面倒くさそうに首を鳴らす。
「……ふん。イフってガキには少々腹が立ったから、殴らせてもらったがよお」
そう言って、倒れているイフにちらりと視線を向けた。
イフは地面に横たわったまま、ぴくりとも動かない。
「俺は、お前みたいな軍の人間の誰かを見つけるために、この街に来たんだわ」
「…………なんだと?」
ラクの表情が険しくなる。
軍の人間を探していた?
そのために、わざわざ街を襲ったというのか。
「……ああ、そうだ」
キングは肩をすくめた。
「街を襲ってりゃ、誰かしら来ると思ってよお」
まるで、買い物にでも出かけた理由を話すような口調だった。
ラクは目を細める。
「…………」
「だが……住民を殺したりはしてねえぜ?」
キングは歩きながら、軽い調子で言った。
足元の瓦礫を踏み越え、ゆっくりとラクから離れていく。
「……誰を探してるって?」
ラクが問いかける。
キングは歩みを止め、頭を掻いた。
「……名前、忘れたんだよなあ」
「…………は?」
ラクの顔が引きつる。
「まあいいや。お前ら、面倒くさそうだからよ。これ以上は戦わねえ」
「…………」
ラクは、キングの動きを注視していた。
逃がすわけにはいかない。
だが、今の状態で再び戦闘になれば、どうなるか分からない。
何より、キングの能力はまだ完全には把握できていなかった。
「先に来た軍の奴らは気絶させて、街の中央にいるぞ?」
「………………」
ラクは眉をひそめた。
連絡が途絶えた隊員たち。
やはり、こいつが襲撃したのか。
「……クソッタレが。こんなに戦うとは思わなかったぜ……」
キングは、ふう、と息を吐いた。
そして、足を止める。
その足元には、瓦礫の隙間から伸びる影があった。
太陽の光が建物の隙間から差し込み、地面に長い影を落としている。
キングは、その影を見下ろした。
「……!!」
ラクの表情が変わる。
まさか、また逃げるつもりか。
「じゃあな、クソッタレ。また会うかもしれねえな」
「おい! 待てっ!!」
ラクが地面を蹴った。
瓦礫を飛び越え、キングへと駆け寄る。
しかし――
キングの身体が、足元の影へと沈み始めた。
足先から。
膝へ。
腰へ。
まるで、影そのものに飲み込まれていくかのように。
「……おい! 待てコラ!!」
ラクが手を伸ばす。
だが、その手が届くよりも早く、キングの姿は影の中へと消えていった。
残されたのは、地面に伸びる黒い影だけだった。
「…………」
ラクは、その場で足を止めた。
拳を握り締めたまま、しばらく影を睨みつける。
やがて、小さく舌打ちした。
「……何なんだ、あいつ……」
キング。
影に潜み、視界をゼロにする能力。
そして、銃弾や音の斬撃を受けてもなお立ち上がる、異常なまでのタフさ。
それ以外の全貌は、まだ分かっていない。
「…………厄介なやつだ」
ラクは、ぼそりと呟いた。
だが、すぐにハッと顔を上げる。
「……そうだ! イフ!!」
慌てて振り返り、倒れているイフのもとへ駆け寄った。
「おい、イフ! 無事か!?」
ラクは膝をつき、イフの肩に手を添えた。
「おい! しっかりしろ!」
イフの身体を軽く揺する。
「う、うー…………ん」
かすかな呻き声が返ってきた。
「……!」
ラクは、ほっと息を吐いた。
そして、イフの顔を覗き込む。
「息は……してるな。気絶してんのか」
「………………」
イフは目を閉じたまま、ぐったりとしていた。
ラクは、しばらくその顔を見つめていた。
先ほどの戦いが、頭の中をよぎる。
視界を奪われ、一方的に攻撃され続けた時間。
それでも、イフは諦めなかった。
自分にできることを探し、銃を撃った。
そして、その一発がキングの動きを止めた。
(…………こいつ……)
ラクは、イフの顔をじっと見つめる。
(……本当に、何なんだよ……)
能力もないくせに。
あんな状況で、よくあんな真似ができたものだ。
「……………………ははっ」
ラクは、思わず小さく笑った。
呆れたような。
それでいて、どこか嬉しそうな笑みだった。
***
やがて、追加で派遣された隊員たちが街に到着した。
彼らは崩れた街並みを慎重に進み、負傷者の捜索を開始する。
その後、イフとラクは無事に救助された。
連絡が途絶えていた隊員たちも、街の中央で発見された。
全員、気絶していたものの、命に別状はなかったという。
***
「……え? 俺は?」
蜘蛛の竜人、コエー・スッパイダーズは、ぽつりと呟いた。




