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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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65.キングという男



気配がなかった。


ナイフが肉を貫く音がするまで、誰も気づかなかった。


ラクは耳がとてつもなく良かった。

わずかな足音も、衣擦れの音も聞き逃さない。

そんなラクの耳ですら、目の前の男の接近を捉えられなかった。


気づけば、男は自分たちの背後に立っていた。


細身ながらも、無駄のない筋肉がついた身体。


ガタイのいい体格に、無造作に伸びたボサボサの髪。


そして、その瞳。

白目まで真っ黒に染まった、漆黒の瞳だった。


「…………何者だ、お前」


ラクが静かに問いかける。


「……名前か? キングってんだ。お前は?」


キングは余裕の笑みを浮かべた。


「………………」


「………………」


互いに相手の出方を窺う。


沈黙が流れた。


やがて、キングが口を開いた。


「……ああ、こっちが先だったか?」


一拍置いて、続ける。


「……竜人だぜ。で、お前の名前は?」


「ははっ……やっぱりそうだよな」


ラクの表情から笑みが消えた。


瞬時に戦闘態勢へと移る。


目の前の男は、明らかに今までの竜人とは違う。


根拠はない。


だが、そう感じた。



――フッ。


キングの姿が消えた。


まるで、地面に吸い込まれるように。


「……!?」


「…………え!?」


イフも思わず声を上げた。


「消えた……! 方法はわからねえが、姿を消した!」


ラクは思考を巡らせる。


(どんな能力だ?)


(目的は? 何者なんだ、こいつ……!)


(どうやって姿を消した!?)


考えがまとまらない。


「おい、イフ!! 逃げろっ!!」


ラクは叫び、イフの方へ振り向いた。



――だが。


キングは、すでにイフの目の前に立っていた。


「…………かはっ!!」


鈍い音。


イフの身体が吹き飛ぶ。


一瞬だった。


「………………なんだと!?」


ラクの思考が止まる。


(何が起きた!?)


(どうやって移動した!?)


音もなく?


この俺の耳でも聞き取れないほどの速さで?


いや、それなら姿を消したように見えたことの説明がつかない。



考えれば考えるほど、答えが遠ざかっていく。


「おいおいおいおい……」


キングが愉快そうに笑った。


「こんなもんかあ?」



――フッ。


再び、姿が消える。


「…………ッ!」


グサッ!!


鋭い痛みが走った。


「………………ッ、ぐっ!」


ラクの横腹に、ナイフが深々と突き刺さっていた。


背後からだった。


「……な、に……!?」


ラクは横腹を押さえ、歯を食いしばる。


キングは、すでにラクの背後に立っていた。


「よぉし!」


キングが楽しそうに声を上げる。


「お前らをぶっ倒したら、次は誰が来るんだろうなあ!」


その顔には、まだ余裕があった。



***



一方、竜征軍本部。


サブ、キリ、エーズの三人は話を続けていた。


「へぇ……競い合える存在ねえ」


サブがぼんやりと呟く。


「はい! いつかイフとは、そんな感じになりたいっすね!」


「はははっ! だが、イフはまだまだ実力不足だからなあ。結構先の話かもしれないぞ?」


「た、確かに! 俺もそう思うっすよ? ……だけど」


「……? だけど?」


エーズは少し考え、言った。


「なんかアイツ……やってくれそうじゃないっすか」


サブはきょとんとした。


そして、吹き出すように笑った。


「ははははっ! なんだその抽象的な感想は!」


「へへへ! 俺も今、言ってて思いましたっ!」


「いやあ、おもしれぇな!」


「へへへ!」


サブは笑いながら、ふと思い出したように口を開いた。


「…………だけどな、エーズ」


「……はい?」


「……なんか、気持ちはわかるぞ。お前の言いたいこと」


「で、ですよね!」


「おう! キリもそう思うよな?」


「…………イフは……キモいから……」


「ええ!? キモい!?」


エーズが思わず声を上げた。


サブは腹を抱えて笑う。


「ははっ! エーズ、なんで俺がそう思うのか教えてやろうか?」


「えっ! はい! 聞きたいっす!」


「……キリが、俺とラク以外の名前を呼んだのは、あいつが初めてなんだよ」


「えええええええ!?」


エーズは目を見開いた。


「…………からかわないでよ、サブ」


「からかってないさ! キリと会って十年くらい経つが、初めてなんだぞ?」


「じゅ、十年って……」


(……キリの方に問題がある気がするんだけど……!)


エーズはそう思ったが、口には出さなかった。


「……ま、冗談はさておき」


サブは笑みを引っ込め、少し真面目な顔になる。


「毎日、あいつの訓練を見てるんだけどよ。時々思うんだ」


「……え? 何をっすか?」


「そりゃ、実力がないのは間違いないんだがよ」


サブは一度言葉を切った。


「あいつ、根性と体力だけは一丁前でな」


「そうっすよね!」


「それと、あと一つ」


「……あと一つ?」


「ああ! さすがダラーさんの弟子だと思ったんだ」


「えっ! なんすか、それ!」


サブは腕を組み、少し考え込む。


「んー……なんて言えばいいんだろうな……」


そして、真顔で言った。


「…………ギャンブルの素質がある」


「……ええ? ギャンブル?」



***



イフとラク。


二人は、キングという竜人によって追い詰められていた。


イフは足を刺され、ラクは腹部を刺された。


二人とも、まともに動ける状態ではない。


「……くっそ! いつの間に……!」


ラクは一瞬、イフへと視線を向けた。


(イフの足……!)


(あれじゃ、すぐに逃げるのは無理だ)


(かといって、爆音波で周囲もろとも吹き飛ばすわけにもいかねえ……!)


瞬時に判断する。


「おらああああっ!!」


ラクは振り返りざま、背後にいるはずのキングへ音の斬撃を放とうとした。



――だが。


「…………!?」


そこに、キングの姿はなかった。


「おお、なかなかやるじゃねえか」


声がした。


「刺されても、そんな声量が出るとはなあ」


目の前だった。


キングは、何事もなかったかのようにラクの正面に立っていた。


「…………お前、マジでどうやって動いてんだ?」


ラクが問いかける。


「言うわけねえだろ」


キングは笑みを崩さない。


「……まだ抵抗するか?」


「…………クソッタレが」


そのときだった。




パリィィン!!


ガラスが砕け散る音が、室内に響いた。


「…………?」


暗かった部屋に、外から光が差し込む。


「……は?」


キングが初めて、わずかに反応を見せた。


その視線の先。


イフが握る銃口から白い煙が立ち上っていた。


割れた窓ガラス。


イフが撃ったのだ。


「……お前、何してんだよ!!」


ラクが怒鳴る。


「早く逃げろよ!!」


イフは答えない。


ただ、キングを見つめていた。


「………………」


キングもまた、黙ってイフを見ていた。



そして。


イフが静かに口を開く。


「……『影』だ」


「……は?」


ラクが眉をひそめる。


イフは続けた。


「こいつは……影を伝って移動してるっ!!」


「……!?」


その瞬間。


キングの表情から、ほんのわずかに余裕が消えた。


戦況が、変わろうとしていた。

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