64.蜘蛛の竜人
「うふふふ♡」
男はゆっくりと立ち上がり、不気味な笑みを浮かべた。
男の名は、コエー・スッパイダーズ。
蜘蛛の竜人である。
「出会ってすぐ攻撃するのは……俺の役目とかじゃないのかな……」
コエーは小声で呟いた。
すると、ラクが即座に口を開く。
「おい、蜘蛛野郎。さっさとひれ伏せ。降参しろ」
「そうだぞカスっ! ぶっ倒れろぉ!」
「……ひでぶっ!」
立ち上がったばかりのコエーに、イフが容赦なく蹴りを入れた。
「……あだっ!」
コエーは再び地面に倒れ込んだ。
「……………………」
「……………………」
しばらくして、コエーがゆっくりと顔を上げる。
「……なんかお前らの方が悪役っぽくない?」
「何言ってんだテメェ。死ねよ」
ラクが淡々と答えた。
「死ぬのはお前らだよ! チンポ野郎共ぉ!!」
コエーが叫んだ瞬間。
口から無数の糸が吐き出された。
「…………!?」
「…………うわっ!」
一瞬だった。
白い糸が空間を埋め尽くし、イフとラクの周囲を取り囲む。
逃げ場を塞ぐように張り巡らされた糸は、二人の動きを封じるには十分な量だった。
「うふふふふ♡ これじゃ動けないだろ?」
コエーは得意げに笑った。
「この糸、触れると簡単には取れないぜ? もがけばもがくほど絡まっていくんだ」
「…………な、なに!?」
イフが目を見開く。
「そうだ。このまま身動きが取れないお前らは、悔しい顔をしながら俺の攻撃を受け続けるんだ……」
「…………ゴクリ」
イフは唾を飲み込んだ。
額から、一筋の汗が流れ落ちる。
「うふふふ♡ お前らは泣いて詫びるんだ」
コエーは一度言葉を区切り、二人を見下ろした。
「俺の前で偉そうにしてごめんなさい、ってなぁ! もっとも! 謝ったところでボコボコにするけどなぁっ!!」
「おらあああああっ!!」
「……!?」
突如、ラクが大声を上げた。
次の瞬間。
シュパパパパッ!!
音の斬撃が走り、二人を取り囲んでいた糸が次々と切断されていく。
「……………………」
「……………………」
部屋の中に、静寂が訪れた。
やがて、ラクがゆっくりと口を開く。
「…………で? なんだって?」
「やっと悪役っぽいこと言えたのに!!」
コエーが悲痛な叫びを上げた。
相性は最悪だった。
***
一方、竜征軍本部。
食堂のテーブルでは、サブ、キリ、エーズの三人が食事をしていた。
「そういえばエーズ、腕は平気か? 結構時間は経ったが……骨折してたんだろ?」
サブが食事の手を止めて尋ねた。
「はい! 軽い骨折っぽかったんで、今はもうへっちゃらっすよ! 隊長!」
エーズは元気よく答えた。
「……そうか。ならよかった」
サブは短く頷いた。
「……………………」
キリはそんな二人の会話を聞きながら、黙々と食事を続けていた。
***
しばらくして。
イフとラク。
「もがががががっ!!」
コエーは、自分の糸でぐるぐる巻きにされていた。
口まで塞がれ、身動きひとつ取れない。
「……口を塞いじまえば、あとは楽勝だったな」
ラクが呟いた。
「やっぱりラクって強いね! ……俺、なんもできなかったや!」
イフが感心したように言う。
「……お前、やっぱり馬鹿だよな」
「馬鹿ってなんだよ!」
「いや、ほら。相手がどんな奴かも分かんねえのに、何も考えずに飛び出しただろ? 馬鹿だろ」
「不意打ちってやつだよ!」
「お前ぇ、まだまだなんだからよぉ……」
ラクは呆れたようにため息をついた。
「相手がどんな動きをするのか、ちゃんと観察ぐらいしとけよ。死にに行ってんのか?」
「……ぐぬぬ。確かに……」
イフは悔しそうに唸った。
「まあいい。これで、この街に現れた竜人は倒せた。あとは、連絡が途絶えた隊員たちがどこにいるのか、こいつに吐いてもらうか」
「あっ、そっか! そうだね!」
イフが頷く。
「…………?」
そのとき、コエーが不思議そうに首を傾げた。
「もがががががが!!」
「……あ?」
「もがががががががが!!」
コエーは必死に何かを伝えようとしている。
「……何言ってんだ、お前」
「もががががががががががが!!」
「………………」
「………………」
イフとラクは顔を見合わせた。
「……ど、どうする? 喋らせてあげる?」
「いや、口から糸を出されんのは嫌だしな」
「もがっ! もがもがっ!!」
「……………………」
「……………………」
「……まあいいか。これじゃ隊員の居場所も聞けねえしな。どうせ、また攻撃してきたらボコボコにすりゃいいだけだ」
「そだね!」
二人の意見は一致した。
ラクはナイフを取り出すと、コエーの口を塞いでいた糸を切った。
「……ぶはっ!! ちょっと待て、お前ら!!」
「…………?」
「マジで! 何言ってんのか全然分かんねえぞ!」
「……は? 何言ってんだ、お前」
「こっちのセリフだわ!! 連絡の途絶えた隊員ってなんのことだよ!」
「……あ?」
「……え?」
イフとラクの動きが止まった。
「俺はついさっき、この街に来たばっかなんだよ! そしたら街に人が一人もいねえじゃねえか! なんだこの街、って思ってたんだ!」
「……なに?」
「そしたらお前らを見つけたから、やっと人間がいたと思ってぶっ殺そうとしただけだよ!」
「…………」
二人は黙ってコエーの話を聞いていた。
「……マジで来たばっかなんだって! だから、お前らの言ってることなんか全然分かんねえんだよ!」
「…………ということは」
イフが恐る恐る、ラクの方へ視線を向けた。
「………………」
ラクは腕を組み、黙ったままイフを見つめていた。
やがて、低い声で呟く。
「……もう一人いるな」
「……まじかっ!」
イフが声を上げた、その瞬間だった。
グサッ!!
何かが突き刺さる音が響いた。
「……!?」
ラクが即座に反応する。
「……え?」
イフの足には、一本のナイフが突き刺さっていた。
「い、いってえええっ!!」
「イフッ!! 大丈夫か、お前!!」
ラクはイフのもとへ視線を向けた。
(何が起きた!?)
(異変に気づくのが遅れた……!)
(どうやってイフを刺した!?)
ラクは瞬時に思考を巡らせる。
その背後から、声がした。
「ここだよ、バーカ」
「……!」
そこには。
見知らぬ男が、立っていた。




