56.病室の三人①
ーーー数日後。
病院の一室。
三つ並んだベッドに、イフ、ラク、エーズの三人が横たわっていた。
「…………」
「…………」
「…………」
静かだった。
しばらくして、ラクが天井を見つめたまま口を開いた。
「…………なんでお前らと同じ部屋なんだ」
「ねっ!俺もビックリしたっ!」
イフが元気よく反応する。
「そうだなイフっ!良かったなっ!嬉しい!」
エーズも続けて声を張り上げた。
「デケェ声で喋んな!傷が開くだろうがっ!!」
ラクが怒鳴った。
「「………………」」
二人は黙った。
「……………………」
再び、病室に静寂が戻った。
「……はあ」
ラクは深いため息をついた。
「…………そういえば……イフ」
「……? どしたの? ラク」
「お前……あの時、あいつに銃を撃ったよな?」
「あ……うん」
イフの表情がわずかに曇る。
「………………」
ラクは少しだけ間を置いた。
「……あの時、俺……逃げろって言ったよな?」
「……うっ!」
イフは思わず身構えた。
やっぱり怒られる。
「……いや! 違うんだ! ラクっ! あの時はっ!」
「……?」
「俺も逃げなきゃって思ったんだ! ……だけど、戦う二人を見て……何かできないかって考えちゃって」
「………………」
ラクは黙ってイフの話を聞いていた。
「……俺だってわかってた。こんな奴相手じゃ、俺が一番何もできないって……みんなに迷惑をかけるだけだって……」
イフは俯いた。
「……だけど!」
ぎゅっと拳を握る。
「二人とも! 必死になって戦ってたじゃんっ! ……俺、それを見て……」
「…………何言ってんだ? お前」
「…………え?」
ラクがゆっくりと上体を起こした。
「……何も怒ろうとしてるわけじゃねえよ」
「……え? 違うの?」
「言い忘れたことがあったと思ってな……」
「……?」
ラクは一度、隣のベッドにいるエーズと目を合わせた。
エーズも黙って頷く。
そして二人は、再びイフに視線を戻した。
「……助かったよ。イフ」
「……え!?」
イフの目が大きく開いた。
「あの時、お前がいなかったら俺らは詰んでた」
ラクは自分の手に視線を落とした。
「そうだよイフ! 俺らマジで死ぬとこだった!」
エーズも身を乗り出すようにして言った。
「……え? ……え?」
イフは二人の顔を交互に見つめた。
「……お前が崖から落ちた時は、やべえと思ったが……生きてて良かった」
ラクはもう一度、イフに視線を向けた。
「……ありがとな。お前、中々度胸あるな」
「……え、ええ!?」
イフは目を丸くした。
「イフ! 俺もありがとな! ほんとに助かった!」
「……いやあ、えへへへっ」
イフは照れくさそうに頬を掻いた。
初めて、二人に褒められた。
嬉しかった。
なんだか、胸の奥がくすぐったい。
「……きめえよ、お前」
「えぇ!? 急に悪口っ!!」
「ははは! 面白っ!」
エーズが声を上げて笑う。
「だけどイフ! よく崖から落ちて無事だったな!」
「ああ、うん。気づいたらキリが助けてくれて……」
「……なに? キリと話したのか?」
ラクが反応した。
「う、うん……ただ…………」
「……? ただ……?」
イフは少しだけ言いづらそうに視線を泳がせた。
***
竜征軍本部。
一室では、サブとキリが向かい合っていた。
サブは机に向かい、資料を見つめながら独り言のように呟いている。
「…………あの捕獲した竜人の発言からして、あの時の嵐の竜王が動こうとしていた竜王で間違いないな……」
「………………」
キリは黙ったまま、サブをじっと見つめていた。
「おそらく部下も引き連れている……。軽く痛めつけたが、竜人のことだ。すぐに回復して、またいつ攻めてくるかわからない……」
サブは手元の資料に目を落とした。
「ラクから、あいつが中央の国を攻めようとしていることは聞いた……。なら、今度は部下や仲間を連れて攻め込んでくるか? ……いや、それとも……」
「…………サブ?」
キリが声をかけた。
「……? どうした、キリ」
サブは思考を中断し、キリに顔を向けた。
「……いや、なんてことない世間話なんだけど」
「…………? どうした?」
キリは少しだけ間を置いてから、口を開いた。
「…………イフと話したよ」
ーーーカタンッ。
サブの手からペンが滑り落ちた。
「……え?」
サブは目を見開いた。
「キリが……イフと話したのか? 俺以外と……?」
「……うん。崖に落ちたイフを見つけて……」
ガタンッ!!
サブが勢いよく立ち上がった。
「イフと話せたのか!? 凄いぞ、キリっ!!」
サブはキリの手をぎゅっと握りしめた。
「そうか! これで友達ができたなっ! よかった! 嬉しいぞ! 俺はっ!」
満面の笑みを浮かべるサブ。
しかし。
「…………ううん」
キリは静かに首を横に振った。
「……え? どうした?」
「…………」
キリは黙り込んだ。
サブはその顔を覗き込む。
「……まさか。何かされたのか?」
「…………いやっ、何もされてない」
「……? じゃあ、どうしたんだ?」
「………………キモかったの」
「……え?」
「……初めて話したのに。可愛いとか言ってきて」
「………………」
「……寒気がした」
「……………………」
サブはポカンと口を開けたまま、キリを見つめていた。
どうやら、状況を理解するのに時間がかかっているらしい。
***
一方。
病院の一室。
「あははははははははっ!! そりゃ初めての会話で可愛いって言ったら! キモいと思われるかもしんねぇなっ!!」
ラクは腹を抱えて笑っていた。
「……で、でも! 悪口を言ったつもりはないんだよ!? ほんとに可愛いって思っちゃって!!」
イフは必死に弁解する。
「まあでも、キリって人……俺は喋ったことないけど、冷たそうな人だもんなあ……」
エーズもイフをフォローするように言った。
「ほんとにっ! 俺、可愛い女の子とあんまり喋ったことないから! ほんとの気持ちを言ったのに!」
「あははははっ! その話、めっちゃおもしれぇな!」
ラクは再び腹を抱えた。
「ぷぷっ! 確かに……!」
エーズも吹き出しそうになりながら笑う。
「面白がるなよお! みんなあっ!!」
「「あはははははっ!!」」
病室は三人の笑い声に包まれていた。
その中心で、イフは必死に頬を膨らませていた。
***
(…………………………)
ふと、イフの頭に疑問が浮かんだ。
(…………俺、洞窟になんで居たんだろう……)
思い出そうとする。
あの時、何があったのか。
どうして自分は、あの洞窟にいたのか。
しかし。
いくら考えても、思い出すことはできなかった。




