51.嵐の竜王⑤
バサァッ!
バサァッ!
巨大な翼が、ゆっくりと羽ばたく。
そのたびに、強烈な風が吹き抜けた。
「………………」
「………………」
ラクとエーズは、目の前の光景を警戒しながら見つめていた。
やがて、ザディが口を開いた。
「…皆さんからは、『嵐の竜王』と呼ばれています」
「……?」
エーズが首を傾げた。
「……何だよ、急に」
ラクが問いかける。
「……いえ。少し、世間話でもと思いまして」
ザディは穏やかに答えた。
「嵐の竜王なんて呼ばれていましてね。……そして、私。風を出せるじゃないですか」
「………………」
ラクとエーズは黙って聞いていた。
もちろん、油断はしていない。
目の前の男が、そんな雑談をするためだけに話しているとは思えなかった。
「……私、あまり好きじゃないんですよ」
ザディは、背中の翼をゆっくりと広げた。
「『嵐の竜王』という名前が」
バサァッ!!
巨大な翼が、大きく羽ばたく。
「この翼こそが、私の本当の『龍の力』です」
ザディは二人を見下ろした。
「……久しぶりに、本気で戦いますね」
「…………へぇ」
ラクが小さく呟いた。
その表情から、笑みが消える。
「………………」
次の瞬間。
ザディの翼が、大きく広がった。
無数の羽根が、風を切る。
そして。
ヒュンッ!!
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
羽根が、一斉に放たれた。
まるで弾丸。
無数の羽根が、二人へと襲いかかる。
「うわあああああっ!! やべええええっ!!」
エーズは全身に雷を纏い、全速力で飛び退いた。
しかし。
「……いでぇっ!!」
一本の羽根が、エーズの足を貫いた。
「うごおおおおおっ!!」
エーズは地面に倒れ込む。
「……くっ!!」
ラクも必死に身体を動かし、羽根を避けていく。
だが、すべてを避けきることはできなかった。
ドスッ!!
ドスドスッ!!
「ぐっ……!!」
次々と羽根が身体に突き刺さる。
やがて。
ヒュンッ!!
最後の羽根が飛び去り、辺りに静寂が戻った。
「………………」
ザディは、ゆっくりと翼を閉じた。
「……ははっ」
小さく笑う。
その視線の先には。
血だらけになり、膝をつくラク。
そして、足を撃ち抜かれ、地面に倒れ込んだエーズの姿があった。
「……はぁ……はぁ……」
ラクは肩で息をしていた。
身体中が痛む。
立ち上がるだけでも、相当な力が必要だった。
「やべえっ……! 足がっ……!!」
エーズが苦悶の声を漏らす。
(……痛い……!!)
足に力が入らない。
立ち上がろうとしても、身体が言うことを聞かなかった。
(……でも……!)
エーズは、必死にラクへと視線を向ける。
(ラクさんが、もっとやべえ……!!)
身体中に傷を負いながら、それでも膝をついているラク。
(……戦わないとっ……!!)
(立って、戦わないとっ……!!)
エーズは歯を食いしばった。
しかし。
足は、動かなかった。
「………………」
エーズは、ゆっくりとザディへ視線を向けた。
そこには。
相変わらず、余裕の表情を浮かべるザディがいた。
傷一つ負った様子もない。
巨大な翼を背負い、二人を見下ろしている。
(…………勝てない……)
エーズの脳裏に、その言葉が浮かんだ。
どれだけ攻撃しても、届かない。
どれだけ工夫しても、圧倒される。
そして今、自分たちは立つことすらままならない。
……勝てない。
そう思ってしまうのも、無理はなかった。
ザディは、ゆっくりと地面へ降り立った。
トンッ。
そして、二人を見つめる。
「………………」
ラクは、ゆっくりと顔を上げた。
ザディと視線がぶつかる。
「………………」
「………………」
しばらく、二人は黙って見つめ合っていた。
やがて。
「……ははっ」
ラクが笑った。
「………………?」
ザディが、わずかに首を傾げる。
「はははっ……いやあ、マジで参ったよ」
ラクは苦笑した。
「……竜王って、強いんだな……」
「…………命乞いですか?」
ザディが尋ねた。
「………………」
「………………」
静かな沈黙。
先に口を開いたのは、ラクだった。
「……何言ってんだよ、お前」
「……?」
ラクは、ゆっくりと顔を上げる。
「……いや、マジで俺の負けだよ。竜王さんよぉ」
そして。
「……参った。大マジで参ったよ」
ラクは笑った。
しかし、その目はザディから逸れていなかった。
「………………」
ザディは黙ってラクを見つめていた。
すると。
「……しかしなあ、竜王」
ラクが口を開いた。
「………………」
「……負けるのは、お前だぜ?」
パキィン!!
突然、何かが割れるような音が響いた。
「…………?」
ザディが足元へ視線を落とす。
そこには。
氷があった。
「………………なんだ?」
ザディの足が、地面に凍りついていた。
いや。
凍っているのは、足だけではない。
足元の地面までもが、氷に覆われていた。
「…………!?」
ザディは足を動かそうとした。
しかし、びくともしない。
氷は足を覆い、地面へとしっかり張りついていた。
「……なんだ、これは!?」
ザディの表情が変わる。
そのとき。
「あははっ。……まだ気づいてなかったのかよ」
ラクが笑った。
ザディは、ゆっくりとラクへ視線を戻した。
ラクは、指を立てる。
そして。
ザディの背後を指さした。
「………………!?」
ザディが振り向く。
――そこには。
サブとキリが立っていた。




