47.嵐の竜王①
「……『嵐の竜王』と呼ばれています」
…………。
いつからそこにいた?
こいつは、一体何者だ?
竜王……と言ったのか?
イフは目の前の男を見つめていた。
突然の出来事に、まだ状況を理解しきれていない。
そんなイフに、ラクが声をかけた。
「…………おい、イフ」
「………………え?」
「…………全力で逃げろ」
ラクはザディから視線を逸らさず、低い声で続けた。
「俺たちがやる」
その隣で、エーズも戦闘態勢に入る。
二人はザディを見据え、いつでも動けるように身構えた。
しかし。
当のザディは、そんな二人を前にしても、まるで緊張感がなかった。
「いやあ、すいません。急に現れてしまって……驚かれましたよね?」
穏やかな口調。
まるで、道端で偶然出会った相手にでも話しかけているかのようだった。
「……何が目的だ?」
ラクが低く問いかける。
「目的、ですか?」
ザディは少し考えるような仕草を見せた。
「いえね。たまたま見かけたんですよ、あなたたちを」
「………………」
「この国には、軍の本拠地がありますよね?」
ザディはそこで言葉を区切った。
そして。
「……これから、そこで暴れる予定だったんです」
「………………!」
「皆殺しにでもしようかと思いまして」
…………。
一瞬、空気が凍りついた。
「…………は?」
ラクが呟く。
イフは息を呑んだ。
皆殺し。
今、この男は確かにそう言った。
これから竜征軍の本部を襲撃するつもりなのだ。
しかも、それをまるで世間話でもするかのように語っている。
「…………お前……」
ラクの表情が変わった。
次の瞬間。
ラクは大きく息を吸い込んだ。
《だらあああああああああっ!!!》
轟音。
ラクの放った爆音波が、ザディを真正面から襲った。
ドガァァァァァンッ!!!
爆発したかのような轟音が、山中に響き渡る。
ドゴドゴドゴッ!!
バキィッ!!
衝撃波が周囲の木々を揺らし、幹をへし折っていく。
地面の土が巻き上がり、砂埃が一帯を覆い尽くした。
「………………」
静寂。
舞い上がった砂埃の向こうに、ザディの姿は見えない。
「…………やったのか?」
エーズが呟いた。
「……す、すげえ……」
イフも目を見開いていた。
あれほどの攻撃だ。
まともに受けて、無事でいられるはずがない。
…………………………。
やがて、ラクがゆっくりと口を開いた。
「…………いや」
目を細める。
「……まだだ」
その言葉とほぼ同時に。
砂埃の向こうから、男の声が聞こえた。
「……いやあ、すごい衝撃でした」
「…………っ!?」
砂埃が晴れていく。
そこには。
先ほどと変わらぬ姿で立つザディがいた。
傷一つない。
服に乱れすら見当たらない。
まるで、何事もなかったかのように。
「……なっ……!?」
エーズが絶句する。
イフも言葉を失った。
ラクの全力の一撃。
それを受けて、無傷。
「音……でしたね」
ザディは自分の身体を軽く見下ろし、納得したように頷いた。
「人間も、やはり力をつけているのか……」
そして、顔を上げる。
「……面白くなりそうですね」
ラクはザディを見据えたまま、ニヤリと笑った。
「……面白くなりそうだな」
その瞬間だった。
――――――――――。
びゅおおおおおおおおおおっ!!!
「……っ!?!?」
突如、凄まじい強風が吹き荒れた。
「なっ……!?」
砂埃が一瞬にして吹き飛ばされる。
木々が大きくしなり、枝が激しく揺れた。
バキッ!!
乾いた音とともに、太い枝がへし折れる。
木の葉が、次々と枝から引き剥がされていった。
「……っ! ヤバいぞ!! 何かに掴まれ!!」
ラクが叫ぶ。
びゅおおおおおおおおおっ!!!
風はさらに勢いを増した。
身体が浮き上がりそうになる。
「うおおおおおっ!!」
ラクは近くの木にしがみついた。
エーズも慌てて別の木に掴まる。
「イフ!! 大丈夫か!!」
「……あばばばばばっ!! だ、大丈夫っ!!」
イフも必死に木にしがみついていた。
しかし、風は容赦なく吹きつける。
腕が軋む。
指が滑る。
少しでも力を緩めれば、そのまま吹き飛ばされてしまいそうだった。
「くっ……!! なんつう風だよ……!!」
ラクが歯を食いしばる。
ゴォォォォォォォッ!!!
周囲の木々が激しく揺れ、何本かは根元から地面を離し始めていた。
枝が折れ、葉が舞い、土煙が空へと巻き上がる。
まるで、山そのものが嵐に呑み込まれたかのようだった。
「うおおおおおっ!! やべぇぞ、これ!!」
ラクが必死に木へとしがみつく。
「イフ!! 絶対に手を離すなよ!!」
エーズが叫んだ。
「わ、わかってるってええええっ!!」
イフは声を張り上げた。
だが、その声すらも風にかき消されていく。
ゴォォォォォォォッ!!!
そして。
どれほどの時間が経っただろうか。
吹き荒れていた風が、少しずつ勢いを弱めていった。
やがて。
…………。
静寂が戻った。
「…………はぁ……はぁ……」
ラクが荒い息を吐く。
エーズも肩で息をしていた。
イフは木にしがみついたまま、ぐったりとうなだれている。
「……な、なんなんだよ……今の……」
周囲を見渡す。
何本もの木々がなぎ倒され、枝は折れ、葉はほとんど吹き飛ばされていた。
先ほどまでの景色とは、まるで別の場所のようだった。
「………………」
ラクはゆっくりと顔を上げた。
そして。
目の前に立つ男を見つめた。
ザディは、こちらに片手を向けていた。
「………………」
その表情には、相変わらず余裕があった。
まるで。
今の出来事など、取るに足らないことだと言わんばかりに。




