44.イフ復活
岩の竜人との戦闘から、2週間。
竜征軍本部近くの病院。
病室のベッドの上で、一人の少年が大きく伸びをした。
「んん~~~~っ!!」
白い髪を揺らしながら、少年は勢いよくベッドから飛び起きる。
イフ・フォーエバー。
「……よっしゃあああああ!!」
両手を天井に突き上げる。
「復活だあああああああ!!」
病室に響き渡る大声。
隣のベッドで眠っていた患者が、びくりと身体を震わせた。
「うるせええええええ!!」
「うおっ!す、すいません!!」
慌てて頭を下げるイフ。
しかし、数秒後。
「……っしゃ!」
イフは拳を握りしめた。
「帰るぞおおおおお!!」
そう叫ぶと、荷物をひっつかみ、病室を飛び出していった。
「おい!!まだ医者の診察が——!」
看護師の声が廊下に響く。
だが、イフの姿はもうなかった。
「……あの子、本当に大丈夫なのかしら」
看護師は深いため息をついた。
***
竜征軍本部。
入口へと続く道を、イフが全速力で走っていた。
「うおおおおお!!」
「久しぶりの本部だああああ!!」
走る。
とにかく走る。
「……あっ!」
本部の入口付近で、一人の男を見つけた。
金髪のオールバック。
エーズ・キリング。
「エーーーーーズ!!」
「……ん?」
振り返ったエーズの目に、白い髪の少年が飛び込んできた。
「おおっ!!イフ!!」
エーズは驚いたように目を見開く。
「お前、もう大丈夫なのか!?」
「うんっ!!完全復活だぜ!!」
「マジかよ!!」
エーズは嬉しそうに笑った。
「よかったじゃねえか!」
「だろ!?」
「で、どこ行くの!?」
「訓練所!!」
「!!」
エーズの目が輝いた。
「俺も行く!!」
「おう!!」
二人は顔を見合わせた。
そして。
「「うおおおおおお!!」」
同時に走り出した。
出会って間もない二人。
しかし、こういうときの息は妙に合っていた。
***
本部の廊下。
二人が全速力で走っていると、向こうから一人の男が歩いてきた。
サブ・ストレート。
「……ん?」
サブは走ってくる二人を見て、足を止めた。
「……イフ?」
「おおっ!サブ!!」
「戻ってきてたのか」
サブはイフを見つめた。
「……で、お前ら。どこに行くんだ?」
イフとエーズは、元気よく答えた。
「「訓練所!!」」
「…………」
サブの眉がぴくりと動いた。
「……お前ら、病み上がりだという自覚はあるか?」
「「ありまーす!!」」
「じゃあ大人しくしてろ」
「「はーい!!」」
二人は元気よく返事をした。
サブは小さくため息をつき、その場を立ち去る。
…………。
…………。
数秒後。
イフがエーズを見た。
エーズもイフを見た。
「……行くか!」
「……おう!!」
「待てコラァッッ!!」
廊下にサブの怒号が響き渡った。
「返事だけは一人前かお前らァ!!」
「うわああああ!!」
「逃げろイフ!!」
「うんっ!!」
二人は笑いながら、再び走り出した。
その背中を、サブは頭を抱えながら見送った。
「……ったく」
そのとき。
「……サブ」
背後から声がした。
振り返ると、キリが立っていた。
「……ん?キリ。どうした?」
キリは少しだけ表情を引き締めた。
「……例の件。調査から戻った人たちの話を聞きたい」
「……ああ」
「一緒に来てほしい」
サブは一瞬だけ考え、頷いた。
「分かった。行こう」
二人は静かに歩き出した。
***
訓練場。
「おおおおお!!」
イフが腕を回しながら、元気よく声を上げる。
「訓練だあああ!!」
「お前、さっきまで病院にいたんだよな?」
エーズが呆れたように笑った。
「おう!!」
「……もう少し病人らしくしたらどうだ?」
「病人じゃねえ!復活したんだ!!」
「はいはい」
二人が軽く身体を動かしていると、入口から一人の男が現れた。
ラク・ヴィリーブ。
「……お?」
ラクはイフの姿を見るなり、口元を歪めた。
「なんだ。死に損ないが復活したのか」
「誰が死に損ないだ!!」
イフが即座に噛みつく。
「いやあ、あの岩野郎にボコボコにされてたからよ。もう起きてこねえかと思ったぜ」
「うっ……!」
イフの言葉が止まった。
岩の竜人。
あのときの戦闘が、脳裏によみがえる。
攻撃は通じず、何度も地面に叩きつけられた。
どれだけ必死に戦っても、相手には届かなかった。
「…………」
ラクはイフの顔を見た。
「……おい?」
イフは俯いたまま、拳を握りしめた。
「……俺」
「……?」
「俺、もっと強くならなきゃ」
ラクの表情から、笑みが消えた。
イフは顔を上げる。
「岩の竜人と戦って思ったんだ」
「……」
「竜人たちは、俺よりずっと強い。俺がどれだけ頑張ったって、まだ全然敵わねえんだって」
イフは自分の拳を見つめた。
「だから……もっと頑張らないと」
そして、顔を上げる。
「もっと強くならないと、勝てない!」
その目には、確かな決意が宿っていた。
しばらくイフを見つめていたラクは、やがて口元を吊り上げた。
「……へえ」
一歩、イフに近づく。
「じゃあ、俺とやるか?」
「…………え?」
イフの顔が固まった。
ラクはニヤリと笑う。
「強くなりたいんだろ?」
「い、いや……その……」
「ほら。かかってこいよ」
「いやいや!!今日は復活祝いだから!!」
「おいおい、さっきまで威勢よかったじゃねえか」
「強くなるのと今すぐラクと戦うのは別だよ!!」
エーズも横から口を挟む。
「ラクさん!病み上がり相手に大人げねっすよ!」
ラクはエーズを見た。
「……お前もやるか?」
「…………」
エーズは一歩下がった。
「……俺、審判で」
「逃げんなっ!!」
イフの叫びが訓練場に響いた。
ラクは腹を抱えて笑った。
「はははははっ!!なんだよお前ら!!」
「笑うなよっ!!」
「いやあ、元気そうで何よりだぜ!」
「絶対思ってないじゃんっ!!」
エーズは知らん顔をしていた。
「……いい天気だなあ」
「お前もこっち来い!!」
訓練場は、すっかり騒がしくなっていた。
***
一方。
竜征軍本部、ある一室。
サブとキリは、一人の調査隊員と向かい合っていた。
机の上には、北の国に関する資料が広げられている。
サブは資料から目を離さず、静かに尋ねた。
「……調査隊の約半数が死亡した。間違いないんだな?」
「……はい」
隊員は俯いた。
「我々が派遣された調査隊のうち、約半数が……帰ってきませんでした」
サブは目を細めた。
(……北の国で死者が出たのは、何年ぶりだ?)
(氷の竜王が、動き始めているということか……?)
「……どうやって死んだ?」
サブが尋ねた。
「敵に殺されたのか?」
「……それが」
隊員は言葉を詰まらせた。
「……?」
「殺されたのは間違いありません。ただ……何が起きたのか、分からないんです」
サブは顔を上げた。
「……どういうことだ?」
隊員は震える声で答えた。
「気づいたときには……仲間たちが、一瞬にして氷漬けにされていたんです」
「…………」
「敵の姿も、攻撃も……何一つ確認できませんでした」
部屋が静まり返った。
「……我々も、そのときは何が起きたのか理解できず……逃げるので精一杯でした」
サブは資料に視線を落とした。
(姿も見せずに、複数人を一瞬で氷漬けにした……)
(……厄介だな)
「……分かった。話してくれてありがとう」
サブはそう言うと、資料を閉じた。
キリは黙ったまま、その資料を見つめていた。
その瞳は、いつもよりわずかに険しかった。
「……他に、何か思い出したことがあれば報告してくれ」
「……はい」
調査隊員が部屋を出ていく。
サブは椅子にもたれかかった。
「……面倒なことになりそうだな」
キリは何も答えなかった。
***
訓練場。
「うわああああ!!ラク!!やばいって!!」
イフが必死に走り回っていた。
「ははははっ!!逃げてんじゃねえ!!」
ラクが右腕を振る。
次の瞬間。
空気が裂けた。
音の斬撃が、イフのすぐ横を通り抜ける。
「うおっ!?」
斬撃が背後の標的に直撃した。
バキィィィン!!
標的が派手な音を立てて砕け散る。
「ちょっ!!危ないよ!!」
「訓練だろうが!!」
「訓練で標的ごとぶっ壊す奴がいるか!!」
「ここにいるだろうが!!」
「開き直んな!!」
イフは必死に走り続ける。
ラクは楽しそうに追いかける。
エーズは少し離れたところから二人を見ていた。
「……あいつら、何してんだ?」
そのとき。
「……お前ら」
背後から、低い声がした。
エーズの顔が引きつった。
「……あ」
振り返る。
そこには、腕を組んだサブが立っていた。
キリもその隣にいる。
サブは、砕け散った標的を見た。
次に、走り回るイフを見た。
そして、ラクを見た。
「…………」
「…………」
イフが足を止める。
ラクも立ち止まった。
エーズは静かに視線を逸らした。
サブが口を開く。
「……何をしている?」
イフが勢いよく答えた。
「訓練です!!」
「……ほう」
サブはラクに視線を向けた。
「ラク。お前は?」
「見学」
「エーズは?」
「…………審判……」
「……イフ」
「……主役?」
「全員、そこに正座しろ」
「「「「はい……」」」」
三人は訓練場の隅に、綺麗に正座した。
サブは腕を組む。
「……お前らは、任務というものを何だと思っている?」
「……仕事?」
ラクが小さく呟いた。
「ラク、お前は黙ってろ」
「はい」
サブはイフに向き直る。
「そもそもイフ。お前は無断で任務に同行し、結果として重傷を負った。理解しているな?」
「……はい」
「エーズ。お前も止めるどころか、加担したんだろっ?」
「……はい」
「ラク。お前は——」
「俺、関係なくね?」
「黙れ」
「はい」
サブは額に手を当てた。
「……俺はどうして、こんな奴らの面倒を見なければならないんだ」
そのとき。
「……サブ」
キリが声をかけた。
「……ん?キリ。どうした?」
「……明日、もう一人の調査隊員と話をすることになったから。一緒に来てほしい」
サブは顔を上げた。
「……ああ、分かった。明日だな」
キリは頷いた。
「……それじゃ」
「ああ。頼んだ」
キリは部屋を出ようとした。
そして、ふと足を止める。
視線の先には、綺麗に正座させられた三人。
「…………」
しばらく、無言で見つめる。
その目には、どこか哀れむような色が浮かんでいた。
イフが顔を上げた。
「あっ!キリ!!お、おはよ!」
慌てて立ち上がる。
「座れ」
サブの一喝。
「はい……」
イフは即座に正座へ戻った。
キリは小さく息を吐くと、そのまま立ち去った。
「…………」
サブは遠ざかるキリの背中を見送る。
「……あいつが一番まともかもしれない」
ラクがぼそりと呟いた。
「いや、一番容赦ねえだろ」
「……確かに」
エーズが頷いた。
イフは正座したまま、首を傾げる。
「……キリって、俺のこと嫌いなのかな?」
「「「知らねえよ」」」
3人の声が、綺麗に重なった。
「ええ!!皆酷いっ!!」
本部に、イフの叫び声が響き渡った。




