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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第2章 竜征軍
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42.イフとキリの出会い


岩の竜人との戦闘から、数日後。


竜征軍本部、資料室。


静かな室内で、一人の女が資料を読み込んでいた。


キリ・フラッシュ。


二十歳。


黒く長い髪に、耳元で揺れる十字架のピアス。


その瞳は、まるで何か大切なものを失ってしまったかのように、暗く沈んでいた。


「…………はぁ」


小さくため息をつく。


キリは手にしていた資料を閉じると、元の場所へと戻した。


「……調べ物か、キリ」


背後から声がした。


「……?」


振り返ると、そこにはサブが立っていた。


「……サブ…………。うん、調べ物」


「そうか。また例の件かな?」


「…………うん」


「ふうん……」


サブはそれ以上、深く追及しなかった。


ただ、キリを見つめるその目は、どこか親が子を見守るような優しさを帯びていた。


「……そういえば、キリ」


「……なに?」


「新しい仲間が、もう一人入ったんだ」


「……え? また?」


「うん。今回は異例というか、別件というか……」


サブは珍しく言葉を濁した。


「…………まあ、推薦? みたいな?」


「……なにそれ」


キリが怪訝そうに眉をひそめる。


「……細かいことはいいんだよ! とにかく、挨拶しに行こう」


「挨拶?」


「そう。ほら、エーズとも挨拶しただろ?」


「……………………」


キリは黙り込んだ。


「……ん? どうした?」


「……もう名前も忘れちゃってた…………」


「……マジかよ」


「うん」


「相変わらず冷たいな……」


サブは呆れたように頭をかいた。


「まあいい。せっかく仲間が増えたんだ。キリにも話し相手がいた方がいいだろ?」


「……別にいらないよ」


「俺とばっかり喋ってても、楽しくないだろぉ……」


「……そうかな」


「そうだよ! ほら、行くぞ!」


「えぇ……。どこにいるの? 後で行くよ」


「……病院だ」


「…………え? 病院?」


「うん。病院」



***




竜征軍本部の近くにある病院。


その一室には、全身を包帯でぐるぐる巻きにされた少年がいた。


イフ・フォーエバーである。


「…………うぅ」


ベッドの上で、情けない声を漏らすイフ。


身動きするたびに、全身が痛む。


そんな彼のもとへ――


ガチャッ。


病室の扉が開いた。


「よおー! イフ! 元気か?」


入ってきたのはエーズとラクだった。


「エーズ! ラク! 来てくれたんだ!」


イフの顔がぱっと明るくなる。


「……わざわざ来てやったぞ、ガキ」


「ははっ! ラクさん、俺の説得がなきゃ来なかったくせに!」


エーズが楽しそうに笑った。


「……というか、今すぐにでも帰りてぇよ」


「うぅ……。そんなこと言わないでよ……」


イフがしょんぼりと呟く。


「はははっ!それにしても、包帯ぐるぐるだな! それ、治んの?」


エーズはイフの姿を見て、思わず笑った。


「ああ、うん。骨折はしてないんだって」


「……え? これで?」


ラクが思わず聞き返す。


「うん。お医者さんも引いてた」


「あははははっ!そりゃそうだろ!全身血だらけだったじゃねえか! そんなわけねえよ!」


ラクが腹を抱えて笑う。


「……いや、ほんとだって! 全身打撲だって言われたんだ!」


「……へえ」


ラクは感心したように声を漏らした。


「全身打撲って痛いのか? どれくらいで治るんだ?」


エーズが興味津々に尋ねる。


「痛い! めちゃくちゃ痛い! お医者さんは、一週間くらいで治ったらいいねって!」


「……意外と復帰は早そうだな」


「そうだな! 頑張れよ、イフ!」


そう言うと、エーズはイフの足を指先でつついた。


ツンッ。


「痛っ!! 痛いよ! なにすんの!?」


「ははははっ! 元気そうじゃねえか!」


「なんだよ、もう!」


「どれ、俺も」


ツンッ。


「痛ぇっ!! ラクまでやるなって!!」


「あはははははっ!」


「はははははっ!」


病室には、三人の笑い声が響いた。



***


しばらくして。


コン、コン。


病室の扉がノックされた。


「ん?」


「……誰だろ。どうぞー!」


エーズが返事をすると、扉がゆっくりと開いた。


「よお、非行ボーイ。元気そうだな」


「サブ! サブも来てくれたんだ!」


イフは嬉しそうに声を上げた。


「隊長っ! ……ん? 後ろの人は?」


エーズがサブの背後に目を向ける。


そこには、一人の女が立っていた。


「……ああ、イフ。紹介するよ」


サブが振り返る。


「キリだ。キリ・フラッシュ。俺の班員だ」


「……き、キリ……!」


イフの目が輝いた。


「この前、エーズが言ってた……!」


イフは痛む体を気にしながらも、懸命に上半身を起こした。


「お、俺! イフです! イフ・フォーエバーって言いますっ!」


精一杯の笑顔で自己紹介する。


すると、ラクがキリに声をかけた。


「……久しぶりだな、キリ。最近なにしてんだ?」


キリはラクに軽く視線を向けた。


そして、何も言わずにイフの前まで歩いていく。


ツカツカツカ。


イフの目の前で立ち止まると、ぺこりと一礼した。


「…………」


「…………っ!」


イフは緊張した面持ちで、キリを見上げる。


キリはそれ以上何も言わず、くるりと踵を返した。


「サブ……。私、戻るね」


「…………お、おう」


キリはそのまま病室を後にした。


パタン。


扉が閉まる。





「……………………」


病室が、静寂に包まれた。


「……相変わらずだな、あいつ」


最初に口を開いたのはラクだった。


「うぅむ……。悪いやつじゃないんだぜ?」


サブが困ったように頭をかく。


「隊長ー。あの人、冷たいよー」


エーズが不満げに呟いた。


「……冷たいのは、否定できないな」


「あはははっ! 俺も実は、何回かしか喋ったことねえんだぜ!」


ラクが豪快に笑った。


「えええ!? そうなんすか!?」


エーズが驚きの声を上げる。


「あははははっ!」


再び笑い声が響く。


……そんな中。


「……………………」


イフだけは、微動だにせず固まっていた。


「…………お……お……」


「……ん? どうした、イフ?」


「……調子悪いのかー?」


エーズとラクが不思議そうに顔をのぞき込む。


しかし、イフは答えない。


ただ、震えていた。


そして――


「……お…………お……」


「…………?」


三人が見守る中、イフはついに口を開いた。


「……女の子と喋っちゃった!!」





「……………………」


三人は、同時に思った。


【喋ってねぇよっ!!!】


しかし、そのツッコミが口から出ることはなかった。



***


――説明しよう。


イフ・フォーエバーという男。


生まれてからずっと、母親と過ごし。


少年時代から青年時代に至るまで。


仲良くなった女性は――


育ての親ともいえるプティ。


そして、八百屋のおばさん。


以上。



同年代の女の子と喋ったことなど、一度もなかったのである。

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