41.岩の竜人④
「ぐおおおおおおおおっ!!!」
教会内に、重々しい叫び声が響き渡った。
イーシスの叫び声だった。
「こいつっ! 目を! 目を狙いやがったっ!!」
イーシスは左目を押さえ、苦痛に顔を歪めていた。
その指の隙間から、赤い血が流れ落ちている。
「……岩の体なのに……血って出るんだな……」
イフはぼんやりと呟いた。
もはや、声を出すことすら苦しかった。
「大丈夫か! イーシス!!」
イーワイが慌てて駆け寄る。
「……殺すっ! 絶対に…………殺すっ!!」
イーシスは左目を押さえたまま、残された右目でイフを睨みつけた。
その視線には、先ほどまでの余裕はなかった。
「へへ……やってやったぜ…………」
イフはかすかに笑った。
しかし、その身体はもう限界だった。
足元がふらつく。
視界が揺れる。
(…………次……は……)
イフは、震える腕を持ち上げた。
「…………右目を…………」
そのまま、身体が傾いた。
――倒れる。
そう思った。
「………………あれ?」
おかしい。
足に力は入っていない。
意識も、もう途切れそうだった。
それなのに。
イフの身体は、まだ立っていた。
「……………………え?」
いや、違う。
イフの身体を支えている腕があった。
「……全く、よくやるぜっ……こいつ……」
隣には、ラクがいた。
そして、その隣には。
「イフっ! 無事か!?」
肩を押さえながら、エーズが駆け寄ってきていた。
「…………皆……」
イフは、かすれた声で呟いた。
ラクとエーズは、ゆっくりとイフを座らせる。
「…………ごめん、皆……俺…………」
「もう大丈夫だ! イフ!」
エーズはそう言うと、近くの壁にイフをもたれさせた。
イフは俯いた。
悔しかった。
自分一人では、何もできなかった。
それでも。
「……後は」
ラクが立ち上がった。
その表情から、いつもの軽薄な笑みが消えていた。
「………………俺たちがやる」
ラクとエーズは、二人の竜人へと視線を向けた。
***
「…………軍の奴らだ。イーシス」
「そのようだ。イーワイ君。もう来てたのか」
二人の竜人は、再び戦闘態勢に入った。
その顔には、明確な殺意が浮かんでいた。
『……ぶっ殺す!』
二人は同時に叫ぶ。
そして、一気に襲いかかった。
『うおおおおおおおおおお!!!』
迫り来る二体の巨体。
その瞬間。
ラクが大きく息を吸い込んだ。
《がああああああああああああっ!!!》
爆音。
空気そのものが震えるような轟音が、教会内を駆け抜けた。
『ぬおっ!!』
バキバキッ!!
メキッ!!
ピシッ!!
二人の岩の身体に、無数の亀裂が走る。
「痛いっ! なんだこれっ!」
「大丈夫か! イーワイ君!!」
イーシスが叫ぶ。
――その時だった。
パリパリィンッ!!
耳をくすぐるような、奇妙な音が響いた。
次の瞬間、周囲に静電気のような感覚が走る。
遠くから見ていたイフでさえ、その異変を感じ取っていた。
「……なんだ…………これ…………」
そこには、雷を纏ったエーズの姿があった。
青白い光が、身体の周囲を激しく走っている。
エーズは拳を握りしめた。
「……よおし! やるか!」
シュビィンッ!!
一瞬、雷が走った。
そして。
エーズの姿が消えた。
「……!? 何!?」
イーワイが目を見開く。
目の前にいたはずのエーズが、忽然と姿を消していた。
「ここだよ!」
「……むうっ!?」
イーワイが振り返る。
そこには、すでにエーズがいた。
その拳には、小さく尖った雷が纏われている。
ドゴオッ!!!
轟音とともに、エーズの拳がイーワイの腹部へと叩き込まれた。
いや。
拳は、岩の身体を貫いていた。
「イーワイ君!!!」
イーシスが叫ぶ。
しかし。
「仲間の心配の前に、自分の心配しな」
その声は、すぐそばから聞こえた。
イーシスの足元。
そこには、ラクの姿があった。
「今度は飛び切りを聞かしてやるよ……」
ラクは大きく息を吸い込んだ。
「……や、やめろおお!!」
イーシスが叫ぶ。
だが、もう遅かった。
《だあああああああああああああっ!!!!》
強烈な爆音波が、イーシスを真正面から襲った。
バキバキバキッ!!
岩の身体に、無数の亀裂が走る。
ドゴッ!!
バキッ!!
そして――
「ぐあああああっ!!!」
イーシスの岩の身体は、音を立てて粉々に砕け散った。
***
一瞬だった。
あまりにも、一瞬の出来事だった。
一部始終を見ていたイフは、口を開けたまま固まっていた。
「………………ま、まじか……!!」
つい先ほどまで、自分を圧倒していた二体の竜人。
あれほど苦戦した相手が、目の前であっという間に倒された。
(…………すげえ……)
イフは、ただただ呆然としていた。
すると。
パチ、パチ、パチッ。
外から、拍手の音が聞こえてきた。
サブだった。
サブは黙ったまま拍手を続け、ゆっくりと教会内へ入ってきた。
そして、拍手を終えると。
「……素晴らしいぞっ! お前ら! よくやった!」
満足そうに声を上げた。
「エーズ! お前、この前より早く動けるようになってなかったか!? 雷の力も侮れないなっ!」
「はははっ! やめてくれよ、隊長!」
エーズは照れくさそうに笑った。
「ラクっ! お前もさすがだ! エーズと良いコンビになるんじゃないか?」
「……ふん。一人でもいけたんだがな……」
ラクは鼻を鳴らした。
その表情は、どこか満更でもなさそうだった。
「……………………す、すげえ……」
イフは、相変わらず呆然としていた。
そんなイフを見て、サブはゆっくりと振り返る。
そして。
「…………それで……」
サブの視線が、イフを捉えた。
「…………お前……なんでここにいる?」
「……………………あ……」
イフの顔から、さっと血の気が引いた。
***
しばらくして。
港。
帰還の準備を進める竜征軍の一行。
その一角では、サブの説教が続いていた。
「……お前が危険な目に遭う必要は、全くなかったんだぞ! イフっ! わかってんのか!」
「…………はい、すいません……」
イフの姿は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
顔すらまともに見えない。
それでも、肩を落としていることだけはよくわかった。
「すげぇな、隊長……。あと何時間説教するんだよ」
エーズが小声で呟く。
「さあな……。たぶん帰るまでずっとじゃないか?」
ラクが答えた。
「え? マジっすか?」
「そりゃそうだろ。お前がイフを連れてきたのもバレてるからな。次はお前だぞ?」
「…………あっ、そうだった……」
「はははっ!」
ラクは笑った。
そして、説教されているイフへと視線を向けた。
「……まあ、にしても」
一拍置いて。
「あんなボロボロになってまで、よく戦ったな……」
「……そっすよね! 銃一個でよく耐えた方っすよ!」
エーズも頷いた。
「……『目』に。……当てたらしいな」
「らしいっす!」
「…………ふぅん」
ラクは、遠くにいるイフを眺めた。
エーズもまた、同じように視線を向ける。
二人はしばらく、何も言わなかった。
いつもなら、軽口の一つでも叩いていたはずだった。
けれど、その時は。
なぜか、言葉が出てこなかった。
遠くでは、まだサブの説教が続いている。
包帯だらけのイフは、しょんぼりと肩を落としていた。
ラクとエーズは、そんなイフを見つめていた。
――この時、自分たちが何を感じていたのか。
二人には、まだわからなかった。
やっぱり戦闘描写は書いてて楽しいです。
もっとイフをボコボコにしたい。
ストックなくなりました。
また頑張って書きます




