38.岩の竜人①
荒野。
乾いた風が吹き抜ける大地を、一台の車が走っていた。
ハンドルを握るラク。
助手席にはサブ、後部座席にはエーズが座っている。
車内には、エンジン音だけが響いていた。
「……あとどのくらいだ?」
サブが窓の外を眺めながら尋ねた。
「あと30分もありゃ港に着く」
ラクが前を見据えたまま答える。
「明日には間に合いそうっすね!」
後部座席のエーズが、明るい声を上げた。
「ああ。船に乗れりゃ、あとは早い」
サブは手元の資料に目を落とした。
そのとき。
「……それにしてもよお」
ラクが不満げに口を開いた。
「上層部の野郎ども、どうなってんだ?」
「……なんだ、急に」
「急にもなるだろうが! この前、俺が捕まえた竜人の証言を報告したらよお!」
ラクはハンドルを握る手に力を込めた。
「『ご苦労だった』の一言で終わりだぜ!? 竜王が動き始めてるかもしんねえってのに!」
「……」
サブは小さく息を吐いた。
「ここ十年、竜王に目立った動きはなかった」
「だからなんだってんだよ!」
「最近の報告書は、どれも竜王の調査に関するものばかりだ。だが、どれも成果なし……」
サブは資料を閉じた。
「上層部も、どうせ今回も何も起こらないと思ってるんだろ」
「……チッ」
ラクは舌打ちした。
「だけど今回の情報は違くねえか? なんつーか……信憑性があるっつーかよ!」
「まあまあ」
サブは落ち着いた声で言った。
「実際に俺たちが竜王を倒して報告すりゃ、上層部も泣いて感謝するさ」
「……ははっ!」
ラクが吹き出した。
「そりゃあいい! たまにはあいつらの鼻を明かしてやらねえとな!」
「いいっすねえ!」
エーズも笑いながら身を乗り出した。
「俺らで竜王をぶっ倒して、上層部を見返してやりましょうよ!」
「おう!」
「……お前ら、ずいぶん楽しそうだな」
サブは呆れたように呟いた。
車内に笑い声が響く。
三人はまだ知らなかった。
その車のトランクに、もう一人乗っていることを。
***
車のトランク。
真っ暗な空間の中で、イフは身体を丸めていた。
「……ううっ……」
車が揺れるたび、身体が左右に振られる。
「……エーズのやつ……」
イフは小さく呟いた。
少し前。
「エーズ! 俺も連れてってよ!」
「……え?」
「お願い! 戦いを見てみたいんだ!」
イフは必死に頼み込んだ。
「サブたちはダメだって言うかもしれないけど……俺、早く強くなりたいんだ!」
その言葉を聞いて、エーズは少し考え込んだ。
そして。
「ああ……確かに!」
ぽん、と手を打った。
「戦いを見るってのも大事だよな!」
「……!」
イフの顔がぱっと明るくなる。
「ほんと!?」
「おう! よし、俺に任せとけ!」
こうして二人は、サブに内緒でイフを連れていく作戦を実行したのだった。
そして現在。
「……ううっ、せまい……」
トランクの中で揺られながら、イフは小さく息を吐いた。
「……でも……」
イフは拳を握った。
「……ありがとう、エーズ」
この先に何が待っているのか。
まだ何も知らないまま、イフを乗せた車は荒野を走り続けた。
***
翌日。
西の国。
穏やかな気候と、落ち着いた街並み。
かつては人々が安心して暮らしていたその国も、近頃は様子が変わりつつあった。
竜人による被害が、急激に増えていたのだ。
そして現在。
竜人の被害が確認された国々のうち、その半数近くが西の国に集中していた。
街に到着したサブたちは、目の前の光景を見つめた。
焼け焦げた家屋。
崩れ落ちた壁。
道路には瓦礫が散乱し、建物の一部は無残にも破壊されていた。
「…………」
ラクが眉をひそめた。
「……ひでえな」
エーズも、いつもの明るい表情を曇らせた。
「……こんなにやられてたんすか」
サブは街を見渡し、静かに口を開いた。
「……まずは住民から話を聞く。竜人が現れた場所と、目撃情報を集めるぞ」
「了解」
「了解っす!」
三人は街へと歩き出した。
***
その少し後。
「……よし。誰もいないな……」
物陰から、白髪の少年が顔を出した。
イフだった。
車から降りたあと、トランクを抜け出し何とかバレずに船に乗り、三人を追ってきたのだ。
「……あれ?」
しかし。
「……いない?」
周囲を見渡しても、サブたちの姿は見当たらない。
「……えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ!」
イフは慌てて走り出した。
「あっちかな……? いや、こっちか!?」
街の中をあちこち探し回る。
だが、見つからない。
「……ううっ……どこ行っちゃったんだよ……」
やがてイフは、大きな建物の前で足を止めた。
そこには、立派な教会がそびえ立っていた。
「……うわあ……でっかい……」
思わず見上げるイフ。
高い天井。
色鮮やかな窓。
そして、礼拝堂の奥には、ひときわ大きな石像が鎮座していた。
「……なんだ、あれ?」
イフは興味を引かれ、教会の中へと足を踏み入れた。
静寂に包まれた礼拝堂。
中央には、腕を組み、座禅を組むような姿勢で座る石像があった。
「……すげえ……」
イフは石像の前まで歩いていく。
そして、周囲を見渡した。
「……誰もいないよね?」
そっと石像を見上げる。
「……ちょっとだけ……」
イフは石像の膝のあたりに腰を下ろした。
「……ふう」
小さく息を吐く。
「……サブたち、どこ行ったんだろ……」
そのときだった。
「……んあ?」
突然、頭上から声が聞こえた。
「……なんだ? 寝てる時に……」
「…………え?」
イフの動きが止まる。
ギギギギ……。
石が擦れるような音が、礼拝堂に響いた。
イフがゆっくりと顔を上げる。
すると。
今まで石像だと思っていたものが、ゆっくりと身体を動かし始めた。
「…………」
「…………」
「…………うおおおおおおっ!?」
イフは飛び上がり、尻もちをついた。
石像は大きく伸びをすると、イフを見下ろした。
「……ぬおっ!?」
そして、目を見開く。
「……人間か!?」
「せ、石像が喋ったああああっ!!」
「石像とは失礼な!!」
謎の男は、怒ったように声を張り上げた。
「僕にはイーシス・デッカンという名前がある!!」
「……えっ?」
イフは呆然と男を見上げた。
イーシスは腕を組み、ふんぞり返る。
「よく聞け、人間!」
その身体は、岩そのもののようにごつごつとしていた。
「この岩の竜人、イーシス様がお前をボコボコにしてくれるわ!!」
「…………え?」
一瞬の沈黙。
そして。
「うわああああああっ!!」
イフは慌てて飛び退いた。
岩の竜人。
目の前にいるのは、まさしく自分が探していた敵だった。
「……竜人って言ったな?」
イフの表情が変わった。
震えていた足に、力が入る。
腰に携えていた銃を引き抜く。
「……俺が……」
銃を握る手に力を込めた。
「俺がお前をぶっ倒して……!」
イフはイーシスをまっすぐ見据えた。
「サブたちに認めてもらうんだ!!」
バンッ!!バンバンッ!!!
乾いた銃声が、静かな礼拝堂に響き渡った。
岩の身体が砕け、破片が床に散らばる。
「…………」
イフは銃を構えたまま、目の前の竜人を見つめていた。
その戦いは、まだ始まったばかりだった。




