36.イフとエーズの出会い
一方、サブ。
その視線の先では、一人の男が竜人と戦っていた。
金髪のオールバック。
エーズ・キリング。
竜人の攻撃をかわし、隙を突いて一撃を叩き込む。
竜人の身体が地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
やがて、竜人は動かなくなった。
それを見届けたサブが、口元を緩める。
「ふっ……やっぱり見込み通りだ!」
サブは腕を組み、満足げに頷いた。
「もう一人でやりやがった!」
「へへっ!ありがと!」
褒められたエーズは、照れくさそうに頭をかいた。
「いやぁ、隊長にそう言ってもらえると嬉しいっすね!」
「調子に乗るな。まだまだ課題は山積みだ」
「ええっ!?今くらい素直に褒めてくれてもいいじゃないっすか!」
そんなやり取りを交わす二人。
しかし――
「……ふふっ」
地面に倒れていた竜人が、不気味に笑った。
「これで終わったと思うなよ……」
サブとエーズが振り返る。
竜人は口元から血を流しながら、二人を睨みつけていた。
「お前ら……俺の能力を奪う気なんだろ? そうは行かないぜ……!」
「……強がってんなあ」
サブが呆れたように呟く。
「もう遅いんだよ! お前ら人間共はなぁ!」
竜人は血を吐きながら、声を張り上げた。
「近いうちに……俺の仲間たちが、どこかを襲うぜ……!」
「……どういう意味だ?」
サブの表情が変わる。
「ぐふふ……。竜王たちは……もう動き始めてるぜ?」
「……!」
一瞬、空気が張り詰めた。
サブが問い詰めようとした、そのとき。
竜人の身体から、ふっと力が抜けた。
「おい!」
サブが駆け寄る。
だが、もう遅かった。
竜人は自ら命を絶っていた。
「…………」
サブは黙って竜人を見下ろす。
「……チッ」
小さく舌打ちをした。
竜王たちが動き始めている。
その言葉が、サブの頭から離れなかった。
***
一方その頃。
「うおおおおおおおっ!!」
イフが拳を握りしめ、目の前の竜人に殴りかかろうとしていた。
その瞬間――
「ごめんなさいいいいいいいい!!」
「…………え?」
イフの拳が止まった。
目の前の竜人は、両手を上げて必死に頭を下げている。
「ほんっとうにすいやせんでしたああああ!!」
「…………」
イフは固まった。
隣にいたラクも、呆然とその光景を見つめている。
「…………なんだこいつ」
ラクがぽつりと呟いた。
***
しばらくして。
竜人は紐でぐるぐる巻きにされ、地面に座らされていた。
その前には、イフとラク。
「で?」
ラクが冷たい視線を向ける。
「お前、名前は?」
「へ、へい! チチンって言いやす!」
チチンは背筋を伸ばし、勢いよく答えた。
「……チチン?」
「へい!」
「……なんで俺たちを襲おうとした?」
ラクが尋ねる。
「そ、それは……」
チチンの顔が引きつった。
「それは……その……」
「……なんだ?」
ラクが一歩、チチンに近づく。
「ひぃっ!!」
チチンは飛び上がった。
「い、言います! 言いますから! 殺さないでくだせえええ!!」
「……まだ何もしてねえだろ」
ラクが眉間にしわを寄せる。
「すいやせん!!」
「いいから、さっさと話せ」
「へ、へい……!」
チチンは観念したようにうなだれた。
「実は……ザディ様から、ノルマを与えられてまして……」
「ノルマ?」
イフが首を傾げる。
「ザディ?」
ラクも聞き返した。
チチンはおそるおそる顔を上げた。
「ひ、一人につき二十人以上……人間を殺さなきゃいけねえんです……」
「……は?」
イフが目を丸くする。
「それを達成できなかったら……俺、殺されちまうんです……!」
チチンの目に涙が浮かんだ。
「だから……だから仕方なく……!」
「……お前」
ラクが低い声を出した。
「さっき、自分から殴られに来たみたいになってたぞ」
「うっ……!」
チチンは言葉に詰まった。
「だ、だって俺、めちゃくちゃ弱いんですもん!!」
「開き直るんじゃねえ!このボケカスっ!」
ラクの怒声が響く。
「ひいいいいい!!」
チチンは再び頭を抱えた。
イフはそんなチチンを見つめていた。
人間を殺さなければ、自分が殺される。
そんな理不尽な命令に、チチンは怯えながら従っていたのだ。
「……なあ」
イフが口を開く。
「そのザディって……誰なんだ?」
チチンの表情が変わった。
先ほどまでの情けない顔から、怯えきった顔へ。
「そ、それは……」
口を閉ざすチチン。
ラクが目を細めた。
「……言えねえ理由でもあるのか?」
「ち、違うんです……!」
チチンは震える声で答えた。
「ザディ様は……竜王様なんです……」
「…………」
イフとラクの表情が変わった。
竜王。
その言葉の重みを、二人はよく知っていた。
***
竜征軍本部。
扉が開き、イフとラクが戻ってきた。
「ただいま戻りましたー!」
イフが声を上げる。
「ああ、おかえり」
出迎えたサブの隣には、一人の男が立っていた。
金髪のオールバック。
明るい表情を浮かべた、若い男だった。
「おっ! お前がイフか?」
男が興味津々といった様子で顔を覗き込んでくる。
「え? あ、はい! そうですけど……」
イフは男を見上げた。
(……あれ?)
どこかで見たことがある。
そんな気がした。
男もまた、イフの顔をじっと見つめていた。
「…………」
「…………」
二人の間に、微妙な沈黙が流れる。
すると、男が先に口を開いた。
「俺はエーズ・キリング! よろしくな!」
「お、俺はイフ・フォーエバーです! よろしくお願いします!」
互いに名乗り、顔を見合わせる。
そして――
「あああああっ!!」
二人が同時に声を上げた。
「お前、あのときの!!」
「ええっ!? あのときの!?」
互いの顔を指さす二人。
「あははははっ!! まさかここで会うなんて!」
「ほんとだよ! 全然気づかなかった!」
一度気づいてしまえば、あとは早かった。
二人は一気に距離を縮め、まるで昔からの友人のように話し始めた。
「いやぁ、びっくりしたなあ!」
「俺もだよ! まさか同じ竜征軍にいるなんて!」
「お前、今何歳なんだ?」
「十八歳!」
「おおっ! 俺は十九だ!」
「一個上なんだ!」
「ああ! まあ、そんなに変わんねえけどな!」
二人の笑い声が、本部に響く。
その様子を、少し離れた場所から眺める二人がいた。
ラクとサブである。
ラクは腕を組み、楽しそうにはしゃぐ二人を見つめた。
「……なあ」
「なんだ?」
「俺らも会ったとき、あんな感じだったか?」
サブはイフとエーズを一瞥した。
「少なくとも、俺らは違うが……」
「だよなあ」
ラクは苦笑した。
サブは小さく息を吐き、再び二人に視線を戻した。
「……若いっていいな」
「……お前も、まだ二十代だろ」
「うるせえ。そういう話じゃねえんだよ」
ラクは肩をすくめた。
二人の視線の先では、イフとエーズがまだ楽しそうに話していた。
***
ひとしきり笑い合ったあと。
ラクは、ふと表情を引き締めた。
「……そうだ、サブ」
「ん?」
「報告がある」
サブがラクに顔を向ける。
「竜人を一人、捕獲した」
「……ほう?」
サブの表情がわずかに変わった。
「そいつから、ザディっていう竜王の名前が出た」
「竜王……?」
「ああ。どうやら、そいつの命令で人間を襲っていたらしい」
二人の間にしばらく沈黙が残った。
「実は……」
サブが口を開いた。
「俺とエーズが倒した竜人からも、竜王たちが動き始めているって情報があった」
「…………」
サブの表情から、先ほどまでの穏やかさが消えた。
「……偶然とは思えねえな」
「ああ。俺もそう思う」
サブは静かに目を伏せた。
竜王たちが動き始めている。
それが何を意味するのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは――
竜征軍を取り巻く状況が、少しずつ変わり始めているということだった。




