35.イフとラクの出会い
夜。
竜征軍本部の廊下を、サブとイフが歩いていた。
「……よし。これで一通り案内は終わりだ」
サブは足を止め、目の前の扉を指差した。
「ん? ここは?」
「お前の部屋だ」
「……えっ!?」
イフは目を丸くした。
「こ、ここが俺の部屋!?」
「そうだ。今は使われてない部屋だからな。好きに使え」
サブは面倒くさそうに頭を掻いた。
「ベッドもあるし、最低限の家具も揃ってる。文句はないだろ?」
「…………」
イフは部屋の中を見渡した。
そこには、小さなベッドと机、そしていくつかの家具が置かれていた。
決して広い部屋ではない。
豪華な部屋でもない。
それでも。
イフにとっては、十分すぎるほどの場所だった。
「……すげえ」
イフはぽつりと呟いた。
「おいおい、こんなんで感動してんのか?」
「だ、だって! 俺、自分の部屋なんて初めてだからさ!」
「……ああ、そう」
サブは少しだけ言葉に詰まった。
そして、わずかに目を逸らす。
「……まあ、好きに使え。明日からは忙しくなるぞ」
「うん!」
「じゃあな。さっさと寝ろよ」
そう言い残し、サブは部屋を出ていった。
パタン。
扉が閉まる。
静かになった部屋の中で、イフはしばらく立ち尽くしていた。
そして。
「……よしっ!」
イフは勢いよく動き出した。
ベッドを整え、荷物を置き、明日の準備をする。
何もかもが新しい。
新しい部屋。
新しい生活。
そして、新しい仲間たち。
(……明日から、俺も竜征軍の一員なんだ)
イフはベッドに腰を下ろした。
胸の奥から、期待が込み上げてくる。
もちろん、不安もあった。
自分が本当に役に立てるのか。
竜人と戦えるほどの力があるのか。
そんなことは、まだ分からない。
それでも。
(……絶対に強くなる)
イフは小さく拳を握った。
(ダラーみたいに……いや、それ以上に!)
「……よーし!」
気合いを入れ直すと、イフは布団に潜り込んだ。
そして、疲れ切った身体を休めるように目を閉じる。
慣れない環境。
慣れない部屋。
それでも、その表情には穏やかな笑みが浮かんでいた。
やがて。
イフは深い眠りに落ちていった。
***
翌朝。
「……起きろォォォッ!!」
「うわあああああっ!?」
イフはベッドから飛び起きた。
目の前には、腕を組んだサブが立っていた。
「な、ななな、なんだよ!?」
「何だよじゃねえ! さっさと起きろ!」
サブは腕時計を確認した。
「二分で支度して、俺についてこい!」
「に、二分!?」
「そうだ。二分だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何があるの!?」
「仕事だ」
「…………え?」
一瞬、イフの動きが止まった。
そして次の瞬間。
「し、仕事ォォォ!?」
「うるせえ! さっさと着替えろ!」
「は、はいっ!!」
イフは慌ててベッドから飛び出した。
服を着替え、荷物を確認し、慌ただしく部屋を飛び出す。
「お、お待たせっ!!」
「……三分」
「えっ!?」
「一分オーバーだ」
「そ、そんなああああ!!」
「冗談だ。行くぞ」
「冗談かよっ!!」
サブは呆れたようにため息をつきながら、歩き始めた。
イフも慌ててその後を追いかける。
(……仕事! いよいよ仕事だ!)
胸が高鳴る。
竜征軍に入ったからには、いつか必ず竜人と戦うことになる。
もしかしたら、今日がその日なのかもしれない。
イフは期待に胸を膨らませながら、サブについていった。
***
竜征軍本部。
ある部屋の前で、サブが足を止めた。
そこには、一人の男が立っていた。
黒髪。
目元には刺青。
背は高く、身体つきもしっかりしている。
壁に寄りかかりながら、気だるそうにこちらを眺めていた。
「……おう、サブ」
男は片手を上げた。
「遅かったな」
「時間通りだろうが」
サブは短く返した。
そして、隣にいるイフを指差した。
「こいつが新人のイフだ」
「……へえ」
男はイフを上から下まで眺めた。
「こいつが?」
「そうだ」
サブは淡々と答える。
「……イフ。こいつはラク・ヴィリーブだ。今日から一緒に仕事をする仲間だ」
「ラク……!」
イフは男を見上げた。
ラクは面白そうに口元を緩めた。
「俺はラク。よろしくな」
「あっ! 俺、イフ・フォーエバー! よろしく!」
イフは勢いよく頭を下げた。
その様子を見て、ラクは小さく笑った。
「……お前、元気だな」
「えっ? そ、そうかな?」
「ははっ。まあいいや」
ラクはサブへと視線を戻した。
「……で?」
「……何だよ」
「こいつ、サブが入れたのか?」
「…………」
サブは一瞬だけ黙った。
「……後で教える」
その反応を見た途端、ラクは吹き出した。
「あははははっ!!」
「……何がおかしい」
「いやいや、だってよ!」
ラクはイフを指差した。
「あははっ! こんな弱そうな奴、サブが入れるわけないって思ったんだよ!」
「なっ……!?」
イフの顔が引きつった。
「よ、弱そうって……!」
「だって、そう見えるだろ?」
ラクは悪びれもせずに笑った。
「ひょろひょろしてるし、戦えるようにも見えねえしなあ!」
「う、ううう……!」
イフは悔しそうに拳を握った。
「お、俺だって……!」
「おー? 何だ?」
「俺だって、頑張るもんっ!!」
「はははっ! そうかそうか!」
ラクはますます楽しそうに笑った。
「……お前らなあ」
サブは深いため息をついた。
「くだらないことやってないで、話を聞け」
二人が顔を向ける。
サブはラクを見た。
「ラク。今日の仕事、イフを連れてやってくれ」
「……は?」
ラクの笑顔が消えた。
「いやいや、ちょっと待て。何で俺が?」
「お前なら問題ないだろ」
「問題しかねえだろ! 何で新人の面倒まで見なきゃなんねえんだよ!」
「俺もこれから、もう一人の新人と任務なんだ」
「だからって……!」
「じゃあ、頼んだぞ」
「おい! 話を聞け!」
サブはラクの抗議を無視して、さっさと歩き出した。
「じゃあな、イフ。死ぬなよ」
「えっ!? ちょ、サブ!?」
イフが慌てて呼び止める。
だが、サブは振り返らなかった。
そのまま廊下の向こうへと消えていく。
「…………」
「…………」
残された二人の間に、微妙な沈黙が流れた。
ラクは頭を掻いた。
「……はあ。ったく、面倒くせえ」
「……あ、あの!」
イフが勢いよく顔を上げた。
「よろしく! ラク!」
その目は、朝から変わらず輝いていた。
ラクは一瞬、呆気に取られた。
そして。
「……お前、ほんっと元気だな」
そう言って、苦笑した。
***
森の中。
木々が生い茂る薄暗い森の奥で、一人の男が立っていた。
チンピラ竜人。
チチン・ピラッピー。
いかにも柄の悪そうな格好に、鋭い目つき。
落ち着きなく周囲を見回し、そわそわと身体を揺らしている。
「…………」
チチンは拳を握りしめた。
そして、何かを決心したように顔を上げる。
「……やってやる」
声が震えていた。
それでも、男は自分に言い聞かせるように繰り返す。
「やってやる……やってやるぞ!」
森の中に、チチンの声が響き渡った。
***
竜人による被害を受けた街。
崩れた建物。
砕けた石壁。
焼け焦げた木材。
かつての面影を失った街では、復旧作業が進められていた。
その一角で。
「よいしょ……っと!」
イフは大きな木材を抱え、よろよろと歩いていた。
「……お、重いっ!」
なんとか木材を指定された場所まで運び終えると、イフはその場にへたり込んだ。
「はあ……はあ……」
額から汗が流れ落ちる。
その隣では、ラクが腕を組みながらイフを眺めていた。
「……おい、何休んでんだ」
「えっ!? あ、いや……!」
イフは慌てて立ち上がった。
「……思ってたのと違った……」
「……あ?」
ラクの眉がぴくりと動いた。
「何がだよ」
「いや、その……」
イフは周囲を見渡した。
竜人との戦い。
強敵との死闘。
仲間と力を合わせて人々を守る。
そんな光景を、どこかで想像していたのかもしれない。
だが、目の前にあるのは地道な復旧作業だった。
「……竜征軍って、もっとこう……竜人と戦ったりするのかなって……」
「……はあ?」
ラクは呆れたように息を吐いた。
「文句言うなら帰れ、クソガキ」
「……っ!」
イフは口をつぐんだ。
ラクは視線を街へと向ける。
「ここがどんな街だったか、知ってんのか?」
「……え?」
「竜人にぶっ壊されたんだよ。家も、店も、何もかもな」
ラクは顎で、崩れた建物を指した。
「ここに住んでた奴らは、明日からどうやって暮らすんだ? 家がなきゃ寝る場所もねえ。店がなきゃ仕事もできねえ」
「…………」
「俺たちが戦うのは、竜人をぶっ倒すためだけじゃねえんだよ」
ラクはイフを見た。
「こういう連中が、また普通に暮らせるようにするのも仕事だろ」
イフはハッとした。
目の前では、年老いた男性が壊れた家の残骸を片付けている。
その少し先では、女性が散らばった荷物を拾い集めていた。
みんな、必死だった。
失ったものを取り戻そうと。
もう一度、ここで暮らそうと。
「…………」
イフはゆっくりと立ち上がった。
「……ああ、ごめん! 俺、頑張るよ!」
そう言って、再び木材を抱え上げる。
「お、おりゃああああっ!!」
「……いや、気合い入れすぎだろ」
ラクは呆れながらも、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……ったく」
二人は再び復旧作業へと戻っていった。
***
しばらくして。
ラクが、ふと手を止めた。
「…………ん?」
視線の先。
街の一角に、一人の男が立っていた。
男は周囲をきょろきょろと見回している。
落ち着きなく足を動かし、何かを言おうとしては口を閉じる。
そして、また周囲を見回す。
「…………」
ラクは目を細めた。
(……何だ、あいつ)
男は、近くで作業をしていた中年の男性へと歩み寄った。
「……あ、あのぉ」
「ん? どうした?」
男性が顔を上げる。
男は一瞬、怯んだように後ずさった。
だが、すぐに胸を張る。
そして。
「ふ、ふはははっ!!」
突然、奇妙な笑い声を上げた。
「お、俺は竜人だぞ!!」
「…………は?」
男性はぽかんと口を開けた。
少し離れた場所で、その声を聞いたラクの表情が変わる。
「……竜人?」
イフも顔を上げた。
「……えっ?」
男は引きつった笑みを浮かべながら、さらに声を張り上げた。
「そ、そうだ! 俺は竜人! チチン・ピラッピー様だあ! お前ら人間なんか、俺の力で……!」
「…………」
ラクは静かに男を見据えた。
先ほどまでの気だるそうな表情は消えていた。
男の様子は明らかにおかしい。
だが、竜人だと名乗った以上、無視するわけにはいかない。
ラクは一歩、前へ出ようとした。
その瞬間。
「竜人……!?」
イフの目が見開かれた。
そして。
「うおおおおおおっ!!」
「……は?」
ラクが振り向くよりも早く。
イフは木材を放り出し、男へ向かって走り出していた。
「おいっ!! 待て、クソガキ!!」
ラクの声が響く。
しかし、イフは止まらない。
一直線に、チチン・ピラッピーへと飛びかかる。
「覚悟しろおおおおおっ!!」
「ひっ……!?」
チチンの顔が引きつった。
次の瞬間。
イフの拳が、チチンへと迫る――!




