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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第2章 竜征軍
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34.ラーの力


外は快晴。


雲ひとつない青空の下、イフはサブに連れられ、竜征軍本部へと向かっていた。


「……ふーん。奴隷育ちねぇ…………」


サブは歩きながら、隣にいるイフを横目で見た。


「うん! それでずっとダラーと暮らしてたよ! っていっても、ここ最近はダラーのために飯を作ったり、掃除したりばっかりだったけど!」


「…………それ、奴隷とあんまり変わんなくね?」


サブがぼそりと呟いた。


しかし、イフは気づいていないようだった。


「……まあいい。話に聞いたら、勉学もプティさんに教わったんだろ? じゃあ、少しくらいは教養がありそうだな」


「あぁ! プティ! 懐かしいな! ……最近会ってないなあ……!」


イフは懐かしそうに空を見上げた。


「………………」


サブは少し考え込んだ。


(確かに……。ダラーさん、仕事もせずにずっと何してるんだろうと思ったが……まさか弟子がいるとはな)


ダラー・オブ・ロイヤル。


かつての戦争で名を馳せた男。


そんな男が、こんな少年を育てていたとは。


サブは改めてイフを見た。


……どうにも、強そうには見えない。


「……まあいい」


サブは小さく息を吐いた。


「はっきり言って、お前には微塵も期待していない。だが、殺されないくらいには面倒見てやるよ」


「……うっ!」


イフは顔をしかめた。


しかし、すぐに顔を上げる。


そして、大きく息を吸った。


「サブ!」


「……? なんだよ、でけえ声で」


「俺! きっと役に立つからさ!」


「………………」


「そりゃ……竜人と戦ったことなんてないけど……」


イフは一度、言葉を詰まらせた。


それでも、サブの目を真っすぐに見つめる。


「それでも! ……頑張って、サブの役に立ってみせるよ……っ!」


その瞳には、迷いこそあれ、諦める気配はなかった。


サブはしばらくイフを見つめていた。


「……まあ、長い目で期待してるよ」


「うん!」


イフは嬉しそうに笑った。


サブはそんなイフの顔を見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。


(……まったく。調子のいい奴だ)


期待などしていない。


そう言ったのは本心だった。


けれど。


真っすぐな目で「役に立つ」と言い切る少年を見ていると、どうにも悪い気はしなかった。


サブは再び前を向き、歩き始めた。


「ほら、行くぞ。案内するんだろ、俺が」


「うん! よろしくな、サブ!」


「……馴れ馴れしい奴だな、お前」


そう言いながらも、サブは先ほどより少しだけ柔らかな表情を浮かべていた。






***







竜征軍本部。


イフはサブに連れられ、広大な本部の中を案内されていた。


廊下を行き交う隊員たち。


整然と並ぶ部屋。


見慣れない設備や、壁に掲げられた資料の数々。


そのどれもが、イフにとっては初めて見るものばかりだった。


「……で、ここが――」


「はあ!? お前、そんなことも知らなかったのか?」


サブの声が本部内に響いた。


「そ、そんなこと! プティは教えてくんなかったよっ!」


「入隊するのに、そんな知識じゃなあ……」


サブは額に手を当て、深いため息をついた。


「……わかった。時間ももったいないから、本部を案内しながら説明してやる。足りない頭をフル回転して、よーく聞けよ」


「う……うん!」


サブは歩きながら、静かに口を開いた。


「今から十数年前。竜人と人間の間で戦争があったのは知ってるな?」


「うん! ダラーが頑張ったってやつだよね!」


「そうだ」


サブは頷いた。


「その戦争の始まりは、『ラー』という竜人による宣戦布告だった」


「…………!」


その名を聞いた瞬間。


イフの表情が、ほんのわずかに変わった。


ゴクリ。


喉が鳴る。


だが、サブはそれに気づかなかった。


「ラーは、竜人の中でもトップクラスに強い奴だ。荒れまくって暴れまくっていた竜人どもを、圧倒的な強さだけで束ねた」


「………うん」


「俺たちは、そいつらを『ラー派閥』と呼んでる。……単純な名前だがな」


「ラー派閥……」


イフはその言葉を繰り返した。


「もちろん、すべての竜人がラーについているわけじゃない。竜人にもそれぞれ考え方があるからな」


サブは廊下を歩きながら続けた。


「だが、ラー派閥は竜人側の組織の中でも、最も強大な勢力だ。事実、奴らは戦争を起こし、人間を滅亡寸前まで追い詰めた」


「………」


「人間が負けかけた戦争。それが十数年前の戦争だ」


イフは黙って話を聞いていた。


「……それを、ダラーが止めたんだよね?」


「ああ」


サブは短く答えた。


「ラーも強かったが、ダラーさんのおかげで、かなりのダメージを負ったらしい」


そう言って、サブは腕を組み直した。


「……ここからは推測だが、ラーは今、タイミングを見計らっている」


「……タイミング?」


「ああ。もう一度、戦争を仕掛けるタイミングだ」


イフの足が、ぴたりと止まりかけた。




戦争。


その言葉に、胸の奥がざわつく。


サブは構わず話を続けた。


「ラーはあの戦争で傷を負ったはずだ。だが、あれだけの化け物だ。もう傷も癒えていると考えるのが自然だろう」


サブはイフへと視線を向けた。


「となれば……いつ攻めてきてもおかしくはない」


「…………」


「だからこそ、俺たち竜征軍がある」


サブの声に、少しだけ力がこもった。


「いつ、どこから攻めてこようと迎え撃てるように。竜人どもから、少しでも多くの人間を守るためにな」


イフは黙って頷いた。


「……なるほど」


「お前も、その一員になるんだ。これくらいは知っておけ」


「……うん」


イフは少し考え込んだあと、顔を上げた。


「じゃ、じゃあさ! なんでダラーは辞めたの!?」


「……!」


サブの足が、わずかに止まった。


「その戦争を止めたのはダラーなんだろ!? それでラーが傷を負ったんなら、その時がチャンスじゃないの!?」


イフはサブを見上げた。


「ダラーは、なんで…………」


その問いに、サブはすぐには答えなかった。


ほんの一瞬。


どこか寂しそうな表情を浮かべる。


だが、それもすぐに消えた。


「……そこは、知らなくても問題はない」


「…………」


「だが、軍にいるのなら、いずれ知ることになるのは間違いない」


サブは再び歩き始めた。


「俺たちの仕事は、来たる時に備えて準備を怠らないことだ。何が起きても、人間を守れるようにな」


「そ、そんなあ……」


イフは納得がいかない様子だった。


だが、サブはそれ以上、ダラーについて語ろうとはしなかった。


しばらくして。


イフは何かを思い出したように、再び口を開いた。


「じゃあ、ラーは!ラーはどんだけ強いんだ!?」


「ん? ああ、それだったら教えるぞ」


「う、うん!」


サブは少し考えてから答えた。


「ラーの能力は『光』だ」


「……ひ、光…………?」


「ああ。光の速さで動くことができる。しかも、身体能力も桁違いだ」


イフは目を見開いた。


「話によれば、地球上を一瞬で何周もできるほどの速さらしいぞ」


「……ま、まじかよ」


「目で追うことすら難しいだろうな。気づいたときには、もう目の前にいる……そんな相手だ」


イフは思わず息を呑んだ。


「…………」


サブは、そんなイフの顔を見て口元を歪めた。


「……今も俺たちの会話を聞いて、一瞬でどこかへ去っていったかもしれないぜ?」


「そ、そうなの!?」


「……んなわけあるか。例え話だよ」


「な、なんだよ! びっくりしたあ……!」


サブは呆れたように肩をすくめた。


「まったく……」


そして、再び説明を続ける。


「それより、まだ教えていない竜人どもはいくらでもいるぞ。氷の軍団で北の国を壊滅させた竜王に、人間を奴隷にして支配し続けている竜王……」


サブの話は続いていく。


竜王たちの名。


それぞれの脅威。


竜征軍が警戒している敵の存在。


イフは相槌を打ちながら、話を聞いていた。


……いや。


正確には、聞いているふりをしていた。


(……ラー……)


頭の中で、その名前を繰り返す。


(……光……)


イフは、そっと拳を握りしめた。


指先に力がこもる。


脳裏に浮かぶ、忘れられない記憶。


決して消えることのない過去。


そして――その先にいる男。


イフは顔を上げた。


いつもの無邪気な表情とは違う。


その瞳には、静かな決意が宿っていた。


(…………)


サブは気づかない。


相変わらず、竜王たちについて説明を続けている。


その隣で、イフはただ前を見つめていた。


ラー。


その名を、胸の奥に刻み込むように。

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