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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第1章 イフ・フォーエバー
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29/112

28.誕生日


イフとダラーが出会って、もうすぐ1年。


寒さはすっかり和らぎ、街にも暖かな風が吹くようになっていた。



竜征軍本部。


その一室では、サブがキリに能力の使い方を教えていた。


「そう。その調子だ」


キリが小さな手を前にかざす。


すると、指先からふわりと冷気が漂った。


空気がわずかに凍りつき、指先の周囲に白い霧が生まれる。


「おお、上手くなったな。最初に比べれば、随分と制御できるようになった」


「……そう」


キリは相変わらず、素っ気ない返事をする。


しかし、少し間を置いてから、


「……ありがとう」


小さな声で、そう付け加えた。


「……」


サブは一瞬、言葉に詰まった。


(……やりにくいなあ)


褒めても反応は薄い。


かといって、感謝はきちんと伝えてくる。


どう接するのが正解なのか、いまいち掴めない。


もっとも、サブの頭を悩ませているのは、それだけではなかった。


(竜人の能力を、他者に分け与える……か)


サブはキリの手元を見つめながら、思考を巡らせていた。


竜人は、自らの能力の一部を他者に分け与えることができる。


だが、本来の能力を100とするならば、他者に与えられる力はほんの数%程度だろう。


ましてや、与えた相手がその能力を十分に扱えるとは限らない。


……少なくとも、サブはそう考えていた。


しかし。


(もし、分け与えられた能力そのものが成長するとしたら?)


与えられた力が、持ち主の努力や経験によって強くなっていくのだとしたら。


最初は微々たる力でも、年月を重ねれば、想像以上の脅威になり得る。


(なるほど……。氷の竜王が、あれほどの軍団を率いているのも頷ける)


もちろん、まだ仮説に過ぎない。


だが、考える価値は十分にあった。


「サブ」


「ん?」


「……次は?」


キリが冷たい目でこちらを見ていた。


どうやら、考え込んでいる間に授業を中断してしまったらしい。


「おっと、悪い悪い。じゃあ次は、冷気を一点に集中させてみようか」


「……わかった」


サブは再び、キリに向き直った。


考えるべきことは山ほどある。


それでも今は、目の前の少女が持つ可能性を、少しずつ引き出していくことにした。





***





一方、その頃。

ダラーの家の庭では、乾いた銃声が響いていた


パンッ!


弾丸が的の端をかすめる。


「……ああ、また外れた!」


イフは悔しそうに声を上げた。


「おいおい。的は逃げねえぞ」


「わかってるよ!」


「わかってんなら当てろ、クソガキ!」


「くっそおおお!」


イフは再び銃を構えた。


銃を撃つこと自体には、随分と慣れてきた。


引き金を引くことへの恐怖も、銃声への驚きも、以前ほどではない。


だが、狙った場所に弾を当てるとなると話は別だった。


腕が少しでもぶれる。


呼吸が乱れる。


引き金を引く瞬間、どうしても力が入ってしまう。

パンッ!


今度は的から大きく外れた。


「……難しいなあ」


イフは肩を落とした。


「当たり前だ。銃は撃ちゃ当たるってもんじゃねえ。焦るな。構え、狙い、呼吸。ひとつずつ意識しろ」


「……うん!」


イフはもう一度、銃を構え直した。


ダラーは腕を組み、その姿を見守る。


出会った頃のイフは、まともに走ることすらできなかった。


食べることにも慣れておらず、何かを尋ねられても、怯えたように俯くばかり。


それが今では、失敗すれば悔しがり、自分から何度も挑戦するようになった。


もちろん、まだまだ弱い。


できないことだって山ほどある。


それでも。



パンッ!



弾丸が、的の中央に少しだけ近づいた。


「……おっ!」


イフの顔が明るくなる。


「おい! 今の見たか、ダラー!」


「ああ、見てたよ」


「ちょっと近づいてるよね!?」


「ちょっとな」


「よっしゃあ!」


たったそれだけのことで、大喜びするイフ。


ダラーは呆れたように鼻を鳴らした。


「調子に乗ってねえで、次だ次!」


「わかってるって!」


そう言いながら、イフは笑っていた。


暖かな春の日差しの下。


少年の成長は、今日も少しずつ続いていた。





***





その日の夕方。


特訓を終えたイフとダラーが家でくつろいでいると、玄関の扉が開いた。


「ただいまー!」


プティが帰ってきた。


「おかえり!プティ!」


「うん! すぐご飯作るね!」


プティは荷物を置き、台所へ向かおうとした。


そのとき、ふと思い出したように振り返った。


「そういえば、イフくん」


「ん? なに?」


「イフくんがここに来てから、もう一年くらい経つんだね!」


「あ……」


イフは少し驚いた顔をした。


言われてみれば、そうだった。


ダラーに連れられて、この家にやってきた日。


あのときのことは、今でもよく覚えている。


知らない場所。


知らない人。


自分がこれからどうなるのかも、まるでわからなかった。


それが今では、毎日ご飯を食べ、勉強をして、ダラーに怒鳴られながら特訓をしている。


「……そっか。もう一年か」


イフは、どこか懐かしそうに呟いた。


「そうだっけ?」


ソファに寝転がっていたダラーが、興味なさそうに返事をする。


「ダラーさん! 自分で連れてきたんでしょ!」


「細けえことはいいんだよ」


「もう……」


プティは呆れたようにため息をついた。


そして、イフに向き直る。


「ねえ、イフくん。そういえば、誕生日っていつなの?」


「……誕生日?」


イフはきょとんとした。


「うん! 何月何日?」


「……」


イフは少し考えた。


母親から、何度か聞いたことがある。


今日はイフの誕生日だよ。


そんなふうに言われた記憶は、確かにあった。


けれど。


「……わからないんだよね」


イフは、困ったように笑った。


「お母さんから、誕生日だって言われたことはあるんだけど……。それがいつだったのか、覚えてなくて」


プティの表情が、ほんの少しだけ変わった。


「……そっか」


それ以上、何かを尋ねることはしなかった。


イフがどんな暮らしをしてきたのか。


何を失ってきたのか。


プティは知っている。


だからこそ、無理に聞く必要はなかった。


少しの沈黙。



やがて。


「あっ!」


プティが、ぱっと顔を明るくした。


「それじゃあ、今日を誕生日にしよう!」


「……え?」


「だって、いつかわからないんでしょ? だったら今日でいいじゃない!」


プティは、まるで名案を思いついた子供のように笑った。


「え、でも……」


「決まり! イフくん、今日は誕生日だよ!」


「ええっ!?」


あまりに勢いよく決められて、イフは目を丸くした。


「よーし! そうと決まれば、お買い物に行ってくるね!」


「えっ、ちょ、プティ!?」


「すぐ戻るからねー!」


プティは慌ただしく荷物を持つと、家を飛び出していった。


バタン。


扉が閉まる。


残されたイフは、しばらくその場で固まっていた。


「……誕生日?」


誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。


ソファの上では、ダラーが頭の後ろで手を組んでいた。


「……あいつ、張り切りやがって」


いつもと変わらない、気の抜けた声。


けれど、ダラーはちらりとイフを見た。


少年は、まだどこか不思議そうな顔をしていた。


誕生日。


自分が生まれた日。


それを祝ってもらう。


イフにとっては、あまりにも縁のない話だった。


「……ま、いいじゃねえか」


ダラーは、ぶっきらぼうに言った。


「せっかくだ。楽しみにしとけ」


「……うん!」


イフは、嬉しそうに頷いた。



***



夜。


食卓には、いつもより豪華な料理が並んでいた。


焼きたてのパンに、温かなスープ。


肉料理に、色とりどりの野菜。


そして。


食卓の真ん中には、白いクリームで飾られたケーキが置かれていた。


「……す、すげえ」


イフは、目の前の光景に釘付けになっていた。


「ふふっ! 今日は特別だからね!」


プティが嬉しそうに笑う。


「ほら、イフ。座れ」


ダラーに促され、イフは椅子に腰掛けた。


けれど、視線はずっとケーキに向いたままだった。


「……これ、食べていいの?」


「もちろん!」


「全部!?」


「全部はダメだよ! みんなで食べるの!」


「そ、そっか……!」


イフは慌てて姿勢を正した。


そんな様子を見て、ダラーが吹き出す。


「ガハハハ! なんだその顔! ケーキ見るの初めてか!?」


「う、うるさいな! 初めてだよ!」


「おう、そうかそうか!」


「ダラーさん! からかわないの!」


プティが頬を膨らませる。


「はいはい」


ダラーは笑いながら、椅子に座り直した。


そして、プティがイフの前にケーキを取り分ける。


「はい、イフくん」


「……ありがとう」


イフは両手で皿を受け取った。


白いクリーム。


ふわふわのスポンジ。


甘い香り。


何もかもが初めてだった。


イフはフォークを手に取り、そっとケーキを口に運んだ。



ぱくり。


「…………!」


目が、ぱっと見開かれる。


「……うまい!」


思わず声が漏れた。


「ほんと!? よかったあ!」


プティが嬉しそうに笑う。


イフはもう一口、ケーキを食べた。


甘い。


柔らかい。


口の中で、ふわりと溶けていく。


こんな食べ物が、この世にあったなんて。


「……すげえ。こんなにうまいもの、初めて食べた」


夢中でケーキを頬張るイフ。


その姿を見て、プティは満足そうに微笑んだ。


ダラーもまた、酒を片手にその様子を眺めていた。


「……ったく。よく食うガキだぜ」


そう言いながらも、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。


やがて、イフはフォークを置いた。


皿の上には、最後の一口が残っていた。


イフはそれをじっと見つめる。


そして、ゆっくりと口に運んだ。


「……ごちそうさまでした!」


顔を上げたイフは満面の笑みを浮かべていた。


プティが笑う。


ダラーも、いつもの調子で酒を飲む。


いつもと変わらない、賑やかな夜。


けれど、イフにとっては違った。


奴隷だった頃。


自分が生まれた日を、誰かと祝うことなど考えもしなかった。


明日も生きていられるのか。


明日は何を食べられるのか。


そんなことばかり考えていた。


それが今は。


温かいご飯があって。


自分のために笑ってくれる人がいて。


生まれてきたことを、祝ってくれる人がいる。



「……」


イフは、もう一度ケーキの皿を見た。


そして、顔を上げる。


「……プティ」


「ん? どうしたの?」


「……ありがとう!」


少し照れくさそうに。


それでも、まっすぐに。


イフは笑った。


「……すっごく、おいしかった!」


「……うん!」


プティは、優しく微笑んだ。


「お誕生日、おめでとう。イフくん」


その言葉を聞いて、イフはもう一度笑った。


今日が、本当の誕生日なのかはわからない。


何月何日に生まれたのかも、わからない。


けれど。


この日、イフ・フォーエバーは初めて、自分が生まれてきたことを祝ってもらった。


そして、初めて食べたケーキの味を。


きっと、忘れることはないだろう。








日常回って

書くの大変でした。

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