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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第1章 イフ・フォーエバー
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27.エーズという少年


イフとダラーが出会って、十一ヶ月。


厳しかった寒さも少しずつ和らぎ、街には春の気配が漂い始めていた。



竜征軍本部



竜征軍本部の一室。


ダラーは机の上に広げられた資料に目を通していた。


「へぇ……北の国、そんなんなってんのか」


資料には、北の国へ調査に向かった部隊の報告が記されていた。


第4、第5部隊が現地の調査を実施。


帰還には成功したものの、現地はもぬけの殻。


人影もなく、目立った痕跡も発見できず。


調査は成果なしに終わったという。


「ふーん……」


ダラーは興味があるのかないのか分からない声を漏らし、資料をめくった。


そのとき。


廊下の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「今回の任務、なかなかやるじゃないか。ラク」


「……別に。大したことじゃない」


「いやいや、あの状況で冷静に動けたのは立派だよ」


「お前が褒めても気持ち悪いだけだ」


「ははは、ただ言ってることはマジだぜ」


聞こえてきたのは、サブとラクの声だった。


どうやら任務から帰還したところらしい。


二人はそのまま部屋の前までやって来た。


そして。


「……あれ?」


サブが足を止めた。


部屋の中にいる大男を見て、目を丸くする。


「ダラーさん」


「あ? おう、サブちゃん。久しぶりだな」


ダラーは資料を置き、片手を上げた。


「いつ戻ってきたんですか?」


「ついさっきだ。ちょいと野暮用でな」


(本当は暇すぎて来ただけだけど……)


そう言いながら、ダラーは隣に立つ少年へ目を向けた。


「んで、そっちは?」


サブが頷く。


「はい。部下のラクです。先程の任務で竜人討伐に成功したんですよ。」


「へぇ」


ダラーはラクを上から下まで眺めた。


ラクもまた、目の前の大男をじっと見つめ返す。


「……ずいぶんデカいな」


「おう! よく言われるぜ!」


「……そうか」


「おい、そこはもう少し反応しろよ!」


サブが思わず吹き出した。


「ははは! ラク、ダラーさんはこういう人なんだよ」


「……ふーん」


ラクは相変わらず素っ気ない。


しかし、目の前の男がサブにとって親しい人物であることは分かったようだった。


「ところで、サブ」


ダラーがふと思い出したように口を開いた。


「この前言ってたガキの件、どうなの?」


「ああ、キリのことですか?」


サブの表情が少しだけ和らぐ。


「相変わらず、なかなか手が掛かりますよ。特に食事の時間は大変で……」


「ははっ! そりゃ大変だな!」


「笑い事じゃないですよ……」


サブは苦笑した。


ダラーは腕を組み、しばらく考え込む。


(キリかぁ……)


(そいつとイフ、会わせてみたいなあ)


(……仲良くなれんのかなあ……)


そんなことを考えていた。


もっとも、当の本人であるイフが今、何をしているかなど知る由もなかった。




***





一方、その頃。


街の通りを、一人の少年が走っていた。


イフ・フォーエバー。


ダラーとの修行の一環として、毎日欠かさずランニングを続けている。


「……っ、はぁ……はぁ……!」


息を切らしながらも、イフは足を止めない。


以前に比べれば、ずいぶん長い距離を走れるようになった。


それでも、ダラーに言わせればまだまだなのだろう。


『オラァ! そんなんでへばってんじゃねぇぞ、クソガキィ!』


そんな怒鳴り声が頭の中に浮かび、イフは思わず苦笑した。


(……帰ったら、また怒られるかな)


そんなことを考えながら、角を曲がった。


その瞬間。


「うおっ!?」


「わっ!?」


ドンッ!!


「いってぇ……!」


二人の少年が、勢いよくぶつかった。


イフは尻もちをつき、慌てて顔を上げる。


「ご、ごめんなさい!」


反射的に謝ったイフの前で、もう一人の少年も尻もちをついていた。


金髪のオールバック。


年齢はイフとほとんど変わらないように見える。


少年は頭をさすりながら、ニッと笑った。


「いや、こっちこそ悪い!」


そう言って、ひょいと立ち上がる。


そして、イフに手を差し出した。


「ほら、立てよ!」


「……あ、ありがとう」


イフはその手を取り、立ち上がった。


「お前、走ってたのか?」


「う、うん。ちょっと……」


「へぇ! 偉いじゃん!」


少年は屈託なく笑った。


イフは少し戸惑った。


初対面の相手に、こんなふうに話しかけられたことが、あまりなかったからだ。


奴隷だった頃はもちろん、ダラーに救われてからも、同年代の少年と話す機会はあまりなかった。


何を話せばいいのか分からない。


それでも。


(……なんだろう)


(……嬉しいな)


自分と同じくらいの年齢の少年が、目の前で笑っている。


ただそれだけのことが、妙に嬉しかった。


「……あの、君は?」


イフが尋ねると、少年は胸を張った。


「俺? エーズ!」


「エーズ……」


「エーズ・キリング! お前は?」


「……イフ。イフ・フォーエバー」


「イフか! よろしくな!」


エーズはそう言うと、懐からリンゴを取り出した。


そして、何のためらいもなくイフに差し出す。


「ほら、やるよ!」


「……え?」


「リンゴ。食わねぇの?」


「い、いや……食べるけど……」


突然のことに戸惑いながらも、イフはリンゴを受け取った。


「……ありがとう」


「おう!」


エーズは自分のリンゴにかぶりついた。


イフもそれにならい、リンゴを一口かじる。


シャリッ。


甘い果汁が口いっぱいに広がった。


「……おいしい」


「だろ?」


エーズは得意げに笑った。


そのときだった。


「おいゴラァァァ!!」


街の向こうから、怒鳴り声が響き渡った。


二人が振り返る。


「金払え!! 泥棒坊主!!」


遠くから、顔を真っ赤にした店主が走ってくる。


その手には、リンゴの入った籠が握られていた。


イフは自分の手元を見た。


そして、エーズを見た。


「……え?」


エーズはリンゴをかじったまま、ニヤリと笑った。


「……やべ」


「えっ!? ま、まさか……!」


「おい、イフ!」


エーズはイフの肩に腕を回した。


「お前も共犯だぜ!」


「ええええっ!?」


「逃げろぉぉぉ!!」


「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇ!!」


二人は一斉に走り出した。


「待ちやがれぇぇぇ!!」


店主の怒声が、街中に響き渡る。


イフは必死に足を動かした。


(な、なんでこんなことにぃぃぃ!?)


一方のエーズは、まるで遊びでもしているかのように笑っていた。


「はははははっ! こっちだ、イフ!」


「ま、待ってよぉぉ!」


久しぶりに、こんなに必死で走った気がした。


いや。


修行で走るときとは、まるで違う。


苦しいはずなのに。


怒られているはずなのに。


イフは、どこか楽しかった。


***


しばらく走り続けた二人は、ようやく店主を振り切った。


街外れの小さな広場。


二人はその場に座り込み、荒い息を繰り返していた。


「はぁ……はぁ……!」


「お、お前……結構走れるじゃねぇか……!」


エーズが息を切らしながら、イフを見た。


「……え?」


「いや、普通あんだけ走ったら、もっとヘバるだろ!」


「そ、そうかな……」


イフは照れくさそうに頬をかいた。


「毎日、走ってるから……」


「へぇ! 毎日!?」


エーズは目を輝かせた。


「なんだよ、お前! 結構すげぇじゃん!」


「そ、そんなことないよ……」


褒められ慣れていないイフは、視線をそらした。


けれど。


口元は、少しだけ緩んでいた。


しばらく二人は、他愛もない話をした。


好きな食べ物のこと。


街で見かけた面白い店のこと。


今までどんなことをして過ごしてきたのか。


エーズはよく笑い、よく喋った。


イフは最初こそ緊張していたものの、次第に自然と言葉が出てくるようになった。


こんなふうに、同年代の少年と話すのはいつ以来だろう。


いや。


もしかすると、こんな時間そのものが初めてなのかもしれない。


やがて、エーズが空を見上げた。


「なぁ、イフ」


「……なに?」


「お前、夢とかあるか?」


「……夢?」


突然の質問に、イフは首をかしげた。


エーズは膝を抱えながら、遠くの街並みを眺めていた。


「俺さ、いつか友達といっぱい遊んで暮らしたいんだよな!」


「……友達と?」


「そう! 毎日好きなことして、腹が減ったら飯食って、くだらねぇことで笑ってさ!」


エーズは楽しそうに語った。


「んで、そいつらを守れるくらい強くなりてぇ!」


そう言って、拳を握りしめる。


「誰かに大切なもんを奪われるのは、嫌だからな!」


その言葉に、イフは黙り込んだ。


友達と遊ぶ。


くだらないことで笑う。


大切な人を守る。


どれも、イフにとってはまだ遠いものだった。


けれど。


ダラーに救われてから、少しずつ分かってきたことがある。


誰かと一緒に食事をすること。


誰かに心配してもらうこと。


誰かのために、強くなりたいと思うこと。


それは、決して特別なことではないのかもしれない。


「……俺も」


イフが、小さな声でつぶやいた。


「ん?」


「……俺も、強くなりたい」


エーズがイフを見る。


「……大切な人を、守れるように」


少しだけ、言葉に詰まった。


それでも、イフは続けた。


「……もう、誰かが傷つくのを見たくないから」


エーズは一瞬、黙っていた。


それから。


「……そっか!」


パッと笑顔になった。


「じゃあ、俺たち一緒だな!」


「……え?」


「強くなって、大切な奴らを守る! 最高じゃねぇか!」


エーズは立ち上がり、イフに手を差し出した。


「なぁ、イフ!」


「……うん?」


「いつかまた会おうぜ!」


イフは差し出された手を見つめた。


「……また?」


「ああ! そんときは、今よりもっと強くなってさ!」


エーズはニッと笑った。


「どっちが強くなったか、勝負しようぜ!」


イフは少し驚いた。


けれど、すぐに笑みがこぼれた。


「……うん!」


差し出された手を、しっかりと握り返す。


「……約束だよ!」


「おう! 約束だ!」


二人は笑い合った。


その瞬間、イフは思った。


また会いたい。


もっと話したい。


もっと一緒に遊びたい。


そして。


いつか、自分もエーズのように笑える人間になりたい。


そんなことを、心から思った。




やがて、二人は立ち上がった。


「じゃあな、イフ!」


「うん! またね、エーズ!」


エーズは手を振りながら、街の向こうへと駆け出していった。


イフも、しばらくその背中を見送っていた。


やがて、そっと自分の手を見つめる。


さっきまで、エーズの手を握っていた手。


イフは小さく笑った。


「……友達、か」


口に出してみると、なんだか不思議な響きだった。


胸の奥が、ほんの少しだけ温かい。


イフは再び走り出した。


帰ったら、ダラーに今日のことを話してみよう。


きっと、また大声で笑われるに違いない。


それでも。


今日という日を、イフは忘れないだろう。


そして、いつかまた会えると信じていた。


二人が交わした約束が、どんな未来へとつながっていくのか。


このときのイフは、まだ知る由もなかった。








エースじゃなくて「エーズ」なんですよね

点々がつきます。

僕もたまに間違えるかも

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