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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第1章 イフ・フォーエバー
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26/112

25.銃


ダラーとイフが出会ってから、十ヶ月が経った。


朝から吹きつける風は冷たく、吐く息は白く染まる。


庭の地面には、夜のうちに降りた霜が薄く残っていた。


そんな寒空の下。


「おらあああ!! クソガキ!!どうした!そんなもんかあ!!」


「うおおおおっ!!」


イフとダラーは、地面に転がるような勢いで取っ組み合っていた。


イフはダラーの腕を掴み、必死に身体を押し込む。


以前なら、力任せに押し返されるだけで簡単に転がされていた。


しかし、今は違う。


ダラーが押し込んでくる力を受け流し、足を踏ん張る。


「……っ!!」


歯を食いしばり、どうにか体勢を保った。


「おっ?」


ダラーがわずかに目を見開いた。


その一瞬。


イフは身体をひねり、ダラーの腕を引いた。


「うおおおっ!!」


だが――。


「甘えんだよ!!」


ダラーは逆にイフの腕を掴み、そのまま身体を持ち上げるように投げ飛ばした。


ドサッ!!


「ぐえっ!!」


イフは背中から地面に転がった。


「……いってえ……」


「ははっ! 今のは悪くなかったぞ!」


ダラーは豪快に笑った。


「ほ、本当!?」


イフは地面に寝転がったまま顔を上げた。


「おう。十ヶ月前のお前なら、今のでとっくに泣いてたな!」


「な、泣いてないよ!!」


「じゃあ、もう一回やるか?」


「……っ!!」


イフは慌てて起き上がった。


「や、やる!!」


「よっしゃあ!!」


二人は再び向かい合った。


イフの身体は、十ヶ月前と比べてずいぶんとたくましくなっていた。


腕も、脚も、以前より筋肉がついている。


それでも、ダラーとの実力差は大きい。


何度挑んでも、簡単には勝たせてもらえなかった。


それでもイフは、決して諦めなかった。


そして――。


「……よし。今日はここまでだ」


「えっ!?」


ダラーが突然、修行を切り上げた。


「もう終わり?」


「昼飯前だろうが。腹減ったんだよ」


「……ダラー、さっきからずっと腹減ったって言ってるよ」


「うるせえ! 育ち盛りなんだよ!」


「ダラーが!?」


「てめえ……!」


ダラーが拳を握りしめる。


イフは慌てて距離を取った。


「じょ、冗談だよ!!」


「待てやクソガキ!!」


そんなやり取りをしたあと、ダラーはふと思い出したように顔を上げた。


「あー……そうだ」


「ん?」


「ちょっと待ってろ」


そう言い残し、ダラーは家の中へと入っていった。


「……?」


イフは首を傾げた。


いつもなら、昼飯を食うために真っ先に家へ向かうダラーが、何かを探し始めている。


いったい何をするつもりなのだろう。


イフは首を傾げながら、戻ってくるのを待った。


やがて。


「……おう、待たせたな」


ダラーが戻ってきた。


その手には、一丁の銃が握られていた。


「……?」


イフは、ダラーの手元をじっと見つめた。


黒く、硬そうな金属の塊。


銃身は鈍い光を放ち、引き金や握り手には使い込まれた跡が残っていた。


「……それ、なに?」


ダラーは銃を軽く持ち上げた。


「銃だ」


「……じゅう?」


「ああ」


ダラーはイフの前にしゃがみ込んだ。


「お前もいつか竜人と戦うだろ?」


「……うん」


「だったら、こいつの扱いも覚えなきゃならねえ」


ダラーは銃を見つめた。


「竜人を相手にするなら、銃は必要不可欠だ。人間の拳だけじゃ、どうにもならねえ相手もいる」


イフは黙って聞いていた。


これまでの修行は、走ること、食べること、身体を鍛えること。


そして、ダラーと何度も殴り合うことだった。


だが、目の前にあるものは違う。


自分の拳ではない。


それなのに、使い方次第で相手を倒せる。


「……触ってみるか?」


「……いいの!?」


イフの目が輝いた。


「ああ。ほら」


ダラーは銃を差し出した。


イフは両手で受け取った。


「……っ!」


思わず、腕に力が入る。


想像していたよりも、ずっと重かった。


金属の冷たさが手のひらに伝わってくる。


銃口の先は、思っていたよりも長い。


引き金に指をかけようとしたところで、ダラーが声を上げた。


「おい、待て」


「……え?」


「むやみに引き金に触るな。撃つつもりがねえときは、指をかけるな」


ダラーの声は、いつになく真剣だった。


「銃口も、人に向けるな。撃つとき以外は、常に気をつけろ。こいつは遊び道具じゃねえ」


イフは慌てて指を離した。


「……う、うん」


ダラーは頷いた。


「よし。じゃあ、まずは構えてみろ」


イフは銃を両手で握り直した。


腕を伸ばし、銃口を前へ向ける。


だが、重さに腕が震え、狙いが定まらない。


「……お、重い……」


「ははっ! そりゃそうだろうが!」


ダラーは笑った。


「自分の身体を鍛えるのとは、また別の話だ。銃は持てりゃいいってもんじゃねえ。狙って、撃って、当てる。それができなきゃ意味がねえ」


「……うん」


イフは銃を見つめた。


自分の拳なら、何度でも振るえる。


けれど、この銃は違う。


構えるだけでも、思うようにいかなかった。


それでも。


「……俺、これも使えるようになる」


イフは銃を握りしめた。


ダラーは、その横顔を見てニヤリと笑った。


「おう。そうこなくっちゃな」




ダラーは庭の奥へ歩いていった。


そこには、古い木の板が立てかけられていた。


「よし。まずはあれを狙え」


「……あれ?」


「そうだ。いきなり人間相手に撃つわけにもいかねえだろ」


ダラーはイフの隣に立ち、銃の扱い方を教え始めた。


安全を確認し、狙いを定め、引き金を引く。


言葉で聞けば簡単だった。


だが、実際にやってみると難しい。


イフは両手で銃を構え、木の板を狙った。


「……っ」


腕が震える。


銃口がわずかに左右へ揺れる。


「焦んな。息を整えろ」


ダラーの声が聞こえた。


イフは一度、深く息を吸った。


そして、ゆっくりと吐いた。


狙いを定める。


引き金に指をかける。


「……撃て」


ダラーの声と同時に、イフは引き金を引いた。


――バァンッ!!


耳をつんざく轟音が、庭に響き渡った。


「うわっ!?」


腕に強烈な衝撃が走る。


銃口が跳ね上がり、イフは思わず身体をよろめかせた。


次の瞬間。


少し離れた場所に立てかけられていた木の板に、弾痕が刻まれた。


「……え?」


イフは目を見開いた。


自分の拳では、こんなことはできない。


どれだけ強く殴っても、これほど離れた場所に、一瞬で穴を開けることなどできない。


「……す、すげえ……」


思わず声が漏れた。


「だろ?」


ダラーは得意げに笑った。


「これが銃だ。使い方を覚えりゃ、身体の小せえ人間でも、遠くの敵を倒せる」


イフは銃を見つめた。


その目には、驚きと興奮が入り混じっていた。


「……俺も、竜人倒せるかな?」


ダラーはすぐには答えなかった。


ただ、イフの手元にある銃を見つめた。


「……さあな」


「えっ?」


「銃を持っただけで強くなれるなら、誰も苦労しねえよ」


ダラーはイフの肩を軽く叩いた。


「大事なのは、こいつをどう使うかだ」


イフは小さく頷いた。


そのときだった。


「……よし」


ダラーが突然、イフの前に立った。


「次だ」


「……次?」


ダラーは腕を組み、ニヤリと笑った。


「俺に向かって撃て」


「…………え?」


イフの顔から、笑みが消えた。


「……い、今、なんて?」


イフは聞き返した。


ダラーは、さっきと同じ調子で答えた。


「俺に向かって撃てっつったんだよ」


「む、無理だよ!!」


イフは慌てて銃を下ろしかけた。


「何言ってんの!? 危ないよ!!」


「危ねえからやるんだろうが」


「そ、そんなの修行じゃないよ!!」


ダラーは黙ってイフを見つめた。


その表情から、さっきまでのふざけた様子が消えていた。


「……イフ」


「……っ」


「お前がこれから戦う相手は、人間じゃねえ」


ダラーは静かに言った。


「竜人だ」


イフは銃を握る手に力を込めた。


「竜人は全員、能力を持ってる。人間にはできねえことを、当たり前みてえにやってくる」


ダラーは自分の手のひらを見つめた。


「銃弾を防ぐ奴もいる。身体の動きが人間とは比べものにならねえ奴もいる。能力の種類によっちゃ、銃を撃つ暇すら与えてもらえねえ」


「…………」


「それでも、お前は戦うんだろ?」


イフは顔を上げた。


「……うん」


「だったら、知っとけ」


ダラーは真っすぐにイフを見つめた。


「銃を持っただけで勝てると思うな。相手は、お前の常識が通用しねえ連中だ」


イフは黙り込んだ。


ダラーは両手を広げた。


「ほら。撃て」


「……っ!」


イフの手が震えた。


銃口の先には、ダラーが立っている。


自分を奴隷の境遇から救い出してくれた人。


食事を与えてくれた人。


毎日のように怒鳴りながら、自分を鍛えてくれた人。


そのダラーに、銃を向けている。


「…やっぱり……できないよ」


イフは小さく呟いた。


「……ダラーを撃つなんて」


「……そうか」


ダラーは目を伏せた。


そして、ゆっくりと顔を上げた。


「じゃあ、お前はどうやって大切なもんを守るんだ?」


「……っ」


「敵が目の前にいる。そいつがお前の仲間を殺そうとしてる。お前には銃がある。だが、撃つことをためらったらどうなる?」


ダラーの声が、冷たい空気の中に響いた。


「……守れねえかもしれねえぞ」


イフは唇を噛んだ。


分かっている。


ダラーの言っていることは、間違っていない。


自分は強くなりたい。


竜人と戦えるようになりたい。


誰かを守れる人間になりたい。


けれど――。




「…………」


イフは銃を握り直した。


震える腕を、必死に持ち上げる。


銃口がダラーへ向く。


「……ダラー…………」


「ああ」


「……本当に、いいの?」


ダラーはニヤリと笑った。


「誰に向かって言ってんだ。さっさと撃て」


イフは目を閉じた。


そして――。


引き金を引いた。


――バァンッ!!


銃声が、庭を切り裂いた。


銃口から白い煙が立ち上る。


放たれた弾丸は、一直線にダラーへと向かっていった。


その瞬間。


ダラーの右手が、わずかに動いた。


ボッ。


手のひらに、小さな炎が灯る。


次の瞬間、炎は一気に膨れ上がった。


ゴオオオオッ!!


燃え盛る炎が、ダラーの前方を覆い尽くす。


迫り来る弾丸が、炎の中へ飛び込んだ。


キィンッ――!


金属が焼けるような、甲高い音が響いた。


炎の中で弾丸が赤く染まり、火花が散る。


熱によって弾丸は変形し、勢いを失っていく。


そして――。


カランッ。


焼けた金属片が、ダラーの足元に転がった。


炎が消えた。


そこには、先ほどと変わらず立っているダラーの姿があった。


「…………」


イフは、呆然と立ち尽くしていた。


何が起きたのか、すぐには理解できなかった。


自分が撃った。


確かに、銃弾はダラーに向かって飛んでいった。


それなのに、ダラーには傷一つついていない。


「……な、何……今の……」


ダラーは手のひらを軽く振った。


「……これが能力だ」


イフは目を見開いた。


ダラーの手から、ほんの少しだけ煙が立ち上っていた。


「俺たち人間には、銃がある。だが、竜人には能力がある」


ダラーはイフを見つめた。


「銃だけで勝てると思うな。竜人は全員、何かしらの能力を持ってやがる」


「…………」


「銃を撃つ前にやられることだってある。撃った弾を防がれることだってある」


ダラーは自分の手を握りしめた。


「だからこそ、身体を鍛える。頭を使う。相手の能力を知る。そして、どんな状況でも生き残れるようにする」


イフは銃を見下ろした。


さっきまで、これさえあれば竜人と戦えるのではないかと思っていた。


けれど、違った。


銃は強い。


だが、銃を持つだけでは勝てない。


自分には、まだ知らないことが山ほどある。


「……ダラー」


「ん?」


「……俺、もっと強くなる」


ダラーは一瞬だけ目を丸くした。


そして、いつものように豪快に笑った。


「ははっ! 当たり前だろうが!!」


ダラーはイフの頭を乱暴に撫でた。


「そのために、俺が鍛えてんだよ!」


「ちょっ、やめてよ!!」


「うるせえ! 昼飯にすんぞ!」


「……あっ! そうだった!」


イフは慌てて銃を下ろした。


ダラーが歩き出す。


イフはその背中を追いながら、もう一度だけ銃を見つめた。


その重みは、先ほどと変わらない。


けれど、イフには少し違って感じられた。


銃は、ただ強くなるための道具ではない。


使い方を間違えれば、誰かの命を奪う。


そして、どれほど強力な武器を持っていても、それだけでは守れないものがある。


イフは銃をしっかりと握りしめた。


いつか、本当に戦う日が来る。


そのとき、自分は何を守れるのだろう。


まだ答えは分からなかった。


ただ一つ、確かなことがあった。


もっと強くならなければならない。


イフは、ダラーの背中を追いかけた。




***





昼。


食卓には、温かいスープと焼きたてのパンと魚料理が並んでいた。


「……で、今日は何を教わったの?」


プティが尋ねた。


イフはパンを頬張りながら答えた。


「銃!!」


「銃?」


「ああ。こいつも、そろそろ覚えさせねえとな」


ダラーはスープを飲みながら答えた。


「竜人と戦うなら、いずれ必要になる」


プティは少しだけ表情を曇らせた。


「……そうだね」


イフは二人の顔を見比べた。


「……?」


「どうした、イフ」


「ううん。なんでもない」


イフは再びパンにかじりついた。


まだ知らないことばかりだ。


それでも、少しずつ学んでいけばいい。


そう思いながら、イフは温かい食事を口に運んだ。






***







一方、竜征軍本拠地。


サブは、テーブルの向かいに座る少女を見つめていた。


「……ほら、食えよ」


キリの前には、温かいスープとパンが置かれていた。


しかし、キリは黙ったまま、目の前の食事を見つめている。


「……いらない」


小さな声だった。


「……そっか」


サブはそれ以上、何も言わなかった。


無理に食べさせるつもりも、無理に話を聞き出すつもりもなかった。


ただ、食事を用意して、同じ場所に座る。


それだけだった。


サブはスープを口に運んだ。


キリもまた、しばらく黙っていた。


やがて、ほんの少しだけパンに手を伸ばす。


サブは気づいていたが、何も言わなかった。


その小さな変化を、わざわざ言葉にする必要はないと思ったからだ。


食事が終わる頃、サブは椅子から立ち上がった。


「……食べたくなったら、また用意するからな」


キリは答えなかった。


サブは小さく息を吐き、部屋を出た。


廊下を歩きながら、ふと足を止める。


「……難しいな」


子供の面倒を見るなんて、今まで考えたこともなかった。


ましてや、何を考えているのか分からない少女だ。


それでも、放っておくわけにはいかなかった。


サブは頭を掻きながら、再び歩き出した。




***




数日後。


竜征軍本拠地、会議室。


サブは上層部の人間たちを前に、北の国について報告していた。


「……以上が、北の国から来た少女の証言です」


机の上には、報告書が置かれていた。


北の国は壊滅。


その国を支配した竜王、ヘルの存在。


そして、百人規模にも及ぶ氷の能力者たち。


竜征軍にとって、決して無視できる情報ではなかった。


「……つまり、ヘルは自分の能力を他の竜人に分け与えたということか」


上層部の一人が口を開いた。


「はい。少女の証言が正しければ、全員が氷の能力を持っている可能性があります」


「……厄介だな」


別の男が腕を組んだ。


「だが、現時点では敵の正確な位置も、次の標的も分かっていない」


「それは……」


「こちらから大規模な部隊を動かせば、別の場所で隙が生まれる可能性もある」


サブは黙って聞いていた。


言っていることは分かる。


敵の居場所が分からない以上、無闇に動くことが危険なのも理解できる。


だが。


「……では、どうするんですか?」


サブは顔を上げた。


「次の国が襲われるまで、何もしないんですか?」


会議室が静まり返った。


上層部の男は、淡々と答えた。


「現時点では、情報収集を優先する。大規模な軍の派遣は見送る」


「……っ」


サブは拳を握りしめた。


「北の国は、もう滅びたんですよ」


声が低くなる。


「そこに住んでいた人たちは、何も悪いことをしていない。ただ暮らしていただけです」


誰も口を挟まなかった。


「それなのに、次の国も襲われるかもしれない。百人もの氷の能力者が、今もどこかにいるんです」


サブは上層部を見渡した。


「それでも、動かないんですか?」


「サブ隊長」


上層部の男が静かに言った。


「君はまだ若いね…。感情だけで軍は動かせないんだよ」


「…………」


「我々には、他の国々を守る責任もある。敵の位置も分からないまま部隊を動かし、無駄に兵を失うわけにはいかない」


サブは唇を噛んだ。


理解できる。


だが、納得できない。


目の前にいる人間たちは、北の国で何が起きたのかを知らないわけではない。


それでも、動かないと決めたのだ。


「……分かりました」


サブは静かに頭を下げた。


これ以上、ここで言葉を重ねても決定は変わらない。


サブは会議室を後にした。


扉が閉まる。


廊下には、誰もいなかった。


サブは足を止め、壁に拳を押し当てた。


「……くそっ」


声を押し殺す。


北の国は滅びた。


そして、次にどこが襲われるのかも分からない。


自分は竜征軍の隊長だ。


人々を守るために戦う立場にいる。


それなのに、今は何もできない。


「……何のために、俺は……」


言葉が途切れた。


しばらくして、サブは拳を下ろした。


ここで立ち止まっているわけにはいかない。


上層部が動かないのなら、自分にできることを探すしかない。


サブは顔を上げた。


その目には、先ほどまでの迷いとは違う色が宿っていた。


北の国の惨劇を、二度と繰り返させない。


そのために何ができるのか。


サブは、静かに歩き出した。







ここなんかすげぇ書いてて楽しかった記憶あります。

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