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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第1章 イフ・フォーエバー
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21.立ち方


朝。


まだ日が昇って間もない時間。


庭には、冷たい朝の空気が漂っていた。


「おい、クソガキ。起きろ」


「……んん」


「起きろっつってんだろうが!!」


「うわあああっ!!」


イフは飛び起きた。

目の前には、腕を組んだダラーが立っていた。


「な、なんだよダラー……まだ眠い……」


「知るか。今日から第3ステップだ」


「だ、第3ステップ?」


ダラーはニヤリと笑った。


「筋肉もついてきた。走るのも、最初に比べりゃマシになった」


「ほ、本当!?」


「まあ、まだ全然足りねえけどな」


「ええ……」


「今日からは、身体の使い方を覚えてもらう」


そう言って、ダラーは庭の中央へ歩いていった。


「来い」


イフは慌ててその後を追った。


「身体の……使い方?」


「ああ。お前、強くなりてえんだろ?」


「……はい!」


イフは力強く頷いた。


ダラーはそんなイフを見て、少しだけ口元を緩めた。


「よし。じゃあ、まず構えろ」


「か、構え……?」


「そうだ。敵と戦うときの立ち方だ」


ダラーは両足を肩幅ほどに開き、片足を少し後ろに引いた。


膝を軽く曲げ、顎を引く。

そして両手を顔の前に上げた。

「こうだ」


「……こ、こう?」


イフも真似をした。

両足を大きく開き、腰を落とす。

両手をぎゅっと握りしめ、頭の上に掲げた。


「……」


「……」


「……お前、何してんだ?」


「えっ!? か、構え!」


「それじゃ敵じゃなくて神様に祈ってんだろうが!!」


「す、すみません!!」


「手は顔の前! 顎を引け! 足はそんなに開くな!」


ダラーに怒鳴られながら、イフは何度も構え直した。

ようやく形になった頃には、すでに息が上がっていた。


「はぁ……はぁ……」


「おい。まだ何もしてねえぞ」


「す、すみません……」


「謝んな。直せ」


ダラーは短く言った。


「いいか、イフ。戦いってのはな、殴ることだけじゃねえんだ」


「……?」


「殴る前に、殴られねえことを覚えろ」


ダラーはイフの額を指で小突いた。


「ここを守れ。足元を見失うな。自分がどこに立ってるのか、ちゃんと考えろ」


「……はい」


「よし。じゃあ、俺を押してみろ」


「えっ?」


「いいから来い」


イフは恐る恐るダラーの胸に両手を当てた。


そして、思いっきり押した。


「うおおおおおっ!!」


ダラーは動かなかった。

びくともしなかった。


「……?」


イフは不思議そうに顔を上げた。


「……もう終わりか?」


「ま、まだ!!」


今度は助走をつけて、全身の力で押した。

しかし。

ダラーは片足を半歩後ろに引いただけだった。

イフの身体が前につんのめる。


「うわっ!」


「おっと」


ダラーはイフの襟首をつかみ、転ぶ寸前で止めた。


「……お前、力を入れる場所が間違ってんだよ」


「え?」


「腕だけで押してどうすんだ。足で地面を踏んで、身体全体で力を伝えろ」


ダラーは自分の足元を指さした。


「腕だけで頑張ったって限界がある。足も、腰も、身体も使え」


イフは自分の両手を見つめた。


今まで、何かを押し返すことなんて考えたこともなかった。


奴隷時代。


大人に突き飛ばされれば、転ぶしかなかった。


殴られれば、身を縮めるしかなかった。


自分より大きな相手に逆らうなんて、考えたことすらなかった。


「……もう一回、お願いします」


イフが言った。

ダラーは一瞬だけ目を見開いた。

そして、いつもの調子で笑った。


「おう。何度でも来いや、クソガキ」



***



昼。


「イフくん、腕がプルプルしてるよ?」


食卓で、プティが不思議そうに首を傾げた。

イフはスプーンを握ったまま、必死に腕を震わせていた。


「う、腕が……動かない……」


「ええっ!? 大丈夫!?」


「大丈夫だ。いつものことだ」


横からダラーが口を挟んだ。


「ちょっとダラーさん! イフくんに何をさせたんですか!」


「体術だよ、体術」


「だからって、初日からやりすぎです!」


「まだまだ足りねえくらいだ」


「ダラーさん!!」


プティが頬を膨らませた。

イフは二人のやり取りを眺めていた。

不思議だった。


怒鳴られて、転びそうになって、腕が動かなくなるほど疲れて。


それなのに。


「……はは」


イフは小さく笑った。


「……ん? 何笑ってんだ、てめえ」


「い、いや?……なんでもない」


「気持ち悪い笑い方すんな。飯食え」


「は、はい!」


イフはスプーンを持ち直した。

まだ腕は痛い。


それでも、目の前の食事は不思議なくらいおいしかった。



***



夕方。


修行を終えたイフは、庭の隅で一人、構えの練習をしていた。


足を開きすぎない。


顎を引く。


手を顔の前に。


何度も、何度も。


「……こう、かな」


ぎこちない動きだった。

まだ、格好いい構えとは程遠い。


それでも朝よりは、ほんの少しだけ自然になっていた。


窓からそれを見ていたダラーは、酒瓶を片手に呟いた。


「……案外、根性はあるじゃねえか」


「ふふっ。そうですね」


隣にいたプティが微笑んだ。


「イフくん、頑張り屋さんですから」


「……まあな」


ダラーは酒を一口飲んだ。

そして、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「……焦んなよ、クソガキ」


庭では、イフがまだ構えの練習を続けていた。


何度失敗しても、立ち上がる。


何度崩れても、構え直す。


それが今のイフにできる、精一杯だった。


けれど。

その小さな積み重ねが、いつか誰かを守る力になることを。

まだ、この少年は知らない。

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