1.奴隷の少年
鉱山の麓に建てられた、小さな小屋。
ツルハシが岩を砕く音。
台車が石を運ぶ音。
そして、母親が自分を呼ぶ声。
少年は、いつもの朝を迎えた。
「おはよう……イフ……」
「ん……おはよ……」
少年の名前は、イフ・フォーエバー。
このとき、八歳。
母親のハートは、眠そうに目をこする息子を見て、優しく微笑んだ。
そのときだった。
「おいコラァ! 起きたんなら、さっさと働けよォ!!」
若い竜人が、乱暴な足取りで近づいてくる。
「女も子供も関係ねぇぞ! サボったら承知しねぇからなァ!!」
「あ、はい……すいません……」
イフは慌てて頭を下げた。
ハートは、そんな息子を見つめながら、小さく呟いた。
「ごめんね……イフ……」
それは、ハートの口癖だった。
⸻
この国は、数年前に竜人との戦争に敗れた、東の国である。
敗北は、あまりにも一方的だった。
竜人たちは勢力を拡大し、陣地を築き、自分たちの国を広げようとしていた。
かつて緑豊かだったこの国は、瞬く間に竜人たちの支配下へと落ちた。
そして今では、人々が奴隷として扱われる国になっていた。
少年イフは、物心がついた頃から石を運んでいた。
鉱山から運び出される大量の石。
それを、ただひたすらに運ぶ。
何のために運んでいるのか。
どこまで運べば終わるのか。
そんなことを考える余裕すらなかった。
朝起きれば、石を運ぶ。
身体が動かなくなるまで、石を運ぶ。
仕事が終われば、わずかな食事を口にして眠る。
そして、また朝が来る。
そんな毎日だった。
女や子供を含む奴隷たちは、狭い小屋に押し込められて暮らしていた。
仕事を終えて小屋に戻ると、ハートがいつもイフを待っていた。
二人で並んで座り、少ない食事を分け合う。
イフは、その時間が何よりも好きだった。
母親と話している間だけは、つらい仕事も、竜人たちへの恐怖も、少しだけ忘れることができたからだ。
ハートは、よく昔の話をしてくれた。
この国が、かつて緑にあふれていたこと。
川には透き通った水が流れ、海はどこまでも青かったこと。
そして、今のイフには想像もできないような食べ物が、世界にはたくさんあること。
「ねえ、お母さん!」
ある日の食事中、イフが目を輝かせて尋ねた。
「ハンバーグ以外には、どんな食べ物があるの!?」
「うーん……いっぱいあるけど……オムライスとか?」
「オムライスって何!?」
「チキンライスに、ふわふわの卵を乗せるの。それで、ケチャップをかけて……すごく美味しいんだよ」
「へぇえ! 全部わかんない!」
「ふふふ……」
ハートは楽しそうに笑った。
「いつか、一緒に食べようね」
「うん! 絶対食べる!」
イフにとって、母親の話す世界は、知らないことばかりだった。
緑豊かな森も、綺麗な海も、食べたことのない料理も。
どれもが夢のような話だった。
けれど、イフは信じていた。
いつかきっと、自分もそんな世界を見ることができるのだと。
ハートは、ときどき父親の話もした。
「イフのお父さんはね、すっごく強くて、優しい人だったんだよ」
「へぇえ! カッコイイ?」
「うん! すっごくカッコイイ人だったよ」
「今はどこにいるの?」
「……今は、ちょっと遠くに行ってるの」
「遠く?」
「うん。いつか、きっと会えるよ」
「へぇえ……どんな人なんだろうなぁ……」
イフは、母親が嘘をついていることに薄々気づいていた。
本当は、もう父親はいないのかもしれない。
そんな気がしていた。
それでも、イフは何も言わなかった。
ハートが自分を元気づけようとしていることを知っていたから。
それに何より、母親と話している時間が大好きだった。
父親がどこにいるのかなんて、そのときのイフには、どうでもよかった。
母親と一緒にいられる。
それだけで、十分だったのだ。




