15.龍の力、竜王
イフはいつも通り、片手にパンを持ちながらプティに勉強を教わっていた。
「イフくん! 今回は能力について知ろう!」
プティは机に身を乗り出し、楽しそうに言った。
その少し離れた場所では、ダラーが酒を片手に本を読んでいる。
……ように見せかけて、実はこっそり二人の話を聞いていた。
「……能力っ!!」
イフの目が輝く。
「そ! 人間が龍から力を授かって、それから人間が龍の力を奪うようになったって話は、もう教えたよね!」
「……うん!」
「よし! いい返事!」
プティは満足そうに頷いた。
「最初はね、龍の力を持った竜人に、人間は負け続けていたの!」
「う、うん……」
「そりゃそうだよね! 竜人は炎を操ったり、水を操ったりできるんだよ。一方、人間が持っていたのは銃や爆弾みたいな兵器だけ」
プティは指を一本立てた。
「もちろん、頑張れば銃で竜人を倒すことだってできる。でも、龍の力っていうのは本当に凄まじいんだ。能力が使えるだけじゃなくて、身体能力まで上がるんだから!」
「え、えぇっ!? そんなに!?」
イフは思わずパンを持つ手を止めた。
「うん! いい反応!」
プティは嬉しそうに笑った。
「人間たちは押される一方でね。つい最近まで、人類滅亡まで本当にあと一歩のところだったんだよ」
「えぇっ!? 滅亡!?」
「うん。でもね、そんな人間たちにも、まだ希望が残されていたの」
「き、希望……」
イフは思わず身を乗り出した。
その瞳には、知りたいという好奇心が輝いていた。
「実はね! 龍の力を持った竜人から、人間へ能力を継承できることが分かったんだ!」
「竜人から!? 能力が!?」
「うん! その通り!」
「ど、どうして分かったの?」
「いい質問だよ、イフくん!」
プティは待ってましたと言わんばかりに胸を張った。
そして、くるりと後ろを振り返る。
「ずばり! 竜人から最初に能力を授かったのは……今そこで酒を飲んでいる、だらしない姿のダラーさんなのよ!」
「お、おぉーっ!!」
プティが指差した先で、ダラーが本を閉じた。
そして腕を組み、どこか誇らしげに胸を張る。
「……プティちゃん? だらしないは余計じゃない?」
しかし、プティは聞こえなかったかのように話を続けた。
「すごいでしょ! イフくん!」
「うん! ダラーって、やっぱり凄いんだねっ!」
イフは目をキラキラさせながらダラーを見つめた。
その視線を受けたダラーは、口元を緩ませる。
「えへへ……。やめろって、お前ら」
まったくやめてほしそうではなかった。
プティはそんなダラーを放って、再び説明を続ける。
「そこから一気に戦況が変わったんだよ! 人間側もダラーさんに続いて、竜人たちに負けずに戦えるようになっていったの!」
「す、すげぇー……!」
イフは感嘆の声を漏らした。
「うん! ただ、竜人の中にもやっぱり、とんでもなく強い人たちがいてね」
プティの表情が少しだけ真剣になる。
「他の竜人たちとは比べものにならないほど強い者たち。私たちは、その11人を『竜王』って呼んでいるの」
「りゅ、竜王……」
聞き慣れない言葉を、イフはゆっくりと繰り返した。
「竜王は全部で11人。基本的には11人で集まっているんだけど、中には独立して、人間を支配しようとしている竜人もいるんだ」
イフの頭は、そろそろパンク寸前だった。
それでも、これから自分が戦うことになるかもしれない相手の話だ。
一言も聞き逃すまいと、必死にプティの話に耳を傾けていた。
「11人の竜王は、それぞれ本当に強い能力を持っている。だから今、私たちは竜王たちを倒すために頑張っているんだよ」
イフは小さく頷いた。
すると、プティはパッと表情を明るくした。
「ちなみに! 私たちの軍は『竜征軍』って呼ぶの!」
「りゅうせいぐん……?」
「そう! 竜を征する軍で、竜征軍! カッコイイでしょ!」
「竜征軍! かっけぇっ!!」
イフは思わず声を張り上げた。
「うん! いつかイフくんも軍に入って、竜人たちをぶっ倒そうね!」
「うん! 絶対入る!」
二人は顔を見合わせて笑った。
その様子を見ていたダラーが、横から口を挟む。
「おいおい。まだてめえはクソガキだ! 軍に入るなんざ、10年は早えな!」
「うん! だから僕、もっと早く強くなるよ!」
「おお、威勢がいいなぁ!」
ダラーはニヤリと笑う。
「……その割には、食べる手が止まってるぞお!」
「えっ?」
次の瞬間。
ダラーはイフの手にあったパンをひったくると、無理やりその口へと押し込んだ。
「ぐおえええぇっ!!」
「ちょ、ちょっとダラーさん!?」
プティが驚いて声を上げる。
しかし、すぐに何かを思いついたように頷いた。
「そうだよ、イフくん! まずはいっぱい食べて! 身体を大きくして、力をつけないと!」
「だははっ! そういうことだ!」
ダラーは豪快に笑った。
「お前くらいの歳で軍に入って、竜人をバンバン倒してた奴を知ってるぞ!」
「えぇっ!? マジで!?」
イフの顔がパッと明るくなる。
「ああ、大マジだ! そいつはもう、竜王を倒す一歩手前まで来てるらしいぞお!」
「そ、そうなのか……!」
イフの瞳に、メラメラと炎が宿った。
負けていられない。
自分だって、いつかは――。
「も、もっと食べなきゃっ!」
イフは慌てて食事を再開した。
「おお! いいぞ! もっと食え!!」
ダラーも負けじと声を張り上げる。
ガツガツ、ガツガツ。
イフは夢中で食べ続けた。
そして、五口ほどパンを口に運んだところで、ふと疑問が浮かんだ。
「……ねえ、ダラー」
「あん?」
「ダラーって、初めて竜人から能力をもらったんだよね?」
ダラーは酒をクイッと一口飲んだ。
「ああ、そうだぞ」
「じゃあさ! 今も龍の力を使えるってこと?」
「ん? まあ、そうだが……」
「見せっ!」
イフが言い切るよりも早く、プティが身を乗り出した。
「見せてあげてください、ダラーさんっ!」
「え、えぇ……?」
「う、うん! 見たい!」
二人から期待の眼差しを向けられ、ダラーは困ったように頭を掻いた。
「そ、そんなに安売りしてねぇよ……」
そう言いながら二人を見てみると。
イフは、今にも飛び跳ねそうなほど目を輝かせている。
一方のプティは、笑顔のまま、
――さっさと見せろよ、殺すぞ。
とでも言いたげな目をしていた。
「はぁ……」
ダラーは深いため息をついた。
「……チラッとだけだぞ?」
「やったあ!!」
イフとプティは大喜びで立ち上がった。
そして三人は、ダラーの家の庭へと向かった。
少し離れた場所に立ち、イフとプティがダラーを見つめる。
ダラーは二人を横目で見ながら、気まずそうに首の後ろを掻いた。
「いいか? 本当に少しだけだからな……?」
「はい! 早く見せてください!」
「うん! 早く見たい!」
「へ、へい……」
ダラーは観念したように息を吐くと、ゆっくりと片手を前へ差し伸べた。
その瞬間だった。
ゴオオオォォォッ!!
轟音とともに、凄まじい炎が噴き上がった。
目の前が、一瞬にして赤く染まる。
燃え盛る業火は、まるで天を焦がさんばかりに高く伸び、周囲の空気を激しく揺らした。
肌を刺すような熱風。
炎の向こうに立つ、ダラーの大きな背中。
イフはただ、呆然とその光景を見つめていた。
言葉が出なかった。
自分を救ってくれた男が、目の前でとんでもない力を振るっている。
これが、龍の力。
これが、自分の知らない世界の力なのか。
イフの胸の奥で、何かが大きく震えた。
そして次の瞬間。
フッ――。
まるで嘘だったかのように、炎は跡形もなく消え去った。
庭には、何事もなかったかのような静けさが戻っていた。
ダラーは何でもないことのように肩をすくめる。
「どうよ! これが、人類最後の希望と呼ばれる人類最強の炎よぉ……!」
「す、すげぇっ!!!」
イフは興奮を抑えきれず、声を張り上げた。
「すごかったね、イフくん!」
プティも嬉しそうに笑う。
二人は顔を見合わせ、興奮した様子で感想を言い合っていた。
その様子を見ていたダラーは、ふと寂しそうに呟いた。
「……お前ら、仲良くなったな」
その声は、二人には聞こえていなかった。
「ねえ、プティ!」
「どしたの?」
「竜人を倒せば、龍の力が使えるようになるの?」
「うん! 基本的には、そうだよ!」
「じゃあ、僕がいつか竜人をぶっ倒せば、あんな炎を出せるのかなっ!?」
プティは少しだけ考えてから答えた。
「炎の力を持った竜人を倒せば、継承できるかもしれないね。でも、そんな竜人はもういないかなぁ……」
「そっかぁ……」
イフは少し残念そうに肩を落とした。
すると、ダラーが豪快に笑った。
「がははっ! まあ、お前が本当の一人前になったら、俺の能力を一部だけ継承させてやってもいいぞ!」
「えぇっ!? そんなこともできるの!?」
イフは目を丸くしてプティを振り返った。
「うん! できるらしいよ!」
「じゃあ欲しいよ! ダラー!!」
「まだ早えって! 本当に強くなったらだ!」
「じゃあ僕、マジで強くなってみせるよ!」
イフは力いっぱい宣言した。
すると、ダラーがふと、何かを思い出したような顔をした。
「……お前」
「……え?」
「ずっと思ってたんだがよ」
ダラーはイフをじっと見つめた。
「自分のこと、『僕』って言うだろ。まずはそれを辞めなきゃな」
「え? 僕……?」
イフは自分の胸を指差した。
「ああ、そうさ!」
ダラーはニヤリと笑う。
「強え奴ってのはな、発する言葉からして強えんだよ!」
そう言うと、ダラーは大きくガッツポーズをした。
「『僕、強くなる!』なんて言ってる奴は、まだまだ三人前だ!」
そして、イフの目をまっすぐに見据える。
「『俺は絶対強くなる!』って、でけえ声で言い切る奴は、本当に絶対強くなるぞ!」
「お……俺……?」
イフは小さく呟いた。
自分の口から出た言葉を、確かめるように。
俺。
今まで、そんなふうに自分を呼んだことがあっただろうか。
イフはゆっくりと顔を上げた。
目の前には、笑いながら自分を見つめるダラーがいる。
その隣には、優しく微笑むプティがいる。
イフは大きく息を吸い込んだ。
そして――。
「俺は!! 絶対強くなるっ!!」
庭いっぱいに、少年の声が響き渡った。
一瞬、ダラーは目を丸くした。
だが、すぐに口元を大きく歪める。
「だははっ! その意気だ、クソガキっ!!」
「だーはっはっ! 俺は強いぞぉ!!」
イフは両手を握りしめ、得意げに叫んだ。
「だはははっ! 俺の真似かよ! いいぞ、クソガキ!」
二人は顔を見合わせ、腹を抱えて笑った。
その姿を見て、プティも思わず頬を緩ませる。
――本当に、仲良くなったなぁ。
そんなことを思いながら、二人の笑い声に耳を傾けていた。
かつて、何も持たなかった少年。
生きるために耐え、失ったものを取り戻すために強さを求めていた少年。
その少年が今、自分の意志で未来を語り、大声で夢を叫んでいる。
その声は、まだ幼く、頼りない。
けれど。
いつか本当に強くなるのだと。
そう信じたくなるような、真っ直ぐな声だった。
これ以降
イフくんは「俺」と言うようになりますが
たまに間違えて「僕」って書いてるかもしれないです。
僕って言ってたら言ってください。
謝ります。




