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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第4章 キリ・フラッシュ
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116.雪原



氷の城、最奥部。


静寂に包まれた巨大な玉座の間。


壁も、床も、天井も、すべてが氷で覆われていた。


青白い光が氷壁の内側を走り、室内を冷たく照らしている。


その最奥部。


氷で造られた玉座に、一人の男がふんぞり返っていた。


氷の竜王、ヘル。


その傍らには、側近のスリュムが控えていた。


「なあ……スリュム……」


ヘルが気の抜けた声で呼びかける。


「……なんだ? 馬鹿面しやがって」


スリュムは呆れたように答えた。


「いや……前に言ってた軍の奴ら……来なくね?」


「……あ?」


ヘルの言葉に、スリュムが顔を上げる。


「……あぁ、確かに」


思い返せば、侵入してきた軍の人間を逃がしてから、しばらく経っていた。


ヘルは腕を組み、うんうんと頷く。


「やっぱり俺らに恐れてビビってるんだって!!」


そして、何かを思いついたように顔を輝かせた。


「あー、やっぱり俺らの方から動いてやるべきなんじゃねーの?」


「……いや、違うな」


スリュムが即座に否定した。


「……あ?」


ヘルが眉をひそめる。


スリュムは腕を組み、冷静な口調で続けた。


「おそらく、軍の人間の中に相当頭の切れる奴がいるな」


「……なにぃ?」


「俺たちの居場所を知られた以上、正面から突っ込んでくるとは限らねぇ。何かしら策を練ってるはずだ」


スリュムは口元をわずかに吊り上げた。


「近いうちに攻めてくるのは間違いないと思うぜ?」


「ほぉ……」


ヘルは玉座に深く腰掛け直した。


そして、ニヤリと笑う。


「なんか、もし来たら楽しめそうだな」


「くかははっ! そうだな、ヘル!」


「ふはははははっ!!」


二人の笑い声が、氷の城に響き渡った。


まるで、これから始まる戦いなど恐れていないかのように。


いや、彼らにとっては、ようやく退屈が終わるだけなのかもしれなかった。





***





北の国、雪道。


一面の銀世界。


視界の先まで雪原が広がり、吹きつける風が容赦なく隊員たちの体温を奪っていく。


ザクッ、ザクッ、ザクッ。


無数の足音が、深い雪を踏みしめる音となって響いていた。


総勢五百六十名。


竜征軍の隊員たちが、氷の竜王の待つ城を目指して進軍していた。


全員が分厚い防寒着を身にまとい、背中には大きな荷物を背負っている。


しかし、それでも寒さは防ぎきれない。


白い息が絶え間なく吐き出され、隊員たちの頬や鼻は寒さで赤く染まっていた。


「さ……寒いっ!!」


その中で、イフが情けない声を上げた。


何枚も上着を重ね着しているにもかかわらず、唇は小刻みに震えている。


「黙って歩けよ、馬鹿野郎」


隣を歩くラクが、呆れた顔で言い放った。


「だ、だって……!」


「だってじゃねぇよ。まだ目的地にも着いてねぇだろうが」


「うぅ……」


イフは肩をすくめ、首を縮めた。


吐き出した息が白く染まり、すぐに風に流されていく。


この寒さの中、あと何日歩かなければならないのか。


そう考えるだけで、気が遠くなりそうだった。


「ちょっといいかい?」


そのとき、イフの背後から男の声がした。


「……ん?」


イフとラクが同時に振り向く。


そこに立っていたのは、第二部隊隊長のキランだった。


「……君がラク……だね?」


「あぁ、そうだ。お前はたしか、第二部隊の……」


「あぁ。キランという。よろしく」


そう言って、キランが右手を差し出した。


ラクはその手を握り返す。


「ラク。君の活躍はサブから聞いたよ。時の竜王をたった一人で倒したんだって?」


「あぁ、そうだ」


ラクはあっさりと答えた。


「氷の竜王討伐戦に参加してくれて、非常に嬉しいよ」


「……ん? お前が作戦を決行したのか?」


ラクが首を傾げる。


「あぁ。責任者はサブだが、氷の竜王の居場所を特定したのは我々の班員だ」


「……ほぉ、なるほど」


ラクは納得したように頷いた。


なるほど、ただ人数を集めて攻め込むだけの作戦ではないらしい。


敵の居場所を突き止め、討伐のための道筋をつけた人間がいる。


その一人が、目の前の男なのだ。


「そんな君が参加してくれるなんて、心強すぎるよ」


「……あぁ。サブとぶっ殺すよ」


ラクはいつもの調子で答えた。


キランは思わず苦笑する。


「ははっ。ありがとう。僕は戦績の数なら負けないが、何分、能力が戦闘向きじゃないからね」


「そうなのか? 第二部隊の隊長だから、てっきりクソ強ぇのかと」


「うん。だが、必ず役に立つ」


キランは迷いなく言い切った。


その口調には、自分の能力が戦闘向きではないことを理解したうえで、それでも果たすべき役割があるという自信が感じられた。


「そうか……。お互い頑張るか」


ラクが短く答える。


「あぁ。……必ず奴を倒そう」


キランの言葉に、ラクは静かに頷いた。


「………………」


その横で、イフは二人の会話を黙って聞いていた。


竜王の居場所を突き止めた者。


数々の戦いを経験してきた者。


それぞれが自分の役割を理解し、この作戦に参加している。


自分もまた、その一人だ。


イフは一度、俯いた。


防寒着の袖を握りしめる。


寒さで震える手。


まだ、竜王との戦いを前にして不安がないわけではない。


それでも。


イフはゆっくりと顔を上げた。


目の前には、どこまでも続く雪道。


その先には、氷の竜王が待っている。


(俺も……頑張らなきゃっ!)


イフは胸の内でそう誓い、再び一歩を踏み出した。


ザクッ。


その足音は、仲間たちの足音に紛れて消えていった。

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