115.襲撃前夜
本部、会議室。
長方形のテーブルを囲むように、イフ、サブ、ラク、エーズ、そしてキリの五人が座っていた。
テーブルの上には、北の国に関する資料が広げられている。
明日はいよいよ、氷の竜王討伐作戦。
その前夜、五人は最後の作戦確認を行っていた。
「……いいか。作戦決行は明日だ」
サブが静かに口を開いた。
いつものように落ち着いた声だったが、その表情には普段以上の緊張感が漂っていた。
「もう一度、作戦内容を伝える」
そう言って、サブはキリに視線を向けた。
「……キリ。頼んだ」
「…………うん」
キリは小さく頷くと、手元の資料に目を落とした。
そして、一度だけ息を整え、口を開く。
「…………作戦名は、『氷の竜王討伐作戦』」
その言葉を合図に、四人の視線がキリへと集まった。
「……作戦参加人数は、私たちを含めて五百六十名。……敵の総数は不明……。推測では、二百人前後と予想される」
「……二百人……」
イフがポツリと呟いた。
五百六十人。
数字だけを見れば、決して少なくない戦力だ。
しかし、相手は竜王。
これまでの戦いを思い返せば、単純な人数の差だけで勝敗が決まる相手ではない。
「竜王の居場所は、壊滅した北の国にある氷の城……。奴はそこにいる」
「……氷の城なんて、物騒なもん造るな……」
ラクが呆れたように呟いた。
「……ここから目的地までは、三日かかると推測される」
「「三日!? 三日もかかるのか!?」」
イフとエーズが、ほとんど同時に声を上げた。
そしてサブが代わりに答えた。
二人の反応を見ても、キリの表情は変わらない。
「あぁ。北の国は、竜王の力による寒冷化が凄まじい。気温の低下に加え、地形も変化している。そのため、北の国では飛行機や車も使えない」
「……ま、まじか」
エーズが思わず声を漏らした。
「一番近い地点まで船で向かう。そのあとは徒歩だ」
「三日……歩きっぱなしってこと?」
イフが確認するように尋ねた。
「推測だが、それ以上かかる可能性もある」
「……まじか」
イフの顔が引きつった。
「ほぼ氷山みたいな場所だ。五百六十名で向かうと言ったが、目的地に着くまでに何人か倒れているだろうな」
「…………」
イフは思わず息を呑んだ。
戦う前から、仲間が倒れていく。
それほどまでに過酷な場所なのだ。
しかも、その先には氷の竜王が待ち受けている。
「ははっ……。そのあと、戦うのかよ……」
ラクが乾いた笑いを漏らした。
冗談めかした口調だったが、その目は笑っていなかった。
「……あぁ」
サブが短く答えた。
そして、仲間たちを見渡す。
「……だが、俺とラクは竜王討伐に成功してる」
「…………」
ラクは何も言わず、サブの言葉を聞いていた。
二人は知っている。
竜王との戦いが、どれほど過酷なものなのかを。
それでも、退くつもりはなかった。
サブは静かに息を吐くと、改めて口を開いた。
「……この戦い、死んでも俺らが勝つぞ」
一瞬、会議室が静まり返った。
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
「……おう」
ラクが短く答える。
「……うん!」
イフが力強く頷いた。
「……はいっ!」
エーズも声を張り上げた。
キリは小さく頷き、再び資料へと目を落とした。
明日から始まる戦い。
誰もが、無事に帰ってこられる保証などないことを理解していた。
それでも、進むしかない。
氷の竜王を討伐するために。
五人はそれぞれの思いを胸に、決戦前夜を迎えていた。
***
会議が終わり、五人は次々と会議室を出ていった。
明日の出発に備え、各々が準備に取り掛かろうとしていた。
キリも資料をまとめ、会議室を出ようとする。
「……キリっ!」
背後から声がした。
「…………?」
キリが振り返る。
そこには、少し言いづらそうな顔をしたイフが立っていた。
「……あ、あの……」
イフは口を開きかけたものの、その先が続かなかった。
キリは何も言わず、イフを見つめている。
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
やがて、イフが意を決したように尋ねた。
「……大丈夫?」
「………………」
キリは答えなかった。
ただ、じっとイフの顔を見つめていた。
その視線を受けながら、イフは気まずそうに目を泳がせる。
何を聞きたいのか。
キリには、なんとなくわかっていた。
それでも彼女は、あえて首を傾げた。
「……なにが?」
「い、いや……その……」
イフは言葉に詰まった。
何と言えばいいのか、自分でもうまく整理できていなかった。
ただ、気になっていた。
明日の作戦が、キリにとってどんな意味を持つのか。
そして、彼女が今、何を思っているのか。
けれど、うまく聞き出すことはできなかった。
キリはそんなイフを見つめたあと、静かに口を開いた。
「……イフは自分の心配をした方がいいよ」
それだけ言うと、キリは踵を返した。
「…………」
イフは何も言えず、その背中を見送った。
キリの足音が、廊下の向こうへと遠ざかっていく。
やがて、その音も聞こえなくなった。
イフはしばらく、その場に立ち尽くしていた。




