113.緊急隊長会議②
本部、会議室。
その一室には、竜征軍の隊長たちが勢揃いしていた。
今回の会議を招集したのは、第二部隊隊長。
キラン・E・ケメンディ。
北の国出身の人間であり、氷の竜王によって壊滅させられた故郷を復旧させるため、長年にわたって奴の行方を追い続けてきた男だった。
そして、その場には当然、サブの姿もあった。
隊長たちが席につき、会議室が静まり返る。
キランは一同を見渡すと、ゆっくりと口を開いた。
「集まってもらってありがとう、皆」
一度、言葉を区切る。
「……僕たち第二部隊は、北の国を壊滅させ、国土を氷で埋め尽くした氷の竜王の所在を……ずっと調査してきた」
隊長たちの視線が、一斉にキランへと集まった。
サブもまた、腕を組んだまま黙って話を聞いていた。
「それで今回の調査で、僕の部下である調査隊員が、部隊とはぐれてしまったんだ」
「………………」
誰も口を挟まない。
「北の国は、極限にまで寒冷化されている。そんな場所で人間が一人、はぐれたんだ。生存は絶望的かと思われた……」
キランの表情が、わずかに曇る。
「それでも僕たちは調査を続けながら、その隊員の行方を探した。そして……なんとか見つけることができたんだ」
彼はそこで一度、息をついた。
「……察しがついている人もいるだろうが」
キランは隊長たちを見渡した。
「その調査隊員が、氷の竜王の居場所を特定した」
「……おおっ!」
「ついにか!」
会議室に、ざわめきが広がった。
椅子から身を乗り出す者もいれば、隣の隊長と顔を見合わせる者もいる。
長年、正体も居場所も掴めなかった敵。
その所在が、ついに判明したのだ。
「ああ。長い調査の末、ようやく見つけることができた」
キランは力強く頷いた。
そのとき。
サブが、小さく片手を上げた。
「……ん? どうした、サブ?」
「氷の竜王はどこにいるんだ?」
「……話が早いね、サブは」
キランはそう言うと、持参していた一枚の写真をテーブルの中央に叩きつけた。
バンッ!
「この氷の城に! 奴はいるっ!」
「……氷の城?」
隊長たちが、写真を覗き込む。
そこに写っていたのは、巨大な氷の城だった。
天を突くような尖塔。
鋭く伸びた氷の装飾。
城全体が冷気をまとっているかのような、異様な光景。
自然にできた氷の造形物とは思えない。
まるで、誰かが人間の恐怖を形にしたかのような城だった。
その場にいた誰もが、同じことを思った。
――なんて悪趣味な城だ。
「この写真は、その調査隊員が撮影したものだ。間違いなく、奴はそこにいる!」
キランは拳を握りしめた。
「今こそ、氷の竜王を攻めるときだ! 奴だけは……必ず殺さなくてはならないっ!」
故郷を奪われた男の声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
しかし。
「……キラン、落ち着け。俺の質問はまだ途中だ」
サブの冷静な声が、会議室に響いた。
「……っ! ……な、なんだ?」
キランが振り返る。
サブはテーブルの写真を見つめたまま、淡々と口を開いた。
「確かに……いかにも悪趣味な城だ」
そこで一度、言葉を切る。
「……だが、何故、氷の竜王がそこにいると断言できる?」
「ああ、それで……その調査隊員は、氷の城の内部にまで侵入できたんだ」
「なに? 氷の竜王と接触したのか?」
「いや。接触したのは、側近の竜人だと聞いている」
その言葉に、再び周囲がざわついた。
氷の城。
そこにいた竜王の側近。
調査隊員が実際に城の内部まで侵入し、その存在を確認したという。
氷の竜王がそこにいるという情報は、かなり確度の高いものに思えた。
だが。
「……いや、待て」
サブが再び声を上げた。
ざわめきが止まる。
「……確かに、奴が氷の軍団を率いているという情報はある。側近がいても、おかしくはねぇな」
「……な、なんだ? サブ。まさか、ここまで情報が揃っているのに、竜王がいない可能性があるとでも言うのか?」
「いや、そうじゃねぇ」
サブは首を横に振った。
「俺が言いたいのは……よく、その側近と接触して逃げきれたなってことだ」
「……ん? 何が言いたいんだ?」
「氷の軍団……。北の国を氷で埋め尽くし、壊滅させた脅威の存在だ」
サブは写真から目を離さなかった。
「その竜王の側近ともなれば、実力も相当なもんだろう。そんな奴がいる城に侵入して、無事に帰ってこられるもんかね」
「……た、確かにそう思うが」
「……俺は、これを罠だと思ってる」
「……なに!?」
会議室の空気が、一瞬で変わった。
サブはようやく顔を上げ、周囲を見渡した。
「北の国を壊滅させて、こんな悪趣味な城まで造ってる連中だ。まともな考えを持ってるとは思えねぇ」
一呼吸置く。
「……竜征軍の人間をなるべく大勢引きつけて、まとめて殺す。それが奴らの魂胆なんじゃねぇか?」
「…………な、なんだと……」
キランは歯を食いしばった。
せっかく掴んだ、氷の竜王の居場所。
長年の調査が、ようやく実を結んだのだ。
それなのに、目の前の男は、その情報そのものを疑っている。
「じゃ、じゃあ! 居場所が分かったのに、攻め込まないとでも言うのか!!」
キランの声が会議室に響き渡った。
「そうじゃねぇ、キラン。落ち着け」
「……っ!」
サブは声を荒らげることなく、静かに続けた。
「この竜王と、その軍団。分かっているのは、全員が氷の能力者だってことくらいだ。それ以外の情報は、ほとんどねぇ」
サブはテーブルに置かれた写真を指で叩いた。
「相手の能力も、戦力も、どこまでのことができるのかも分からねぇ。そんな奴らの本拠地に攻め込むんだ」
そして、隊長たちを見渡す。
「やるなら、相当な戦力を揃える必要があるだろうな」
「ああ……だからこそ、こうして今……」
「……キラン」
サブが言葉を遮った。
「お前も当然、討伐に行くんだろ?」
「…………当然だ」
キランは迷いなく答えた。
その目には、故郷を奪った敵への怒りが燃えていた。
「……そうか」
サブは小さく頷いた。
「じゃあ、今すぐってわけにはいかねぇな」
「……っ、なに!?」
「氷の竜王との戦いがどうなるかは分からん。だが、お前の力は必須だ」
「……ああ」
「それに、お前は調査に出ていて知らないと思うが……俺の班は、時の竜王と嵐の竜王の討伐に成功した」
「……なんだと!? そうなのか!?」
キランが目を見開いた。
周囲の隊長たちも、改めてサブに視線を向ける。
時の竜王と嵐の竜王。
いずれも、竜征軍にとって無視できない脅威だった存在だ。
「おう。つい二ヶ月ほど前にな……」
サブは淡々と答えた。
「ただ、その戦いで負傷者も結構出てる。まだ完全に回復していない隊員もいるだろう」
「そんなことが……!」
キランは驚きを隠せなかった。
「それに……」
サブはキランの顔を見た。
「お前自身も、調査から帰ってきたばかりだろ。疲れきってるじゃねぇか」
「……っ!」
キランは言葉に詰まった。
確かに、長期間に及ぶ北の国での調査は過酷だった。
極寒の地を歩き続け、危険と隣り合わせの調査を続けてきた。
ようやく故郷を取り戻すための手掛かりを掴んだというのに、ここで休めと言われているのだ。
悔しくないはずがなかった。
それでも。
「…………」
キランは拳を握りしめ、押し黙った。
サブの言っていることが正しいと、理解していたからだ。
「……くっ! ……じゃ、じゃあ……」
キランが、絞り出すように口を開いた。
「……決戦は……」
「……ああ」
サブは頷いた。
そして、会議室にいる全員へと視線を向けた。
「決戦の日取りは、これから細かく話し合う。だが、大まかな予定は決めておく」
サブは、テーブルの上に置かれた氷の城の写真を見下ろした。
「……一ヶ月だ」
その場にいた全員が、息を呑んだ。
「一ヶ月後。竜征軍総出で、氷の竜王の本拠地を襲撃するぞ」
その言葉を最後に、会議室は静まり返った。
誰もが、目の前の写真を見つめていた。
氷に覆われた城。
その奥に、氷の竜王がいる。
長い年月をかけて追い続けてきた敵が、ついに手の届く場所にいるのだ。
しかし、サブの言葉が頭から離れない者もいた。
――これが罠だったら?
もし、あの城が竜征軍をおびき寄せるための餌だったとしたら。
一ヶ月後、彼らは自ら敵の懐へと飛び込むことになる。
それでも、進むしかなかった。
北の国を取り戻すために。
これ以上、竜王たちの脅威を放置しないために。
そして、これまでに失われた命に報いるために。
サブは、写真に写る氷の城をじっと見つめていた。
表情は変わらない。
だが、その頭の中では、すでに幾通りもの戦いが組み立てられていた。
敵の能力は分からない。
戦力も分からない。
罠である可能性も、否定できない。
――だからこそ、考えなければならない。
どんな敵が待ち受けていようと、勝つために。
サブは静かに目を細めた。
一ヶ月後。
竜征軍と氷の軍団が、激突する。
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