112.緊急隊長会議①
ーーー翌日。
街中を、一台の車が走っていた。
運転席にはラク。
助手席にはエーズ。
そして後部座席には、イフが座っていた。
どうやら、任務を終えて本部へ戻る途中らしい。
「今回の任務は、復帰後にはちょうどよかったな」
ハンドルを握りながら、ラクがぽつりと呟いた。
「そっすね! あんまり強くない竜人でしたし!」
エーズも、助手席から気楽な調子で応じる。
今回の任務は、復帰したばかりの二人にとって、身体を慣らすにはちょうどいい相手だった。
……もっとも。
「全部、二人でやってたけどなあ……」
後部座席から、イフがぼそりと呟いた。
「いいなあ、二人とも能力持ってて、それを使いこなせてて……。俺も早く前線に立って戦いたいなあ」
イフは窓の外へ視線を向けながら、小さく息を吐いた。
仲間たちが当たり前のように戦っている姿を見るたび、自分との差を思い知らされる。
もちろん、自分だって何もしていないわけではない。
少しずつではあるが、成長している実感もある。
それでも、まだ足りない。
もっと強くなりたい。
仲間たちの隣に、胸を張って立てるようになりたい。
そんな思いが、イフの胸の中でくすぶっていた。
「ま、まあ! イフはこれからだよ!」
エーズが慌ててフォローする。
「……うぅ、慰めが辛い……」
「…………」
ラクは前を向いたまま、二人のやり取りを黙って聞いていた。
しばらく、車内にはエンジン音だけが響く。
やがて、ラクが口を開いた。
「…………最初は」
「……ん?」
イフが顔を上げる。
「サブは最初……お前を任務に出すことすら躊躇してたぜ」
「え? ……うん」
イフは、以前のことを思い返すように頷いた。
確かに、あの頃の自分は戦力と呼べるような存在ではなかった。
任務に出ることすら危うい。
それが、周囲から見た自分の実力だった。
「それが今じゃ、俺らの付き添いぐらいだが、任務に出てるじゃねぇか」
ラクは前を向いたまま、淡々と続ける。
「……うん」
「最初よりかはマシになったんじゃねぇか?」
「…………」
イフは、ふと顔を上げた。
そして、バックミラー越しにラクの顔を見る。
ラクは相変わらず、前方を見据えて運転していた。
その横顔からは、いつも通りのぶっきらぼうな雰囲気しか感じられない。
けれど。
イフには、なんとなく分かった。
(……ああ。これ、励ましてくれてるんだ。)
真正面から褒めるのは気恥ずかしいのかもしれない。
それでも、今の自分を認めてくれている。
そう思うと、イフの胸の奥が少しだけ温かくなった。
「……へ、へへ」
「……なんだよ」
「ありがと……ラク。俺、もっと頑張る」
「言っとくけど褒めてねぇからな!」
「ははははは!」
エーズの笑い声が車内に響き渡る。
ラクは鬱陶しそうに眉をひそめ、イフは照れくさそうに笑った。
車はそのまま、街の中を走り続けていた。
***
竜征軍本部。
その一室では、サブとキリが過ごしていた。
「………皆は、そろそろ任務が終わって帰ってきてる頃かな」
キリが、ぽつりと呟く。
「……ん? あぁ、そうじゃないか?」
サブは手元の資料から目を離し、軽く相槌を打った。
「………………」
「………………」
二人の間に、穏やかな沈黙が流れる。
以前なら、こうして誰かの帰りを待つ時間も、キリにとってはどこかあまり興味がないものだったかもしれない。
だが今は違う。
イフたちと過ごす時間が増え、少しずつ仲間との距離も縮まってきた。
そんなキリの変化を、サブも感じ取っていたのだろう。
やがて、サブが口を開いた。
「……キリ。最近、皆と仲良くなってるようで俺は嬉しいぞ?」
「…………やめてよ……」
キリは、照れくさそうに顔をそらした。
「ははっ。前まで俺としか話せなかったのになぁ」
サブは椅子の背もたれに体重を預け、どこか懐かしむように笑った。
そして、ふと思い出したように続ける。
「……これもイフのおかげかもな」
「……またイフ?」
キリが少し不満そうに聞き返す。
「あぁ。あいつが来てからなんだが、雰囲気が良い。ラクも前より笑うようになった気がするぞ」
「…………」
キリは何も言わなかった。
けれど、イフが加わってからの部隊の様子を思い返しているのか、その表情はどこか穏やかだった。
イフは、決して何でもできる人間ではない。
戦闘では仲間に助けられることも多く、まだまだ未熟な部分もある。
それでも、イフがいるだけで場の空気が変わる。
サブも、そう感じているのだろう。
「ははっ。もうちょい強くなってくれたら、文句は一切ないんだがなぁ」
「……私もそう思う」
「……ははっ」
サブは小さく笑った。
二人の間には、再び穏やかな空気が流れる。
――その時だった。
バンッ!!!
突然、扉が勢いよく開かれた。
「……ん?」
サブとキリが、ほぼ同時に振り向く。
そこに立っていたのは、第二部隊隊長。
キラン・E・ケメンディだった。
「……はあ、はあ……」
肩を上下させ、荒い呼吸を繰り返している。
普段とは明らかに様子が違った。
「おぉ! キラン! 帰ってきてたのか!」
サブが声をかける。
「サブっ! 少し来てくれないか!?」
キランは息を整える間もなく、サブへと声をかけた。
「……ん? どうした?」
サブが尋ねる。
すると、キランの表情がわずかに引き締まった。
「……緊急隊長会議だ」
「…………!」
その瞬間。
サブの顔から、先ほどまでの穏やかさが消えた。
緊急隊長会議。
それは、隊長たちが急いで集まらなければならないほどの事態が起きたことを意味していた。
隣にいたキリも、驚いたように目を見開く。
「……あの人って、北の国をずっと調査してる……」
キリはキランを見つめながら呟いた。
北の国。
現在、キランが調査を続けている場所だ。
その調査に関係する何かが起きたのだろうか。
サブは一瞬だけ考え込むような表情を浮かべたが、すぐに顔を上げた。
「……すぐ向かう」
そう言って、立ち上がろうとした、その時。
「………わ、私も!」
キリが声を上げた。
だが、キランはすぐさま首を横に振った。
「いえ! レディはそこに居て下さい!」
「……え?」
キリは思わず聞き返した。
「…………緊急隊長会議……ですので」
キランはそう言いながら、サブへ視線を向けた。
「……いや、でも」
キリが何かを言おうとする。
しかし、その言葉を遮るように、サブが口を開いた。
「……キリ」
「…………!」
キリは即座にサブへ視線を向けた。
サブは、いつもと変わらない落ち着いた表情でキリを見つめていた。
「…………すぐ戻る」
短い言葉だった。
けれど、キリを安心させるには、それで十分だったのかもしれない。
「…………」
キリは何も言わなかった。
サブはそのままキランのもとへ駆け寄る。
「行こう」
「あぁ!」
二人は足早に部屋を出ていった。
バタン。
扉が閉まる。
「……………………」
残されたキリは、静まり返った部屋の中で、しばらくその扉を見つめていた。
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