108.キングの探してる人
「俺ぁ、お前を探してたんだよ……」
キングは口元に笑みを浮かべながら言った。
「……なに?」
サブが眉をひそめる。
「……え!? 探してる!?」
イフも驚いたように声を上げた。
「さ、探してる人ってサブだったの!?」
「……ん?イフ…こいつから何か聞いてたのか?」
「あ、うん! 軍の人間で探してる人がいるって」
「…………探してる……だと?」
サブはキングから視線を外し、ゆっくりと振り向いた。
「……俺に、なんの用なんだ……?」
その瞬間だった。
「……!?」
振り向いた先に、キングの姿はなかった。
「……なに!?」
一瞬、思考が止まる。
つい先ほどまで、確かに目の前にいたはずだ。
どこへ消えた?
「……!? サブ! 後ろだ!!」
イフの叫び声が響く。
サブが振り向くよりも早く、背後の影が不気味に揺らいだ。
そこから、キングが姿を現す。
「……なっ!!」
キングはサブの身体を、背後からがっしりと抱き込んだ。
逃がすまいとするように、両腕に力を込める。
「……少し手荒だが、傷つけやしねぇよ……」
キングはそう言うと、足元の影へと沈み始めた。
サブの身体も、それに引きずられるように沈んでいく。
まるで、地面そのものが二人を飲み込んでいるかのようだった。
「サブーーーっ!!」
イフの叫び声が響き渡る。
だが、手を伸ばす間もなかった。
二人の姿は、影の中へと完全に消え去った。
その場には、何事もなかったかのように、イフだけが取り残された。
***
影の中
「…………!?」
サブは目を見開いた。
視界に広がるのは、果てしない闇。
上も下も、右も左もわからない。
地面があるのかすら判然とせず、周囲には何ひとつ目印がない。
ただ、どこまでも黒い空間が続いていた。
(……視界を奪われたか?)
サブはそう考えた。
キングの能力によって、視界をゼロにされた可能性がある。
だが、すぐに違和感を覚えた。
サブは自分の手を目の前にかざす。
指の一本一本まで、はっきりと見える。
「……見えるっ」
視界を奪われたわけではない。
ならば、ここはどこだ?
サブは周囲を見回した。
どれだけ目を凝らしても、闇の向こうに何かが見えることはない。
「……影の……中か!?」
「お見事……さすがだよ」
闇の中から、声が返ってきた。
「……!!」
サブは即座に声のした方向へ振り返る。
そこには、キングが立っていた。
いつからそこにいたのか。
気配を探ろうにも、周囲の異様な空間がそれを許さない。
「お前はずっと後ろにいるな……」
サブはキングを見据えたまま、冷静に言った。
キングは楽しそうに笑う。
「ははっ。ここじゃ、お前の重力は通じねぇぞ?」
「……なんだと?」
サブの目が細くなる。
自分の能力が通じない。
それが事実なら、ここは自分の知る物理法則とは異なる空間なのか。
サブは頭の中で状況を整理しながらも、警戒を緩めなかった。
「警戒すんなって。話を聞いてもらうために、この世界に入れたんだよ」
「…………」
サブは答えない。
目の前の男が何を考えているのか、まだ何ひとつわからない。
敵意があるのか。それとも、本当に話をしたいだけなのか。
判断するには、情報が足りなかった。
「…………」
「…………」
しばらくの間、二人は闇の中で向かい合っていた。
沈黙が続く。
やがて、先に口を開いたのはサブだった。
「俺を……探してたっつったな」
「……あぁ、そうだ」
「俺はお前に会ったことはないんだが……」
「そうだな。少し話を聞いてほしくてな」
「話とはなんだ?」
「ははっ。落ち着けって」
キングは笑いながら、腕を組んだ。
「自己紹介がまだだったな……。俺はキングだ。キング・クワッズという」
「…………」
サブは黙って続きを促した。
キングは一度、間を置く。
そして、何でもないことのように告げた。
「……お前らは俺のことを影の竜人って言ってるが、『闇の竜王』……と呼ばれてる」
「……なに!?」
サブの目が見開かれた。
竜王。
それは、これまで幾度となく竜征軍の前に立ちはだかってきた、規格外の存在。
その竜王が、今、自分の目の前にいる。
サブは即座に身構えた。
先ほどまでの会話は、もう頭から消えていた。
相手が本当に竜王なら、いつ襲いかかってきてもおかしくない。
だが――。
「はははっ! 落ち着けって!」
キングは、そんなサブの反応を面白がるように笑った。
「…………」
サブは無言でキングを睨みつける。
「…………ははっ!」
キングは相変わらず、どこか余裕のある表情を浮かべていた。
目の前の男は、こちらが警戒していることなど気にも留めていない。
それどころか、サブの反応を楽しんでいるようにさえ見えた。
「竜王が……俺に話?」
サブが低い声で尋ねる。
「あぁ、そうだ」
「…………」
サブはキングの一挙手一投足を見逃さないよう、視線を向け続けた。
竜王が自分を探していた。
その事実が、どうにも理解できなかった。
「はぁ……。いいか? サブ・ストレート……。俺の話をよおく聞けよ?」
「…………」
キングの声から、わずかに笑いが消えた。
「俺はな……竜王なんて呼ばれちゃいるが、他の竜王とは違う」
「……どういうことだ?」
「他の奴らが勝手に俺の強さを見て竜王って言ってるだけだ。俺は地位も名誉も興味がない」
「……なに?」
サブは眉をひそめた。
竜王という地位に興味がない。
では、なぜこの男は竜王と呼ばれるほどの力を持ちながら、今まで表立って動いてこなかったのか。
いや、そもそも――。
この男は、何を目的に生きている?
サブの疑問をよそに、キングは静かに言葉を続けた。
「気に食わねぇんだよ……。今の世界がよ」
「………………」
サブは依然として警戒を解かなかった。
今の世界が気に食わない。
その言葉だけでは、何もわからない。
世界を変えたいのか。
それとも、世界そのものを壊したいのか。
キングの表情からは、その真意を読み取ることができなかった。
「まあ……あれだよ……」
キングはサブの様子を見て、少し困ったように頭をかいた。
どうやら、思うように話が進まないらしい。
「………………」
「………………」
再び、沈黙が落ちる。
キングは何かを考えるように黙り込み、やがて小さく息を吐いた。
「……今回は……助言だけしといてやる……」
「……ん?」
「あぁ、話はその後だ」
「…………」
サブは黙ってキングを見つめた。
助言。
わざわざ自分を探し出し、こんな空間に連れ込んでまで伝えたいことがあるというのか。
キングは、ゆっくりと口を開いた。
「……『ラー』はもうすぐ戦争を起こすぞ」
「……はあ!? なんだと!?」
サブの表情が一変した。
ラー。
その名を聞いた瞬間、サブの意識は目の前の男へと強く引き戻された。
「間違いない……。奴は着実に力を付けてる」
「ど、どういうことだっ!」
サブは思わず声を荒らげた。
ラーが戦争を起こす。
それが事実なら、竜征軍だけの問題では済まない。
多くの国が巻き込まれ、数え切れないほどの人間が犠牲になる可能性がある。
だが、キングはそれ以上の説明をしようとはしなかった。
「……話はその後にした方が良さそうだ」
「………………」
サブは言葉を失った。
目の前の男は、何かを知っている。
それも、竜征軍がまだ掴んでいない情報を。
「その方が信頼してくれるかなと思ったからな」
キングは、再びいつもの調子で笑った。
「お前……さっきから何が言いたいんだ」
サブが睨みつける。
キングはその視線を受け止めながら、口元を緩めた。
「ははっ。じゃあな、サブ・ストレート!」
「……!?」
その瞬間だった。
闇の世界に、光が差し込んだ。
黒一色だった空間が、足元からゆっくりと白く染まっていく。
「……なっ!! これは!」
サブは周囲を見回した。
空間そのものが、消えようとしている。
「……また会おう。サブ・ストレート」
キングは、最後まで余裕のある笑みを浮かべていた。
そして――。
「……お前は死ななそうだ」
「……なっ!? 待て! てめぇ!!」
サブが叫ぶ。
だが、その声が届くよりも早く、キングの姿は光の中へと溶けていった。
***
「……っ!!」
サブは目を見開いた。
次の瞬間、気づけば元の世界に立っていた。
周囲には、先ほどまでと変わらない景色が広がっている。
まるで、今までの出来事が一瞬の幻だったかのように。
「サ、サブっ!!」
イフが慌てて駆け寄ってきた。
「ど、どこ行ってたんだ!? 突然、俺の後ろから出てきて……!」
「…………」
サブはすぐには答えなかった。
ゆっくりとイフに視線を向ける。
そして、その背後へと目をやった。
(……どうやら、イフの影の中から出てきたらしいな)
キングが現れた場所。
自分が戻ってきた場所。
そこから考えれば、おそらくそういうことなのだろう。
「サブっ! あいつは!? キングはどこだ!?」
イフが周囲を見回しながら尋ねる。
「…………」
サブも周囲に目をやった。
だが、キングの姿はどこにもない。
気配すら感じられなかった。
どうやら、すでにどこかへ行ってしまったらしい。
「……なんなんだ……あいつは……」
サブは小さく呟いた。
頭の中で、キングの言葉が何度も繰り返される。
闇の竜王。
自分を探していた理由。
そして、最後に告げられた言葉。
『ラーはもうすぐ戦争を起こすぞ』
「…………どういうことだ……」
サブの呟きが、静かにその場へ落ちた。
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