107.vs影の竜人
「驚いた……。本当に竜人がいたとは……」
サブがイフのもとへ歩み寄る。
「俺の勘も、ここまで来るとすげぇな……」
そう呟くサブの足元では、キングが地面に叩き伏せられていた。
サブの能力――重力。
その力によって、キングの身体には凄まじい重圧がのしかかっている。
立ち上がることすら許さないほどの力で、地面に押さえつけられていた。
「……サブっ!」
「……がはっ!」
イフが声を上げる。
サブはキングを一瞥すると、そのままイフの目の前までやってきた。
「よく見つけたなっ、イフ!」
「……来てたんだ! サブ!」
「よくやったじゃねぇか……」
サブがイフの頭を軽く叩く。
「……いやっ! サブ! あの竜人さ!」
「……ん?」
「なんか……あの……」
イフは言葉に詰まった。
どう説明すればいいのか、自分でもわからなかった。
目の前の竜人は、確かに怪しい。
だが、ただの敵だと決めつけることにも、どこか引っかかるものがあった。
――こいつ、本当に悪いやつなのか?
そんな考えが頭をよぎる。
しかし、それをサブにどう伝えればいいのかがわからなかった。
「……どうした?」
サブが尋ねる。
「いや……あいつ……」
イフはキングが倒れているはずの後方へ視線を向けた。
「……っ!!」
そこに、キングの姿はなかった。
先ほどまで地面に叩き伏せられていたはずの男が、跡形もなく消えていたのだ。
「……あれ!? あいつっ!!」
「……?」
サブが振り返る。
その瞬間だった。
背後から、わずかな気配。
サブは即座に反応した。
「おらぁ!!」
ズバッ!!
サブの足元――地面に落ちた影が、不自然に盛り上がる。
その黒い影の中から、キングの腕が突き出された。
握られているのは、一本のナイフ。
刃先がサブの身体を狙い、下から一直線に迫る。
「……っ!」
サブはとっさに身体をひねった。
ナイフが服のすぐそばを通り過ぎる。
間一髪。
あとわずかに反応が遅れていれば、刃が身体を貫いていたかもしれない。
「こいつ……下から!?」
サブは即座に能力を発動させた。
周囲の重力が、キングの身体を押し潰すように強まっていく。
「……ぐっ!」
だが、キングはそれよりも早く動いた。
ナイフを引き戻すと、腕も身体も、まるで水面に沈み込むかのように影の中へと引っ込んでいく。
次の瞬間には、そこにはもう何もいなかった。
「……何!?」
サブが目を見開く。
「サブっ! そいつは影の竜人だ! 影の中に出たり入ったりできるっ!」
イフが叫んだ。
「……なんだと!」
サブが周囲を警戒する。
地面に伸びる影。
建物が落とす影。
あらゆる場所が、キングの出入り口になり得る。
どこから襲ってくるのか、予測するのは難しい。
そのときだった。
――フッ。
「……なんだ!?」
突然、サブの視界が暗転した。
目を開けているはずなのに、何も見えない。
目の前にいるはずのイフも、足元の地面も、周囲の景色も。
すべてが黒く塗り潰されていた。
「何も見えない!!」
「……っ!! サブ!」
イフが叫ぶ。
「これもこいつの能力か!」
サブは視界を失ったまま、声のする方向へ顔を向けた。
「視界が真っ暗になったのか!? そ、それもそいつの能力だよ!!」
「視界をゼロにする……か……」
サブは状況を整理する。
影の中を移動する能力。
そして、視界を完全に奪う能力。
どちらも厄介だ。
だが、考えている時間はない。
「……くそっ!」
イフは腰のホルスターから銃を引き抜いた。
視界を失ったサブを、これ以上ひとりで戦わせるわけにはいかない。
「……サブが見えてない! 俺がやらなきゃ!」
銃を構え、周囲を探る。
しかし、何も見えない。
敵の姿どころか、狙いを定めるための目印さえなかった。
「……どこだ! どこだ!!」
焦りが募る。
敵は影の中を自在に移動できる。
いつ、どこから襲ってくるかわからない。
そのうえ、こちらは何も見えないのだ。
――フッ。
「……!?」
突然、イフの視界も暗闇に覆われた。
目の前の景色が消え去る。
銃を握る自分の手さえ見えない。
「……やばい!俺も! 見えなくしやがった!!」
イフは歯を食いしばった。
これではサブを援護するどころか、自分の身を守ることすら難しい。
その頃。
サブの背後に落ちた影が、ゆっくりと揺らめいていた。
そこから、キングが音もなく姿を現す。
サブの背後。
その距離、わずか数歩。
キングはナイフを取り出し、音を立てないように構えた。
サブはまだ、こちらに気づいていない。
――今なら、仕留められる。
キングが一歩、踏み出そうとした。
「……サブっ! 気をつけてっ!」
イフの叫び声が響く。
しかし、サブは慌てなかった。
視界を奪われているというのに、その声には焦りがなかった。
「……イフ。ちょっと伏せとけ」
「……え?」
「強行突破だ」
その言葉と同時に。
ドゴォォォォォンッ!!!
凄まじい轟音が周囲に響き渡った。
サブを中心に、重力が一気に強まる。
地面が軋み、周囲の空気まで押し潰されるような圧迫感が広がった。
一方向だけではない。
サブの周囲一帯、そのすべてに重圧が襲いかかったのだ。
「…………っ!?」
キングの身体が、突如として地面へ引きずり下ろされた。
「……ぬがっ!!」
膝が折れる。
身体を起こそうとしても、腕に力が入らない。
まるで全身に巨大な岩を載せられたかのようだった。
「……っくそ! ……重いぃ!!」
キングは必死に耐えようとする。
だが、重力は容赦なく身体を押さえつけていた。
影の中へ逃げ込もうにも、まともに身体を動かすことさえできない。
その間に、サブがゆっくりとキングの方へ振り返った。
「はぁ……」
小さく息を吐く。
「お前、ラクが報告してた影の竜人だな?」
「……っぐ!」
キングは苦しげに顔を上げた。
「視力をゼロにするっつーのは厄介だな」
サブは淡々と言葉を続ける。
「……だが、相手が悪かったな。俺相手じゃ話にならねぇよ」
その口調には、余裕すら感じられた。
視界を奪われようが、敵の位置がわからなかろうが、関係ない。
周囲ごと重力で制圧すればいい。
サブはそう判断し、実行したのだ。
「……ま、待てっ! サブ・ストレート!!」
「……ん?」
キングの声に、サブが反応した。
その瞬間。
暗闇が消えた。
「……あ、あれ!?」
イフの視界に、再び景色が戻ってくる。
目の前には、重力に押さえつけられたキング。
そして、その近くに立つサブの姿があった。
「…………」
サブはすぐには動かなかった。
視界が戻ったからといって、警戒を解く理由にはならない。
キングが何を仕掛けてくるのか、まだわからないのだから。
「お、俺はっ! 戦うつもりはないんだ!!」
キングが必死に訴える。
「…………」
サブは黙って見下ろしていた。
「……あ、サブっ! そういえばそいつっ!!」
イフが何かを思い出したように声を上げる。
しかし、サブは片手を軽く上げて、それを制した。
「イフ……。ちょっと待て……」
「…………っ!」
サブの声は静かだった。
だが、その目はキングを鋭く捉えている。
サブは、ひとつの疑問を抱いていた。
目の前の竜人は、なぜ自分の名前を知っている?
しかも、フルネームまで。
「お前……なんで俺の名前を知ってる?」
サブが尋ねた。
「……っ! そういえばっ!!」
イフもようやく気づいたように声を上げる。
そうだ。
キングは最初から、サブの名前を知っていた。
偶然知ったというには、あまりにも不自然だった。
「……へへへっ」
キングが笑った。
重力に押さえつけられたまま、口元だけを歪める。
「いやぁ……名前を思い出したんだよ……」
「……ん?」
サブが眉をひそめる。
キングは顔を上げ、サブを見つめた。
そして、こう続けた。
「俺ぁ、お前を探してたんだよ……」
「……なに?」
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