106.影の竜人再び
一方。
村の近くに停められた車の中。
サブとキリは、任務に関する資料の整理に追われていた。
「…………サブ。…………ここにサブのハンコを押せば終わりだよ」
キリが書類の一箇所を指差す。
「あぁ、ありがとう」
サブは書類を受け取ると、指定された場所にハンコを力いっぱい押しつけた。
ポンッ。
「……ふー。終わったか……」
背もたれに体を預け、深く息を吐くサブ。
机の上には、書き終えたばかりの書類が何枚も積み重なっていた。
「竜王討伐になんでこんなに報告書やら資料やら作らなきゃいけねぇんだ? 戦うだけでも面倒だってのに……」
「…………」
キリは黙って聞いていた。
いつものことなのか、特に反応する様子もない。
サブはしばらく書類の山を眺めていたが、ふと思い出したように顔を上げた。
「……そういえば。イフの奴、まだ帰ってこねぇな」
「……つまんないことでもしてるんじゃないかな」
「………………」
「………………」
二人の間に、妙な沈黙が流れた。
やがて、どちらからともなく視線を合わせる。
「……そんな気がするな」
「……うん」
二人とも、イフならあり得ると思っていた。
「……俺も向かうか。キリは車に残っててくれ。すぐ戻る。」
「……わかった」
こうしてサブは、イフのいる村へと向かうことにした。
***
一方、イフ。
「……お前! なんでここに!!」
「てめぇこそ! なんであの時のガキが!」
村の一角。
イフと、一人の男が真正面から向かい合っていた。
互いに驚き、目を見開いている。
男の顔を見た瞬間、イフの脳裏に以前の戦いがよみがえった。
影の中に潜み、闇に紛れて姿を消す竜人。
かつて、ラクとイフの前に立ちはだかった敵だった。
「名前は……たしか……イフってガキだな!」
「お前は……」
イフは男の顔をじっと見つめた。
そして、ようやく思い出したように声を上げる。
「……っ! お前は……影の竜人!」
「キングだっ! 名前ぐらい覚えろ!」
「キングっていうのか!」
「……知らなかったのかよ……」
キングは呆れたように肩を落とした。
そんなキングをよそに、イフは険しい表情で問い詰める。
「なんでここにいるんだよ!」
「こっちのセリフだっつーの! こっちはこの村で呑気に過ごしてたのによぉ!」
「……!?」
イフは思わず言葉を失った。
呑気に過ごしていた?
目の前にいるのは、以前、自分たちと戦った竜人だ。
そんな相手が、どうしてこんな村でのんびりしているのか。
そもそも、竜人が人間の村にいること自体がおかしい。
イフは眉をひそめ、しばらく考え込んだ。
そして、一つの可能性に思い至る。
「お前……まさか……この村で畑泥棒してる?」
「……ぎくっ!」
キングの肩が、わかりやすく跳ねた。
「……やっぱり!」
「いや! なんでわかんだよ!」
「この村で畑泥棒がいるって情報が来たから!」
「……は?」
キングはぽかんと口を開けた。
「竜人がいるかもしれないって!」
「なんでそれで来てんだよっ!」
「……まあいい!竜人がいたなら討伐しなきゃ!」
イフは気を取り直し、身構えた。
相手は竜人。
しかも、一度は自分たちを苦しめた敵だ。
前回はラクと二人がかりでも、完全に仕留めることはできなかった。
だが、今は違う。
自分だって、あの頃から何も変わっていないわけではない。
「前は負けたけど! 今回は俺がっ!」
「いや、待て待て待て待てっ!」
「……え?」
勢いよく踏み出そうとしたイフを、キングが慌てて制止した。
「俺は戦うつもりはねぇよ!」
「……なんだと!」
「だから、今回は腹が減ってたからちょっと畑のもんを食っただけだって!」
「……だ、だけど前は!」
イフは言い返そうとした。
しかし、キングはすぐさま言葉を重ねる。
「前だって人は殺してねぇはずだぜ!?」
「……え?」
その言葉に、イフの動きが止まった。
確かに。
前回、ラクとイフがキングと遭遇した際、街の住民に大きな被害は出ていなかった。
それどころか、キングは住民たちを避難させていたのだ。
敵である自分たちと戦いながらも、住民を無差別に襲うようなことはしていなかった。
「……た、たしかに……」
イフは記憶をたどった。
(たしか、先に来た軍の人たちと連絡が取れなくなって……それで俺たちが向かったんだっけ……)
(理由は……たしか……)
(ラクが言ってたんだけど……)
イフは顔を上げた。
「たしか……軍の誰かを探してるって……」
「そうそう! よく知ってたな!」
キングは、思い出してもらえたことが嬉しいのか、勢いよく頷いた。
「俺は軍の人間で探してる奴がいるんだよ!……あの時は、街をちょっと襲ったら来るかなって思ってさ!」
「そ、そうだったのか!」
「そうそう!そしたら、お前の連れの……ラクって奴? あいつが意外としぶとくてな! だから逃げたんだよ!」
「…………」
イフは黙り込んだ。
話を聞く限り、キングが人間を襲った理由は、軍の人間をおびき寄せるためだったらしい。
もちろん、街を襲ったことが許されるわけではない。
それでも、キングの話には、どこか引っかかるものがあった。
(こいつ……悪いやつじゃない?)
イフは目の前の男を見つめた。
口は悪いし、畑泥棒までしている。
けれど、少なくとも今のキングからは、自分たちを殺そうという敵意が感じられなかった。
それが、どうにも不思議だった。
「……そ、その探してる人間ってのは誰なの?」
「……ん? あぁ、それが名前忘れたんだよ……。誰だっけな……」
「えぇ……」
イフは思わず拍子抜けした。
軍の人間を探していると言うわりに、肝心の名前を忘れているらしい。
「さ、探してどうすんのさ! 襲う気か!?」
「襲わねぇよ。ちょっと話したいことがあるだけだ」
「そ、そうなんだ……」
イフは返事をしながらも、まだ完全には警戒を解いていなかった。
竜人の言葉を、簡単に信じていいはずがない。
それでも、キングの話を聞くほどに、最初に抱いた印象が少しずつ揺らいでいく。
そんなイフの様子を見て、キングはふと思いついたように声を上げた。
「それでよ! イフ! お前、軍の人間だろ?」
「……う、うん」
「ここで会ったのも何かの縁だ。ちょっとそれに協力してくんねぇか?」
「……え? 探してる人ってのに?」
「あぁ、そうだ」
キングは真剣な表情で頷いた。
「俺は竜人だが、人間に大きな危害を加えたことは一切ない。ガチで本当だ」
「………………」
イフは黙ってキングを見つめた。
キングの言葉が本当なら、協力すること自体は悪い話ではないのかもしれない。
だが、相手は竜人だ。
軍の人間として、簡単に判断を下すわけにはいかなかった。
「……あの時は、ちょっと襲えば来るんじゃねぇかって思ったからよぉ」
「……そ、そうなの?」
「あぁ。お前が協力してくれるんなら、もうやらないよ。マジで約束する」
キングは念を押すように言った。
そして、少し考えたあと、あっけらかんとした調子で付け加える。
「まっ! このままお前を人質にして、軍の奴らに来てもらうって方法もアリだが、それはお前が嫌だろ?」
「…………」
イフは返す言葉を失った。
いや、そこは普通にやめてほしい。
だが、冗談めかして話すキングの表情には、イフを脅して従わせようという様子は見られなかった。
少なくとも、今のところは。
(……なんなんだよ、こいつ……)
イフは困惑していた。
敵として戦った相手と、こうして普通に会話をしている。
しかも、相手は自分に協力を頼んでいるのだ。
今までなら、竜人というだけで敵だと判断していたかもしれない。
けれど、目の前のキングは、どうにも一筋縄ではいかない。
イフには、キングが嘘をついているようには見えなかった。
もちろん、それだけで信用していいわけではない。
それでも。
「頼むって! その人間を見つけたら、ちょっと話すだけだ! 協力してほしい!」
キングは両手を合わせるようにして、イフに頼み込んだ。
「………………」
イフは、答えを出せずにいた。
協力するべきなのか。
それとも、やはり討伐するべきなのか。
考えを巡らせていた、その時だった。
どこおおおおおおんっ!!
「……え!?」
突然、地面を揺るがす轟音が響き渡った。
イフは驚いて、反射的に顔を上げる。
つい先ほどまで目の前に立っていたキングの姿が、ない。
いや。
正確には、そこにいた。
地面に深々とめり込み、身動きが取れなくなっていたのだ。
「…………え?」
イフは目の前の光景を理解できず、呆然と立ち尽くした。
「…………あがっ! な、なんで……?」
キングは地面に埋もれたまま、苦しそうに声を漏らした。
「お……重いっ! これは!」
その言葉を聞いた瞬間、イフはキングの後方へと視線を向けた。
そこに立っていたのは――
「……あ! サブっ!!」
サブだった。
サブは地面にめり込んだキングを見下ろし、それからイフへと視線を移した。
「お前……竜人を見つけたんだな」
まるで、そこにいるのが当然であるかのように。
サブは淡々とそう告げた。
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