105.再開
荒野を抜けた先。
イフ、サブ、キリの三人は、任務先である村へと到着した。
車を降り、目の前に広がる村を見渡す。
そこには、竜人が出没したという情報が嘘のような、平穏な光景が広がっていた。
畑では農作業に精を出す村人たち。
道端では、楽しそうに談笑する人々。
そして、広場では子供たちが歓声を上げながら追いかけっこをしている。
のどかな風が吹き抜け、遠くから子供たちの笑い声が聞こえてきた。
「……ここが任務先だな」
サブが村を見渡しながら呟いた。
その隣で、イフはキョロキョロと辺りを見回していた。
「……え? めっちゃ平和そうじゃない?」
「……ほんとに竜人いるの?」
イフがサブに尋ねる。
「今回は目撃情報だけだ。襲われているって情報はないぞ」
「えぇ!? じゃあ、いないかもしれないってこと!?」
「……そうだな」
「そ、そっかぁ……」
イフは拍子抜けしたように肩を落とした。
竜人の討伐任務と聞いていたため、てっきり村は大騒ぎになっているものだと思っていたのだ。
しかし、目の前の光景を見る限り、そんな様子は微塵もない。
「大事な仕事だ。いたら俺らがぶっ倒せばいいし、いなかったら、ここは平和でいいところだってわかるじゃないか」
サブは淡々とした口調で言った。
「そ、そうだね!」
イフは納得したように頷く。
「…………」
その様子を、キリは黙って見つめていた。
やがて、イフが思い出したように口を開く。
「そういえば、目撃情報ってのはどんな情報が来たの!?」
「ああ、まだ見せてなかったな。キリ、見せてやってくれ」
「……うん」
キリは頷くと、手にしていた鞄を開けた。
中から一枚の資料を取り出し、イフへと手渡す。
「……あ、ありがとう!」
イフは資料を受け取ると、さっそく目を通した。
そこには、村で畑泥棒が出没しているという情報が記されていた。
「…………」
イフは資料をじっと見つめた。
一度、読み返す。
そして、もう一度。
「……え?」
思わず声が漏れた。
「……え? 竜人が出たって目撃情報は?」
「……ん? それだよ」
サブは何でもないことのように答えた。
「村に畑泥棒がいるって?」
「ああ、そうだ」
「………………」
「………………」
二人の間に、微妙な沈黙が流れた。
やがて、イフがおそるおそる口を開く。
「……これで竜人がいるって、なんで思ったの?」
「んー……。勘だ」
「……缶?」
「勘」
「…………勘……」
イフは呆然とした表情で呟いた。
サブは人差し指を立てる。
「言っとくが、俺の勘は当たるぞ?」
「……なるほど」
イフは一応、納得したように頷いた。
もっとも、顔にはまったく納得していないと書いてあった。
「つべこべ言わずに探すぞ。お前は村の人に聞き込みをしまくれ。俺とキリは車で報告書を作る」
「……え!? 俺一人でやるの!?」
「もちろんだ」
「さっき、竜人が出たら遠目で見とけって言ってたじゃん!!」
イフが抗議する。
サブは涼しい顔で答えた。
「言っても聞かないと思ったからな」
「何が!?」
「聞き込みは一人でやってみろ。……居場所がわかったら俺に報告しろ」
「そ、そんなぁ……。竜人がいなかったら?」
「んー……夜までには帰るか」
「夜までやるんだ……」
「もちろん」
「……ぐぬぬ」
イフは悔しそうに唸った。
サブはそんなイフを見ながら、少しだけ声の調子を落とした。
「……今回のお前の仕事は、目撃情報が本当かどうか確かめるって仕事だ」
「……なるほど」
「居場所がわかったら、すぐに俺らに報告。……もし竜人に襲われるようなことがあれば、すぐに帰ってこい。討伐は俺らでやる」
「……わかったよぉ」
イフはしぶしぶ頷いた。
「すまんが、仕事がかなり溜まってるんだ。頼むよ」
「……はあい」
力のない返事をすると、イフはトボトボと一人で村へ向かっていった。
その背中を見送りながら、キリが口を開いた。
「…………サブ?」
「……ん? なんだ?」
「今回、なんでこの情報だけで竜人がいると思ったの?」
サブは少し考えるように唸った。
「んー。いるかどうかは正直わからない」
「……え?」
「……ただ、あいつにも仕事をしてもらわんとな。いつまで経ってもラクの荷物持ちなわけにはいかんだろ」
「…………ふぅん」
キリは短く相槌を打った。
サブは村の方へと視線を向ける。
「調べることも重要な仕事だ」
「…………うん」
「さ! 俺らは車で、溜まりに溜まった資料を片付けるぞっ!」
「…………わかった」
二人は車へと戻っていった。
***
それから三時間後。
空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
傾いた太陽が村の屋根を赤く照らし、畑には長い影が伸びている。
村の外れ。
イフは両腕いっぱいに野菜を抱えながら、のんびりと歩いていた。
「この村、めっちゃ平和っ!!」
声を弾ませ、イフは満面の笑みを浮かべた。
聞き込みの結果、畑泥棒については何人もの村人から話を聞くことができた。
しかし、その誰もが口を揃えてこう言うのだった。
『ああ、あれならイノシシの仕業じゃないか?』
結局、竜人につながるような情報は何一つ得られなかった。
それどころか、村人たちは皆親切で、聞き込みをしているうちに野菜までたくさんもらってしまったのだ。
「畑泥棒も皆、イノシシがやったとしか言わないし! しかも皆いい人だから、いっぱい野菜もらっちゃったし!」
イフは抱えていた野菜の一つを手に取った。
赤く熟れたトマトだった。
「……あーあ」
トマトを眺めながら、イフは小さく溜息をつく。
「なんでサブは、こんな情報だけで竜人がいるかもって思ったんだろ……」
トマトを一口かじる。
「サブの勘は当たるってラクが言ってたけど……」
シャクッ。
みずみずしい果肉が弾け、口の中に甘酸っぱい味が広がった。
「……こればっかりは、本当にいないじゃん!」
そう言いながら、イフはもう一口かじった。
「美味しいな、この野菜……」
思わず頬が緩む。
仕事のことなど忘れてしまいそうなほど、穏やかな時間だった。
イフはそのまま、村を見下ろせる場所に腰を下ろした。
遠くの空では、夕日がゆっくりと地平線へ沈もうとしていた。
赤く染まった空。
風に揺れる草木。
遠くから聞こえてくる、村人たちの楽しそうな声。
イフはトマトをかじりながら、ぼんやりとその景色を眺めていた。
「………………」
やがて、ぽつりと呟く。
「……あぁ、もうすぐ夜だし……」
手にしたトマトへ目を落とす。
「……このままボーッとして、車に戻ろうかな……」
もぐもぐ。
口を動かしながら、イフは夕日を眺め続けた。
「………………」
ふと、頭の中に仲間たちの顔が浮かんだ。
サブ。
ラク。
そして、エーズ。
皆はそれぞれの任務をこなし、戦っている仲間たち。
それに比べて、自分はどうだろう。
畑泥棒の聞き込みをして、野菜をもらって、こうして夕日を眺めている。
「……俺がもっと強ければ……」
イフは小さく呟いた。
「……もっと大変な任務、任されるんだろうなぁ」
手にしたトマトを、もう一口かじる。
その表情から、先ほどまでの笑顔が少しだけ消えていた。
強くなりたい。
仲間たちの役に立ちたい。
いつまでも、守られる側ではいたくない。
そんな思いが、胸の奥で静かに膨らんでいた。
すると。
「美味そうなの食ってんな、坊主。一つくれよ」
突然、背後から声がした。
「……ん?」
イフが振り返る。
そこには、一人の男が立っていた。
ボサボサの髪に、どこか気の抜けた雰囲気。
「あ、いいよ」
イフは特に警戒することもなく、抱えていた野菜の中からトマトを一つ取り出した。
「はい!」
「……サンキュー」
男はトマトを受け取ると、そのまま豪快にかじった。
「……ん!」
一口食べた瞬間、男の顔が明るくなる。
「美味いな! コレ!」
「そうだよね! めっちゃ美味いよね!」
イフも嬉しそうに笑った。
「この村の野菜、最高だよ!」
「ははっ! 違いねぇ!」
男も笑う。
そして、何気なく顔を上げた。
イフと男の視線が、真正面からぶつかった。
「………………」
「………………」
二人の笑顔が、ぴたりと止まった。
男はイフの顔をじっと見つめる。
白い髪。
見覚えのある顔立ち。
どこかで見たことがある。
一方、イフも男の顔をまじまじと眺めていた。
ボサボサの髪。
気の抜けたような表情。
そして、この独特な雰囲気。
「……あれ?」
イフが首を傾げた。
「おじさん、どこかで会ったことある?」
「いや……俺も同じこと思ったんだよ……」
男も首を傾げる。
「あれ? ほんと?」
「あぁ。この白い髪……見覚えあるなって……」
「うん。……俺も、おじさんのボサボサした髪に見覚えが……」
「………………」
「………………」
二人は再び、互いの顔をじっと見つめた。
そして。
「………………あぁ!?!?」
「…………あ! お前!?」
ほぼ同時に、声を上げた。
イフが勢いよく立ち上がる。
「……あの時の!!」
男も目を見開いた。
「……あの時のガキじゃねぇか!!」
イフは男を指差した。
忘れるはずもない。
かつて、自分たちの前に立ちはだかった竜人。
イフたちを苦しめた存在。
影の竜人――キングだった。
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