104.龍の力の回復力
病院、診察室。
白い壁に囲まれた診察室。
窓から差し込む光が、机の上に置かれた診察記録を照らしていた。
医者はその記録に目を落とし、目の前に立つ男の身体を改めて見つめた。
「いやぁ……凄まじいですね……」
感心したように呟く医者。
「……あ?」
ラクは怪訝そうに眉をひそめた。
「いえ……。一ヶ月でここまで回復するとは、正直驚きです」
医者は手元の記録をめくりながら、何度も頷いた。
「搬送された時は……正直、どう治療しても助からないんじゃないかと思いましたからね……」
その言葉に、ラクは少しだけ視線を落とした。
あの戦いで負った傷は、決して軽いものではなかった。
全身に刻まれた傷。
思うように動かない身体。
立ち上がることすらままならなかった、あの日。
それが今では、自分の足で歩けるまでになっている。
「……確かに……もう歩けるしな」
ラクは自分の身体を確かめるように、軽く腕を動かした。
まだ完全に元通りというわけではない。
それでも、日に日に身体が動くようになっているのは実感していた。
「……これも、龍の力のおかげなのでしょうか」
医者が不思議そうに呟く。
「たぶんそうなんじゃねえか?」
ラクはさして興味もなさそうに答えた。
龍の力。
それが人間の身体にどれほどの影響を与えているのか、ラク自身にも詳しいことはわからない。
ただ、普通の人間ならば到底助からなかったであろう傷から、自分がこうして回復しつつある。
それだけは確かな事実だった。
「えぇ。半年で全治するとお伝えしましたが、このまま順調に回復すれば、来月には全治すると思われます」
「……来月にはもう働いていいってことか?」
ラクが尋ねる。
医者は一瞬、言葉に詰まった。
「医者の私から言わせていただければ、当分は動かずに安静にしていてほしいところですが……」
「……」
ラクは黙って医者を見つめた。
医者もまた、その視線の意味を理解しているのか、困ったように苦笑した。
「……そういうわけにはいかないでしょう? 軍の人間は……」
「よくわかってんじゃねぇか」
ラクは口元をわずかに緩めた。
もちろん、好き好んで傷ついた身体を酷使したいわけではない。
だが、いつまでも病院のベッドで寝ているつもりもなかった。
自分が休んでいる間にも、軍は動いている。
仲間たちも、それぞれの任務をこなしているはずだ。
いつまでも自分だけが休んでいるわけにはいかない。
「まぁ、ひとまずはまだ安静にしておきましょう」
医者は念を押すように告げた。
「……わかった」
ラクは短く答えると、診察室のドアへと歩き出した。
その背中に、医者が慌てて声をかける。
「くれぐれも……! 安静にお願いしますね!」
ラクはドアノブに手をかけたまま、面倒くさそうに振り返った。
「わかってる……。俺はイフじゃねぇ」
そう言い残し、ラクは診察室を後にした。
***
一方。
東の国。
見渡す限り、乾いた大地が広がっていた。
草木はまばらで、遠くの地平線は陽炎に揺れている。
そんな荒野を、一台の車が走っていた。
タイヤが砂利を踏みしめるたび、車体が小さく揺れる。
車内には三人の軍人。
後部座席にはイフ。
助手席にはサブ。
そして、運転席ではキリがハンドルを握っていた。
「この三人で仕事って初めてだね!」
車の揺れなど気にも留めず、イフが明るい声を上げた。
窓の外を流れていく荒野を眺めながら、どこか楽しそうな様子だった。
「……ん? あぁ、そうだな」
サブは前を向いたまま、気のない返事をする。
「…………うるさい」
運転席のキリが、ぼそりと呟いた。
「えっ!?」
イフが思わず声を上げる。
「俺、まだ何もしてないよ!?」
「…………今、十分うるさい」
「ひどいっ!!」
そんな二人のやり取りを聞きながら、サブは小さく息を吐いた。
「ラクとエーズがまだ復帰できないからな。俺らがあの二人の分の仕事をしないとな」
サブは窓の外へと視線を向けた。
本来ならば、こうした任務はラクに任せることも多かった。
面倒な仕事であっても、あいつならば大抵のことは片づけてしまう。
「普段であれば、こんな任務、ラクに任せるんだけどな……」
「サブって意外と人使い荒いよなっ!」
イフが後部座席から身を乗り出すようにして言った。
「……あいつだったら、ささっとやってくれるからな」
サブは当然のことのように答えた。
「信頼してるんだなあ」
イフは感心したように頷く。
ラクとサブ。
普段は遠慮のない言葉を交わし、時にはぶつかり合うこともある二人。
それでも、サブがラクの実力を疑ったことはなかった。
「あぁ、もちろん」
サブは迷いなく答えた。
そして、ちらりと後部座席のイフに目を向ける。
「……お前もラクくらい強くなればな」
「……頑張るよ!」
イフは元気よく返事をした。
その声には、妙な自信さえ感じられる。
サブは思わず目を細めた。
「……言っても無駄かもしれんが、竜人と戦うことになったら、お前は遠目で俺らを見とけよ」
今回の任務は、あくまでも竜人の目撃情報を確かめるためのものだ。
相手の実力も、人数も、詳しいことはわかっていない。
不確かな情報しかない以上、慎重に動く必要がある。
特にイフは、まだラクのように一人で戦場を任せられるほどの実力には達していない。
無理をして前に出られても困る。
「……努力する!」
イフは再び元気よく答えた。
「ほんとにわかってんのかよ……」
サブは額に手を当てた。
どうにも、こいつは危なっかしい。
言葉では理解しているようでも、いざ竜人を目の前にしたら、何をしでかすかわからない。
そんな不安が、サブの頭をよぎった。
すると、イフが思い出したように声を上げる。
「今回ってどんなやつなんだっけ!」
「さっき伝えただろう……」
サブは呆れたように答えた。
「もう一回!」
「…………」
サブは黙り込んだ。
キリは運転を続けながら、わずかに眉をひそめる。
車内に、エンジン音だけが響いた。
やがて、サブは諦めたように口を開いた。
「……今向かってる村に、竜人の目撃情報が届いた。俺らはそれを確かめに行って、居ればぶっ倒す……。以上だ」
「わかりやすいぜっ!」
イフは満足そうに頷いた。
「…………はぁ」
サブは深いため息をついた。
荒野を走る車は、そんな三人を乗せたまま、目的地である村へと向かっていった。
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