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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第4章 キリ・フラッシュ
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103.戦争を止めるために



北の国のとある場所。


かつて人々が暮らしていたその国は、今や見る影もなかった。


氷の竜王が率いる軍勢によって、国土は壊滅。


街は凍りつき、建物は分厚い氷に覆われ、かつて人々が行き交っていた道も、今では雪と氷に埋め尽くされていた。


風が吹き抜けるたび、白い雪が舞い上がる。


そこには、人の営みを感じさせるものは何ひとつ残っていなかった。




そして――


北の国を壊滅させた氷の竜王は、現在もなお、その行方をくらませていた。


竜征軍は竜王の所在を突き止めるため、これまで何人もの隊員を調査に派遣していた。


しかし、広大な雪原と険しい山々が広がる北の国で、その足取りを掴むことは容易ではなかった。


「……はあ……はあ……寒い……」


白い息を吐きながら、一人の隊員が雪道を歩いていた。


調査の途中、仲間とはぐれてしまったのだ。


どこを見渡しても、広がるのは雪と氷ばかり。


自分がどこにいるのかさえ、次第にわからなくなっていく。


「……はあ……はあ……どこだ……ここは……」


隊員は凍える身体を引きずりながら、目の前にそびえる峠を越えていく。


そして――


「…………っ!!」


その足が、ぴたりと止まった。


視線の先。


雪に覆われた山々の向こうに、それはあった。


巨大な氷の城。


自然にできた氷の洞窟などとは明らかに違う。


まるで誰かが意図的に築き上げたかのような、異様な存在感を放っていた。


「……なんだ、これはっ!」


隊員は目を見開いた。


城の周囲には、近づくことさえためらわせるような不気味な雰囲気が漂っている。


ただの廃墟ではない。


そう直感させる何かが、そこにはあった。


「あ……あそこに……!」


隊員は城を見つめたまま、息を呑んだ。


確証はない。


だが、これまで調査を続けてきた隊員としての勘が告げていた。


――間違いない。


あそこに、氷の竜王がいる。






***






竜征軍本部。


室内には、いつもと変わらない穏やかな時間が流れていた。


机に向かって資料を整理するサブ。


その隣では、キリも黙々と作業を進めている。


そんな二人のもとへ、イフが元気よく声をかけた。


「サブ! 次の竜王、倒しに行こう!」


「……お前なぁ」


サブは手元の資料から目を離さず、呆れたようにため息をついた。


「……え?」


「そんなポンポンと行けるわけないだろう……」


「えぇ!? そうなの!?」


イフは驚いたように目を丸くする。


サブはようやく顔を上げ、説明を始めた。


「当たり前だ。十年以上も竜人と人間の戦いが続いているんだぞ。それなのに、今まで倒せた竜王はたった三人だ」


「……えっ!?」


イフは思わず声を漏らした。


しかし、次の瞬間には表情を引き締める。


「……じゃあ、なおさら倒しに行かなきゃ!」


「……竜王がどこにいるか、わかるのか?」


サブが冷静に問いかけた。


「……っ! ……わからない!」


「……だろうな」


即答だった。


イフは気まずそうに視線をそらす。


サブは小さく息を吐き、手元の資料に目を落とした。


「前回の時の竜王に関しては、奴がわかりやすく動いてくれたから居場所を特定できた」


「……うん!」


「だが、ほかの竜王の居場所は、現在進行形で調査中だ」


「……あ! じゃあ、居場所がわかったら!」


「わかったら、こちらから動くことになるな」


「……なるほど! じゃあ探そう!」


「簡単に言うな」


サブは呆れた顔をすると、イフの頭を軽く叩いた。


「……痛っ!」


「竜王がそう簡単に見つかると思うな。現に今、お前よりも頭のいい奴らが調査しているんだ」


「……あ、そうなんだ」


イフは頭をさすりながら、素直に納得した。


隣で作業を続けていたキリは、そんなイフを横目で見ている。


サブは話を続けた。


「それに、竜王どもは戦争を起こしたっきり、あまり動きが活発じゃない」


「……そうなの?」


「ああ。例えば、光の竜王だ」


サブは資料を机に置いた。


「奴は大規模な戦争を起こして以来、ほとんど動きを見せていない。あまりにも長い間、姿を現さないもんだから、死亡説まで出ているくらいだ」


「……え? 死んだの?」


「説だって……」


「……説か!」


「ああ」


「…………説って?」


「………………」


サブの動きが止まった。


キリも手元の資料から顔を上げ、イフを見た。


そして――


「…………ばか」


ぽつりと呟いた。


「いや、だからよ……」


サブはこめかみを押さえながら、改めて説明する。


「『死んだんじゃねぇか』って言われるくらい、ずっと動いてないってことだ」


「そういうことか!」


「……ああ」


サブは疲れたように返事をした。


そして、少しだけ表情を引き締める。


「だが、光の竜王は慎重な奴だ」


「……うん」


イフも、今度は真剣な表情で耳を傾けた。


「……奴が次に動く時は、また戦争を起こす時だと、俺は考えている」


「……戦争!?」


イフの声が室内に響いた。


「ああ」


サブは静かに頷く。


「あれほどの戦争を引き起こした強者だ。次に動く時は、確実に人類を支配しようとするだろう」


「…………まじか」


イフの表情から、先ほどまでの軽い調子が消えた。


先ほどまで、竜王を倒すことに意気込んでいた。


だが、サブの話を聞けば聞くほど、自分たちが相手にしている存在の大きさが伝わってくる。


竜王は、ただ強い敵というだけではない。


たった一人の行動が、人類全体の未来を左右しかねない存在なのだ。


室内に沈黙が落ちた。


やがて、サブが口を開く。


「だからこそ、その戦争が起きる前に、俺たちは一人でも多くの竜人を倒す必要がある」


サブは机の上の資料に目を落とした。


「少しでも戦力を削る。そして、あわよくば……戦争そのものを起こさせない」


「……っ!」


イフは息を呑んだ。


サブの言葉には、いつもの冷静さだけではないものが滲んでいた。


次の戦争が起きれば、何が失われるのか。


どれほどの人間が犠牲になるのか。


それを、サブは誰よりも現実的に考えているのだ。


「そのためにも、俺たちは竜王どもの所在を調査している」


サブはそう言って、再び資料に目を落とした。


イフは黙ったまま、その背中を見つめていた。


先ほどまでの勢いは、もうなかった。


自分は、竜王を倒すことしか考えていなかった。


強くなって、敵を倒す。


そうすれば人々を守れるのだと、どこか単純に考えていた。


だが、それだけでは足りない。


敵がどこにいるのか。


なぜ戦争が起きるのか。


そして、どうすれば戦争そのものを防げるのか。


考えなければならないことは、いくらでもある。


「…………」


イフは自分の拳を見つめた。


この拳で、何人の人間を救えるのだろう。


自分が強くなれば、本当に戦争を止められるのだろうか。


答えは、まだわからない。


それでも――


「……俺、何もわかってなかったんだな」


イフがぽつりと呟いた。


サブは顔を上げ、イフに目を向ける。


「……何だ、急に」


「……いや」


イフは小さく首を振った。


「俺、竜王を倒せばいいんだって、そればっかり考えてた。でも……戦争を止めるために、みんながいろいろ考えて動いてるんだなって」


少し照れくさそうに笑いながら、イフは続けた。


「……俺も、もっと考えなきゃな」


サブはしばらくイフを見つめていた。


やがて、小さく息を吐く。


「……最初からそうしろ」


「えへへ……」


イフは頭をかいた。


「……まあ、いい」


サブは手元の資料をまとめると、イフへと視線を向けた。


「ちょうどいい。お前にも、そろそろ働いてもらうことになりそうだ」


「……え?」


イフが顔を上げる。


「それって……!」


サブは意味深にイフを見つめた。


「次の仕事だ」


「……っ!!」


イフの目が、再び輝いた。


今度はただ敵を倒すためではない。


戦争を止めるために。


そして、その先にいる人々を守るために。


イフは静かに拳を握りしめた。








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