102.イフ、三度目の復活
時の竜王との戦いから、一ヶ月が経過した。
病院の一室。
イフは荷物をまとめ、身支度を整えていた。
久しぶりに袖を通す軍服。
ベッドの脇に置かれた荷物を手に取り、最後に身なりを確認する。
「……よし!」
イフは小さく拳を握り、気合いを入れた。
ようやく、この病院から出られる。
「いいなぁ、イフ! すぐに仕事復帰すんのか?」
ベッドの上から、エーズが尋ねた。
「まだわかんない! これからサブに聞いてみる!」
「……そうか!」
エーズが頷く。
その隣では、ラクも黙って二人の話を聞いていた。
「……まぁ。復帰っつっても、お前にやる事ねぇだろうがな」
ラクがいつもの調子で言い放つ。
「いや! やらせてくれってお願いする!」
イフは即座に言い返した。
「……あ?」
「ラクが時の竜王を倒したって聞いてさ! いてもたってもいられないからさ!」
その目には、以前にも増して強い意志が宿っていた。
ラクは、竜王を倒した。
自分だって、いつまでも守られる側でいたくない。
少しでも早く強くなりたい。
あの戦いの話を聞いてから、イフの胸の中には、そんな思いが膨らみ続けていた。
「……ふん」
ラクは鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
「……俺も竜王を倒せるくらいには強くなるよ! ラク!」
イフは真っ直ぐにラクを見つめた。
ラクは何も答えなかった。
ただ、イフの言葉を黙って聞いていた。
「じゃあな! ラクも早く治せよ!」
そう言い残し、イフは病室の出口へと歩き出した。
一歩、また一歩。
ドアに手を掛けようとした、その時だった。
「…………頑張れよ……」
背後から、小さな声が聞こえた。
「…………!」
イフの動きが止まる。
振り返ると、ラクがこちらを見ていた。
いつものような憎まれ口はない。
それ以上、何かを言うつもりもないらしい。
「…………」
イフは一瞬、驚いたように目を見開いた。
やがて、その顔に笑みが浮かぶ。
「……うん! ありがとっ!! じゃあね!」
勢いよく手を振り、イフは病室を出ていった。
――バタン!
ドアが閉まる。
再び、病室に静けさが戻った。
ラクは閉じたドアをしばらく見つめていた。
「…………」
そして、何事もなかったかのように視線を戻した。
***
竜征軍本部。
一室では、サブとキリがいた。
サブは後ろで資料に目を通し、キリは椅子に座って書類を作成している。
紙をめくる音と、ペンが走る音だけが静かな部屋に響いていた。
「そういえば、イフが今日から退院だな」
ふと思い出したように、サブが口を開いた。
「…………うん」
キリは手を止めずに頷いた。
「あいつ、軍に入って何回目の入院だよ……」
「……私が初めて出会った時も病院だった」
キリがぽつりと呟く。
「はははっ。そうだっけか?」
サブは懐かしそうに笑った。
「…………うん」
短く答えるキリ。
サブは手元の資料を置くと、椅子を引き、キリの隣の椅子に腰をかけた。
「今日はイフの訓練を見てやるか……。久しく見てなかったからな」
「……そう」
キリは淡々と返した。
それきり、会話が途切れる。
サブはキリの横顔をちらりと見た。
「…………」
「…………」
しばらくして、サブが口を開いた。
「……キリ」
「……?」
キリが顔を上げる。
「イフと一緒に仕事してみるか?」
「……いやだ」
返事は即答だった。
「……そうだよな」
サブは苦笑する。
だが、キリはそこで会話を終わらせなかった。
「……なんでサブは」
「……ん?」
「私とイフを仲良くさせようとするの?」
サブは少し意外そうに目を瞬かせた。
「……え?」
キリは視線を落とす。
「……別に、私は仲良くなりたくない……」
その声は、いつもと変わらず静かだった。
けれど。
その横顔には、どこか寂しげな影が差していた。
サブはすぐには答えなかった。
キリの表情を見つめ、少し考えるように目を伏せる。
「……俺は、イフとキリが段々と仲良くなってると思うぞ?」
「……なんで?」
「いっぱい話してるじゃねえか」
「…………イフがうるさいから」
「ははははっ」
思わずサブが笑う。
「笑わないでよ」
キリがじろりと睨んだ。
「悪い悪い……」
サブは笑いを収めると、少しだけ真面目な顔になった。
「……俺は、キリが誰かと仲良くしてるのが好きなのかもしれんな」
「……え? ……どういうこと?」
キリが不思議そうに首を傾げた。
サブは、どこか遠い過去を思い返すように視線を落とした。
「……俺と最初に出会った頃、覚えてるか?」
「………………」
キリは何も答えなかった。
ただ、静かにサブを見つめていた。
「なんていうか……。見たことない目をしてたよ」
「………………」
「黒くて……。誰も信用できないって目だった」
キリの表情が、ほんのわずかに揺れた。
サブはそれに気づいたのか、気づかなかったのか。
小さく笑って、話を続けた。
「はははっ。……お前と打ち解けるのに、俺がどれだけ苦労したことか」
「…………」
キリは視線を落とした。
あの頃の自分。
誰も信じられず、誰にも心を許そうとしなかった自分。
サブの言葉は、そんな過去を静かに呼び起こしていた。
「そんなお前がイフと話してるのを見ると、俺はとにかく嬉しいぞ」
「…………」
キリは何も言わなかった。
けれど、その胸の内では、言葉にできない何かが静かに揺れていた。
サブは再び、いつもの調子で笑った。
「だからやっぱり! 今度一緒に仕事してみよう!」
「……それは本当にやだ」
「はははっ! 駄目か〜」
サブの笑い声が、静かな部屋に響いた。
キリは呆れたように小さく息を吐き、再び手元の資料へと視線を戻す。
「………………」
サブもまた、何事もなかったかのように資料を手に取った。
二人の間には、いつもの穏やかな時間が流れていた。
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