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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第4章 キリ・フラッシュ
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101.パイナップル



二週間後。


病室。


窓から差し込む柔らかな日差しが、白い病室を照らしていた。


ベッドの脇に置かれた小さなテーブル。


その上には、何枚ものトランプが広がっている。


イフ、ラク、エーズ。


三人はベッドを囲むように集まり、ババ抜きに興じていた。


「…………」


イフは手札をじっと見つめていた。


指先でカードを一枚ずつずらしながら、向かいに座るエーズの表情を窺う。


一方のエーズも、イフの手元を警戒するように目を細めていた。


「……よし」


エーズが一枚のカードに手を伸ばす。


イフの手札から、そっと引き抜いた。


次の瞬間。


「あっ! しまった!」


エーズが思わず声を上げた。


引いたカードを確認すると、そこには見覚えのあるジョーカーがあった。


「やーい! ジョーカー拾った!」


イフが身を乗り出し、ニヤニヤと笑う。


「くそぉお! お前が持ってたのかよ!」


「へへーん! やっぱりエーズは引っかかるね!」


「うるせぇ! まだ負けたわけじゃねぇだろ!」


「いや、お前らよぉ。リアクションしすぎだろ……」


二人の騒ぎっぷりに、ラクが呆れたように呟いた。


彼もまた、全身を包帯でぐるぐる巻きにされている。


ベッドに横たわったまま、顔だけを少し持ち上げてゲームに参加していた。


「次、ラクさんっす! ジョーカー引いてください!」


エーズが勢いよく手札を差し出す。


「……なんだよ、それ」


ラクは眉をひそめた。


「いやいや、ここは空気読んでくださいよ!」


「ババ抜きで空気読めってなんだよ……」


ラクは面倒くさそうに息を吐きながら、エーズの手札へと手を伸ばした。


そのときだった。



――ガチャ。


病室のドアが開いた。


「……うるさい。……外まで聞こえてる」


冷ややかな声が、三人の耳に届いた。


入り口に立っていたのはキリだった。


片手には、今にも中身がこぼれそうなほど果物の詰まった紙袋を持っている。


「……あっ! キリ! おはよ!」


イフがぱっと顔を輝かせた。


いつものように、屈託のない笑顔を向ける。


「………………」


しかし、キリは何も答えなかった。


ただ無言のまま病室に入り、手に持った紙袋を抱え直す。


「…………」


「…………」


ラクとエーズは、揃ってキリの方へ視線を向けた。


二人とも、どこか不思議そうな顔をしている。


ここ最近、キリは毎日のように病室へ顔を出していた。


ラクはキリの性格をよく知っている。


普段の彼女は、他人の世話を焼くためにわざわざ足を運ぶようなタイプではない。


必要なことは淡々とこなすが、必要以上に誰かと関わろうとすることも少なかった。


そんなキリが、こうして毎日お見舞いに来ている。


どうにも、らしくない。


エーズもまた、何となく察するものがあったのか、キリとイフを交互に見つめていた。


当のイフは、そんな二人の視線など気にも留めていない。


「キリ! 最近、毎日来てくれるね! ありがとう!」


心から嬉しそうに笑う。


「……………サブが行けって言うから……」


キリは視線を逸らし、ぼそりと答えた。


「…………」


ラクは黙って二人のやり取りを眺めていた。


サブに言われたから。


キリの説明は、確かにそれだけで済む話なのかもしれない。


だが、本当にそれだけなのだろうか。


ラクは包帯に覆われた腕を少し動かしながら、考える。


何か心境の変化でもあったのか。


それとも、本人にもまだ自覚できていない何かがあるのか。


「……いや、でも嬉しいよ!」


イフはそんなことなど気にせず、もう一度笑いかけた。


「…………うるさい」


キリは小さく眉を寄せる。


そして――


――ドンッ!


紙袋をテーブルの上に置いた。


中から取り出したのは、ずっしりと大きな果物だった。


黄色と緑色の皮に覆われた、立派なパイナップル。


「………………」


「………………」


「………………」


三人の視線が、一斉にパイナップルへと集まった。


キリは何事もなかったかのように、小さなナイフを取り出す。


そして、パイナップルの皮に刃を当てた。


……。


…………。


静寂。


ラクがゆっくりと口を開いた。


「キリ、パイナップルはなんか違う気がするぞ?」


キリの手が止まった。


「…………え? ……なんで?」


本気で不思議そうな顔だった。


「いや、なんでって……」


ラクはパイナップルとキリの顔を交互に見た。


「普通、もうちょい食いやすいもん持ってこねぇか?」


「………………」


「いや、そもそもナイフで切るところから始めんのかよ……」


エーズが思わず口を挟む。


「…………え? ……だって果物でしょ?」


キリは首を傾げた。


「いや、そうだけどよ!」


「………………」


「………………」


病室には、再び微妙な沈黙が流れた。


その傍らで、イフだけは楽しそうに笑っていた。


いつもと変わらない、騒がしくて、少しだけおかしな日常。


ただ、その光景を見つめるラクの胸には、ひとつの疑問が残っていた。


キリは、どうして毎日ここへ来るのだろうか。


答えを知っている者は、まだ誰もいなかった。





***





竜征軍本部・会議室。


重厚な扉に閉ざされた会議室。


壁際には大きな本棚が並び、中央に置かれた長机の上には、いくつもの書類が積み重なっていた。


室内にいるのは二人の男。


竜征軍副司令、ゴーグ・エラインデス。


そして、サブ・ストレート。


ゴーグは椅子に深く腰掛け、手元の資料に目を落としていた。


やがて、資料を机の上に置く。


「……ラクを隊長に?」


サブが確認するように尋ねた。


「あぁ。時の竜王を倒したという戦績は、極めて評価に値する」


ゴーグは落ち着いた口調で答えた。


「……えぇ。確かにそうですが」


サブは表情を変えない。


ラクの実力と功績を疑っているわけではない。


ただ、その話の先に何があるのかを見極めようとしていた。


ゴーグは続ける。


「さらに君は、重力の竜王に続いて、嵐の竜王まで倒したらしいじゃないか」


「…………はい」


「いやはや、大したものだ。竜王を相手に、これほどの戦果を挙げるとはな」


ゴーグは感心したように頷いた。


しかし、サブの表情に変化はない。


称賛を受けても、誇らしげな様子を見せることはなかった。


ゴーグはそんなサブを見つめ、少しばかり声の調子を落とした。


「……今は総司令官のダラーがいない。このことは機密事項だが、いずれバレるだろう」


「…………」


「もっとも……私は、ダラーが再び戦場に出るとは思っていないがね」


ゴーグは指先を組み、椅子の背もたれに体を預けた。


「だが、戦争でも起きたら、流石に駆けつけるとは思うがねぇ」


「……戦争、ですか」


サブが静かに聞き返す。


「そうだ」


ゴーグは一度言葉を切った。


そして、サブの目をまっすぐに見据える。


「あぁ、君を総司令官に任命したいと思っている」


「………………」


会議室に沈黙が落ちた。


サブはすぐには答えなかった。


ゴーグの提案を頭の中で整理するように、わずかに視線を落とす。


総司令官。


竜征軍の頂点に立つ立場。


その意味を、彼が理解していないはずはなかった。


「……悪い話じゃないぞ?」


ゴーグが言葉を続ける。


「仕事は今よりか楽になる」


「……いえ」


サブは顔を上げた。


「……?」


ゴーグが眉を動かす。


サブは一切迷うことなく、静かに言い切った。


「私は最後まで戦場に出ます。竜人を駆逐する、その日まで」


その声には、揺らぎがなかった。


出世への欲も、名誉への執着も感じられない。


ただ、自分が何をすべきなのかを理解している者の声だった。


「………………」


ゴーグは黙ってサブを見つめる。


サブは構わず、さらに言葉を重ねた。


「ダラーさんは、人々から『人類最後の希望』と呼ばれております」


ゴーグの表情が、わずかに変わった。


「私が総司令になれば、ダラーさんの戦線離脱が瞬く間に取り上げられるでしょう」


「…………」


「彼が辞めたと、人類が聞いたらどう思うでしょうか」


サブは淡々と語る。


「少なくとも、今よりかは不安に陥るでしょう。それだけダラーさんの過去の戦争の戦績には価値があるんです」


言葉を区切り、ゴーグの反応を窺う。


「……何が言いたいんだ?」


ゴーグが尋ねた。


サブは一瞬だけ目を伏せた。


そして、あまりにもあっさりと答えた。


「私では能力不足と言いたいんです」


「…………なるほど?」


ゴーグはその言葉を口の中で転がすように呟いた。


しかし、その表情にはまだ納得しきれていないものが残っていた。


サブはそれを察しているのか、淡々と話を続ける。


「竜人が絶滅した時に、その話は考えますよ…。それか……人類最後の希望がなくなる時とかね」


「………………」


ゴーグは何も答えなかった。


サブは椅子から立ち上がる。


机の上に積まれた資料には目もくれず、扉へと歩き始めた。


「……この話は聞かなかったことにします」


「……はぁ」


ゴーグが深いため息をついた。


「……それでは。私は仕事がありますので」


サブは扉の前で立ち止まることもなく、会議室を後にしようとした。


その背中へ、ゴーグが声をかける。


「……君も、もうちょい大人になった方がいい」


サブの足が、ほんの一瞬だけ止まった。


「私には、ダラーがまた活躍するとは思えん」


「……………………」


サブは振り返らなかった。


反論することも、言い返すこともしない。


ただ、沈黙を貫いた。


やがて――


――バタン。


重厚な扉が閉じられた。


会議室に、再び静けさが戻る。


ゴーグはしばらく扉を見つめていた。


そして、誰に聞かせるでもなく呟く。


「優秀な奴ほど、何を考えているのかわからんな……」


机の上に置かれた資料へと視線を落とす。


そこには、先ほどまで話題に上っていた二人の名があった。


ダラー・オブ・ロイヤル。


サブ・ストレート。


「……ダラーも、サブ・ストレートも……」


ゴーグは小さく息を吐いた。


竜征軍を支える、二人の優秀な男。


その胸の内を、彼はまだ理解できずにいた。











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