10.新しい居場所②
それから、しばらくして。
身体を洗い、清潔な服に着替えたイフが、風呂場から出てきた。
「おおっ! イフ! もう出たか!」
「あ、はい……」
「よし! 来い、ガキ!」
ダラーに呼ばれるまま居間へ向かう。
そこで、イフは足を止めた。
テーブルの上には、たくさんの料理が並んでいた。
温かな湯気が立ち上り、部屋いっぱいに美味しそうな匂いが広がっている。
「こ、これは……!」
思わず声が漏れた。
「風呂に入ったら、次は飯だよなっ!」
ダラーは得意げに笑った。
「これ……全部、用意したんですか?」
「余りもんだけどな!」
そう言って、ダラーは椅子に腰を下ろした。
「さ、食え」
ダラーが、ふかふかのパンを差し出す。
イフはそれを両手で受け取ると、恐る恐る椅子に座った。
「こ、これは……?」
「あ? 知らねえのか?」
イフは小さく頷いた。
目の前の料理から漂う香りに、さっきから涎が止まらない。
「……ああ。あの国があんなことになってから生まれたんだもんな。そりゃ、知らねえか……」
ダラーは少し考え込んだあと、テーブルの上の料理を指差した。
「これはフライドポテトだ!」
「フライド……ポテト……!」
「おう! ジャガイモを揚げたやつだ。美味いぞ!」
「じゃ、ジャガイモって……?」
「……ジャガイモも知らねえのか?」
イフは、こくりと頷いた。
その目は、初めて見るものへの好奇心で輝いていた。
「ジャガイモっていうのは……」
ダラーは説明しようとした。
しかし、少し考えたあと、面倒くさそうに手を振った。
「とにかく美味いぞっ! 食え!」
「……はいっ!!」
返事をした瞬間、イフはフライドポテトを口いっぱいに頬張った。
「……っ!」
美味しかった。
ただ、それだけだった。
けれど、イフにとっては、それだけで十分だった。
温かくて、柔らかくて、噛むたびに口いっぱいに味が広がる。
今まで、こんな食べ物を口にしたことがなかった。
イフは夢中になって、目の前の料理を次々と口に運んだ。
パンを頬張り、ポテトを食べ、また別の料理に手を伸ばす。
温かな食事が、空っぽだったお腹を満たしていく。
そして、胸の奥にも、今まで知らなかった何かが広がっていった。
「……あ、ありがとうございます」
お腹が少し落ち着いた頃、イフは小さな声でそう言った。
ダラーは一瞬だけイフを見た。
「おうっ!」
それだけ答えると、豪快に笑い、酒を飲んだ。
イフは再び食事に夢中になった。
そんな様子を横目に、ダラーはテーブルの上を見渡した。
並んでいるのは、酒のつまみや、酒に合うような料理ばかり。
子供に食べさせるものとしては、少々偏っていた。
「…………」
ダラーは、ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「……今度、プティちゃんでも連れてきて、美味いもん作ってもらうか……」
そんなことを考えながら、ダラーはまた酒を口に運んだ。
***
その夜。
イフは、用意してもらった寝床に横になっていた。
身体を包み込む、温かな布団。
雨風をしのいでくれる、しっかりとした屋根。
そして、静かな部屋。
もう、誰かに怒鳴られる心配はない。
何かを失敗して、殴られる心配もない。
明日になれば、また働かされるのだろうか。
そんな考えが、ふと頭をよぎった。
けれど、今は違う。
自分を助けてくれた人がいる。
食事を与えてくれた人がいる。
そして、ここにいていいと、言ってくれた人がいる。
「…………」
イフは、布団をぎゅっと握りしめた。
こんなふうに、安心して眠れる夜が来るなんて。
少し前までは、想像もできなかった。
イフはゆっくりと目を閉じた。
温かな布団に包まれながら、久しぶりに、何も恐れず眠りについた。




