99.消失
一週間後。
病院の一室。
窓から差し込む柔らかな日差しが、白い病室を照らしていた。
ベッドの脇には点滴台が置かれ、消毒液の匂いがほのかに漂っている。
そこには、三つのベッドが並んでいた。
そのうちの一つ。
全身を包帯でぐるぐる巻きにされたラクが、ベッドの上で天井を見つめていた。
しばらくして、ゆっくりと口を開く。
「………………で」
「………なんでまた同じ部屋なんだ?」
不満げな声が、病室に響いた。
その視線の先には、イフとエーズの姿があった。
「俺、背中にヒビ入ってたっす!」
エーズが元気よく声を上げる。
「俺っ! 銃で四発撃たれた!」
イフも負けじと、なぜか誇らしげに答えた。
「うるせぇよ! お前らぁ!!」
ラクが思わず怒鳴った。
「はははっ! 仲良いなお前ら」
その様子を見ていたサブが、楽しそうに笑う。
「いや、お前はなんでピンピンしてんだよ! 毒やられたんだろ!!」
ラクがすかさずサブを睨みつけた。
サブは苦笑しながら、自分の体を軽くさすった。
「いやぁ、あれは参ったぜ……。二、三日は寝込んだな……!」
「……バケモンが……っ!」
ラクは呆れたように吐き捨てた。
「……うるさいよ、ラク」
サブの隣から、冷めた声が飛んできた。
キリだった。
ベッド脇の椅子に腰掛けたキリは、小さなナイフを手に、リンゴの皮を丁寧に剥いていた。
ラクは一瞬だけキリに視線を向けたが、すぐに顔をしかめる。
「……っ! ……くそ!」
そんなラクの様子など気にも留めず、イフがキリの手元を覗き込んだ。
「えへへっ! リンゴありがと! キリ!」
満面の笑みを浮かべるイフ。
キリは手を止めることなく、ぼそりと呟いた。
「…………別にイフだけの為じゃない……」
「えへへ……でも嬉しいよ?」
「……キモい……死んで?」
「死なない!」
「…………じゃあ黙って……」
「黙らないっ!」
「…………くっ!」
キリが悔しそうに眉を寄せる。
対するイフは、まるで勝ち誇ったかのように笑っていた。
「……へへへ!」
「………………」
「………………」
「………………」
三人は、そんな二人のやり取りを黙って見つめていた。
そして、ほぼ同時に思う。
(仲良くなってる……!)
どう考えても、会話だけを聞けば仲が良いとは思えない。
それなのに、二人の間には以前よりもずっと自然な空気が流れていた。
少なくとも、キリがイフのためにリンゴを剥いている時点で、何かが変わっているのだろう。
もっとも、本人にそれを指摘すれば、間違いなく怒られるに違いない。
そんな空気を破るように、イフがふと思い出したように声を上げた。
「そ、そういえばラク! サブ!」
「……ん?」
サブはイフに視線を移した。
「……あ?」
ラクも顔だけを向ける。
「竜王を倒したんだよね?」
「あぁ、倒したよ。ラクは大手柄だな!」
サブがそう答えると、ラクは気まずそうに顔を背けた。
「…………」
「竜王の能力はどうなったの? 奪ったの?」
イフが不思議そうに尋ねた。
「あぁ……そういえば、教えてなかったな」
サブは顎に手を当て、少し考えるような仕草を見せた。
「能力っつーのはな、竜人から人間への継承も可能だ。だが、奪うってなると少し違ってくるんだ」
「え? ……どういうこと?」
「能力を奪う時は、殺す時に奪うっていう意思が必要なんだ」
「……意思?」
イフが首を傾げた。
「あぁ。能力所持者が能力を譲る時に『あげる』っていう意思が必要なのと同じように、奪う時は奪う者の意思が必要だ」
「へぇ……そういうもんなんだ」
イフは感心したように頷いた。
「あぁ、あまり便利じゃねぇんだな、コレが」
サブは肩をすくめた。
「能力がポンポン奪えたら、今まで竜人なんて結構倒してきたから、うちは能力者だらけになる」
そこで一度、言葉を区切る。
「しかし、竜人が死ぬと同時に奪うって意思がないと、その能力は奪えないんだ」
「へぇ……じゃ、じゃあ竜人が死んで、奪えなかったら能力はどうなるの!?」
イフが身を乗り出す。
サブは、いつもの落ち着いた口調で答えた。
「……消失する」
「消失……!」
イフの表情から、笑みが消えた。
「……あぁ、だから嵐の竜王の能力も、時の竜王の能力も、今はこの世に存在しない」
「そ、そうなんだ!」
イフは驚いたように目を見開いた。
竜王ほどの強大な存在が持っていた能力でさえ、継承されなければ消えてしまう。
どれほど強力な力であろうと、必ず誰かの手に渡るわけではないのだ。
「あぁ。だからお前も、早く能力を手に入れないとな」
サブがイフに視線を向ける。
「うん! そうだな! もっと頑張るよ!」
イフは拳を握り、力強く頷いた。
その表情には、これから先の戦いに向けた決意が浮かんでいた。
「まあ、あれだけ戦ったんだ……。お前らも結構頑張ってくれた……」
サブは、病室にいる一人ひとりへと視線を向けた。
包帯だらけのラク。
背中を痛めたエーズ。
銃弾を四発も受けたイフ。
そして、自分自身もまた、決して軽くない傷を負っていた。
誰一人として、無傷ではなかった。
それでも、全員がここにいる。
サブは小さく息を吐き、改めて口を開いた。
「改めて俺から言わせてくれ……。今回、お前らは本当によくやった」
「…………」
イフたちが静かにサブを見る。
「本当にありがとう」
その言葉に、イフは少しだけ目を丸くした。
やがて、いつもの笑顔を浮かべる。
「……うん!」
ラクは天井を見つめたまま、短く答えた。
「……あぁ」
エーズも明るい声で応じる。
「……はい!」
キリは何も言わず、剥き終えたリンゴを皿に置いた。
その横で、サブは照れくさそうに頬を掻く。
「今はゆっくり全力で休んでくれ! 回復したら、今後も死ぬほど働いてもらうぞ!」
「よっしゃあ! かかってこいよ!」
イフが勢いよく声を上げた。
「ははははは!」
「へへへへ!」
「あははは!」
病室に笑い声が広がる。
ラクは相変わらず不満げな顔をしていたが、その口元にはほんのわずかに笑みが浮かんでいた。
キリもまた、騒がしいイフを横目で見ながら、小さく息を吐いた。
窓の外では、穏やかな風が吹いていた。
激しい戦いの傷跡は、まだ彼らの体に残っている。
それでも今だけは、誰も戦う必要がなかった。
仲間たちの笑い声が、病室を満たしていた。




