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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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103/121

100.ありがとう




「うぅむ……」


竜征軍本部。


執務室の机に向かい、サブが唸っていた。


机の上には、何枚もの資料が広げられている。


隊員たちの負傷状況、復帰までに必要な期間、今後の任務の割り振り。


どれも頭の痛くなるような数字ばかりだった。


サブは資料の一枚を持ち上げると、眉間にしわを寄せた。


「……どうしたの? サブ」


声をかけたのはキリだった。


手には湯気の立つコーヒーカップ。


キリはそれをサブの前にそっと置いた。


「ありがとう、キリ……。いやあ……」


サブはカップを受け取り、ひとまず一口飲んだ。


温かなコーヒーが喉を通る。


しかし、目の前の資料を見れば、ため息をつかずにはいられなかった。


「……?」


キリは不思議そうに首を傾げる。


それからサブの隣に腰を下ろし、机の上の資料を覗き込んだ。


「イフは全治一ヶ月、エーズは全治二ヶ月……」


サブは資料を指先でピラピラと揺らした。


「で、ラクは全治半年。プラス、リハビリが必要」


「……うん」


キリは資料に目を落とし、小さく頷いた。


「結構痛手なんだよなぁ……特にラクが」


サブが椅子の背もたれに体を預ける。


今回の戦いで、主力となる隊員たちがまとめて戦線を離れることになった。


ただでさえ任務は山積みだ。


そのうえ、竜王との戦いを終えたばかりで、今後の対応にも追われている。


頭が痛くなるのも無理はなかった。


「……私は、サブがもう元気なのが凄い不思議だよ」


キリが隣から顔を覗き込む。


毒を受け、あれだけの激戦を経験したはずなのに、サブはもう普段どおりに仕事をしている。


その回復力には、キリも呆れるばかりだった。


「……まあ、俺も結構大変だったんだけどな」


サブは苦笑する。


「……ま、こいつらには意地でも早く働いてもらいたい。三ヶ月で……いや二ヶ月で全員動けるようにしたいな」


「……鬼だね」


「そんな褒めるなよ」


「……褒めてない」


即答だった。


「ははっ」


サブは楽しそうに笑うと、資料を机の上に置いた。


そして、少しだけ真面目な顔になる。


「今は全力でゆっくり休んでもらおう。しばらくは俺ら二人で働くぞ」


「……うん」


キリは静かに頷いた。


自分たちが動かなければ、竜征軍は回らない。


それはキリもよく分かっていた。


「……忙しくなるぞ?」


サブが横目でキリを見る。


「…………頑張るよ」


キリは小さく息を吐きながら答えた。


「ははっ。頑張ろうな」


サブは再び資料に目を落とした。


机の上には、まだまだ片付けなければならない仕事が山ほど残っている。


二人の長い一日は、まだ始まったばかりだった。






***






病院。


窓から差し込む日差しが、白いシーツの上に柔らかな影を落としていた。


その病室には、イフ、ラク、エーズの三人がいる。


エーズはベッドの上で体勢を整え、イフはぼんやりと天井を眺めていた。


一方、ラクは相変わらず全身を包帯で巻かれ、ベッドの上で不機嫌そうに横になっている。


しばらくの間、病室には静かな時間が流れていた。


やがて。


「…………イフ」


ラクが、ぽつりと呟いた。


「……ん? なに?」


イフは顔を向ける。


ラクはすぐには答えなかった。


天井を見つめたまま、少しだけ口を結ぶ。


言いたいことはある。


だが、いざ口にしようとすると、どうにも気恥ずかしかった。


やがて、ラクは小さく息を吐いた。


「ありがとな……」


「……え? なんで?」


イフは目を丸くした。


思いがけない言葉だった。


ラクが自分に礼を言うなんて、いったい何があったのだろう。


「……なんでもだよ」


「えぇ? なんでもってなんだよぉ」


イフが不満そうに頬を膨らませる。


せっかく礼を言われたのに、理由が分からないのでは落ち着かない。


「なんでもはなんでもだよ」


「なんでもはなんでもってなんだよ!」


「……うるせぇよ!」


ラクが怒鳴った。


「へへへっ!」


イフは楽しそうに笑った。


そんな二人のやり取りを眺めていたエーズが、にこにこと笑いながら口を挟む。


「仲良くなりましたね! 二人とも!」


「……どこがだよッ!!」


ラクが再び怒鳴った。


病室に響き渡る声。


その隣で、イフは相変わらず楽しそうに笑っていた。






***





白い光の中。


果てしなく広がる、何もない空間。


上下も、左右も、遠近さえも曖昧な世界。


その中心で。


《……ぐぬぬぬぬ》


可愛らしい声が響いた。


何かに苦戦しているような、悔しそうな声。


その声には、どこか聞き覚えがあった。


いったい、誰の声なのだろうか。

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