第4章 遺跡(2)
「下がれ!」
シンはアオを庇うように一歩前へ踏み出し、ギアブレードを構えた。
「ゴーレムか……!」
「……! あれは大型の古代機兵……! すごい、まだ稼働してる!!」
アオは後ずさりながらも、その視線を機兵から離さなかった。
「感心してる場合じゃないぞ……っ!」
振り下ろされた巨腕を、シンはギアブレードの腹で受け流す。衝撃が腕へ重く食い込み、大型機兵の関節部からは金属の擦れる不快な駆動音が漏れた。
「まさか機械を相手にする事になるとはな……」
「シンさん! 大型古代機兵は胸部中央に核があります! でも……っ、核は壊さず残せませんか!?」
「……っ! 無茶を言うな……!」
言いながら大剣を横向きに構え、再び打ち込まれた拳を正面から受け止める。重い振動が金属床を伝い、通路全体が鈍く震えた。
アオは機兵へ弓を向け、刻まれた術環へ素早く指を滑らせた。
「動きを止めます! 風の術環、展開!」
緑色の光が矢へ収束し、その周囲を細い風が幾重にも巻き始める。
「はっ!」
鋭く放たれた風矢が黒い巨体の肘関節へ直撃する。しかし硬質な装甲に阻まれ、火花を散らしながら弾き返された。
「やっぱり通常展開じゃ足りない……っ! シンさん、時間を稼いでください!」
シンは短く頷き、古代機兵の懐へ踏み込む。刃を装甲へ叩き込みながら絶えず攻撃を繰り返し、機兵の意識を自分へ向け続けた。
「風の術環……二層展開……!」
矢の先端に浮かぶ円環が二層に重なり、緑色の光が一段強く輝きを増す。周囲に風が渦を巻き、アオの衣服が激しく煽られる。
解き放たれた矢は轟風を伴って通路を裂き、機兵の肘関節を深く貫いた。装甲の隙間から火花が吹き散り、巨大な腕が鈍く垂れ下がった。
「いいぞ! 次は足を狙え、隙を作る!」
吹き荒れる風の余波を剣で受け流しながら、シンが叫ぶ。
「やってみます!」
アオが再び弓を引き絞る。その前方では、シンが振り下ろされた拳をギアブレードの腹で受け止め、巨体の重量に押し込まれながらも一歩も引かずに踏みとどまっている。
黒い頭部の双眼が不意に点滅し、無機質な電子音が等間隔で鳴り始める。
「まずいっ! シンさん、避けて!」
シンは咄嗟に拳を横へ受け流し、体勢を崩した巨兵の腕の下を潜り抜ける。その動きと同時に、アオは狙いを足元から頭部へ切り替えていた。
十分な溜めを作れないまま放たれた矢は本来の威力には届かなかったが、頭部へ衝突した衝撃で照準が逸れ、放たれた極光は通路脇の壁面を薙ぎ払った。
白熱した光線は黒い金属の壁から天井まで一直線に焼き裂き、断面を赤熱させながら深く抉っていく。溶けた内部構造が赤く露出し、立ち上る熱気で空気が歪んでいた。熱風が頬を撫で、アオは思わず息を呑む。
「これが……古代魔法の威力……!」
アオは目を見開いたまま後ずさる。小刻みに震える両膝が思うように動かず、乱れた呼吸と共に額へ冷たい汗が滲んでいた。シンは肩越しにアオを一瞥し、すぐに前へ向き直る。
「……俺が前に出る。お前は次を叩き込む準備をしておけ」
アオは唾を飲み込み、乱れかけた呼吸を押さえ込む。
「わかりました……! シンさん、装甲の隙間をこじ開けてください! そこへ矢を撃ち込みます!」
シンは低く息を吐き、古代機兵の動きを観察する。
「……関節の駆動部、見慣れた作りだな」
呟きながら振り下ろされた腕を最小限の動きでかわし、装甲同士の継ぎ目を追うように視線を走らせる。
機兵の頭部が再び赤く明滅する。シンはアオへ射線が向かない位置を維持しながら敵意を引きつけ続け、放たれた二発目の光線を身体を捻って回避した。極光は壁面を掠めながら通路の奥へ走ったが、その輝きは途中で不規則に揺らぎ、掻き消えるように途切れる。
シンは光線の不自然な綻びに一度だけ眉根を寄せたものの、すぐに胴体装甲へ目を向け、その継ぎ目を捉えた。
「……っ、あそこか!」
踏み込みと同時にギアブレードを胴体の継ぎ目へ深く突き立てる。全身の力で捻り上げた刃の先から鈍い破砕音が響き、装甲板が強引に引き剥がされた。
既に狙いを定めていたアオが、深く息を吸い込む。
「氷の術環、起動──!」
冷たい青光が解き放たれ、通路の空気を裂きながら機兵へ走った。矢を追うように吹き抜けた冷気が黒い壁の表面へ薄く霜を広げ、露出した内部回路へ突き刺さった光の矢から、青白い氷結が一気に広がった。
脈動していた光の線が次々と途絶え、機体が鈍く揺れる。掠れた駆動音を最後に、その巨体は完全に停止した。
「……止まったか?」
シンは眉を寄せたまま、倒れ込んだ機兵の肩装甲をギアブレードの切っ先で慎重に押した。硬い金属板が鈍く軋む音を返すだけで、巨体は微動だにしない。関節部を巡っていた青白い光も既に失われ、通路へ残るのは焼けた金属の臭気と白い霧だけだった。
「……大丈夫みたいです。核を調べれば、何か分かるかもしれません」
張り詰めていた呼吸を吐き出し、アオはようやく肩の力を抜いた。額の汗を手の甲で拭い、倒れた古代機兵へ歩み寄る。
シンは膝をつき、胸部中央の装甲へ視線を落とす。表面を覆う黒い金属には細かな継ぎ目が幾重にも走り、その隙間には古い留め具が埋め込まれていた。指先で位置を確かめると、腰の工具入れから細い金具を取り出し、慣れた手つきで固定具を順番に外していく。
乾いた金属音が連続して響き、最後の留め具が外れると、胸部中央の保護板がわずかに浮き上がった。
「開いたぞ」
シンが保護板を横へずらすと、内部には拳大の黒い結晶体が収められていた。中心部では微かな光が脈動し、周囲には極細の光線が血管のように伸びている。
アオは息を呑み、そっと両手で核を受け取った。
「これが大型古代機兵の核……」
壊れ物を扱うような手つきで表面へ触れ、核の反応を確かめながら魔力を流し込む。呼応するように核の周囲へ淡い光が広がり、複数の古代術環が幾重にも重なって浮かび上がった。細密な紋様は幾何学的に重なり合い、複雑な光の輪が音もなく回転している。
アオはその一つ一つを指先で丁寧になぞりながら、浮かび上がる古代文字を追っていった。
背後では、シンが腰袋から干し肉を取り出している。包装布を剥がして一口噛みちぎると、壁へ背を預けてアオの作業を眺める。
「すごい……術環同士が多重接続されています。しかも単独制御じゃなくて、状況ごとに分岐してる……。えっと、この部分がさっきの光線攻撃ですね。こっちは索敵……いや、迎撃優先順位か……」
指先を滑らせるたび、別の術環が反応して淡く発光した。
「わっ……防御障壁の機構まで組み込まれてます。自己修復機能もある……でも出力が極端に低いですね。動力供給が不安定だったのか、それとも──」
呟きながら術環を追っていたアオの背後で、シンが干し肉を噛み砕きつつ低く口を開いた。
「そういえば、二発目の光線も途中で不自然に途切れていたな……」
アオの指先が止まる。
「……確かに。それなら動力源に問題がある可能性もありますね」
核の最深部へ視線を落としたアオは、表情を引き締めた。
「この一番深い場所に刻まれているのが、行動指針と記憶を司る部分……いわば、古代機兵の“魂の術環”ですね」
淡く浮かぶ最奥の術環へ、意識を集中させながら魔力を流し込む。光が波紋のように広がり、空中へ半透明の映像が投影された。青白い光で構成された立体映像は所々が欠け、文字列も断続的に崩れている。それでも中央には巨大な遺跡構造図が浮かび上がり、複雑な通路の先に位置する円形広場だけが赤く明滅していた。
アオは断片的に表示される古代文字を必死に読み取っていく。
「えっと……『大地の源流たる純生マナの……管理・抽出を目的とし……これを、“星の揺り籠”システムへと……封印する』……?」
読み上げた本人も意味を掴みきれず、困惑した表情で見取り図を見つめる。
シンは壁から背を離し、投影された地図へ目を細めた。赤く点滅する最深部から枝分かれした通路へと視線を滑らせ、遺跡の構造と距離感を頭の中で組み立てる。
「その赤い場所が最深部か……。何かが隠されているのは間違いないようだな」
アオはなおも古代文字を追い続けていたが、シンは既に通路の先へ身体を向けていた。
「行くぞ」
シンは肩越しに短く声をかけ、通路の奥へ足を踏み出す。
アオは名残惜しそうに核へ視線を落としたあと、小さく息を吐いた。
「ま、待ってください! まだ気になる部分が──」
言いかけながらも足早に追いかける。壁面を流れる青白い光に導かれるように、二人の影は遺跡の奥へ並んで進んでいった。




