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歯車と星の環  作者: 進藤晶人
第一部 はじまりの森 グリーダ
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第4章 遺跡(1)

夜を越え、深い木立を抜けた二人の前には、目的の朽枝の星祷院がその姿を露わにしていた。


高く重なった葉の隙間から薄い陽光が差し込み、湿った地面へまだらな影を落としている。一帯には苔むした石塊が無秩序に転がり、砕けた石材や崩れた壁の一部が木々の根に絡め取られている。遺跡だった痕跡は確かに残っているが、その輪郭は長い年月の中で森へ溶け込んでいた。


アオは周囲を見回しながら、足元の石へ視線を落とした。


「これは……元の形も分からないですね……」


しゃがみ込んだアオは土に埋もれた石片の縁を指先で払い、剥がれた苔の下から覗いた灰白色の表面へ目を凝らした。しかし、そこにも装飾らしい痕跡は残っていない。


少し離れた場所で石塊を眺めていたシンが、短く息を吐いて肩を竦めた。


「だから言っただろう」


「……でも、せめて古代術環が見つかれば……」


アオは腰のポーチを探り、小型の金属製ルーペを取り出した。縁へ刻まれた小さな術環へ魔力を流し込むと、青白い光の輪が空中へ浮かび上がる。アオはルーペを片手に持ち、苔の剥がれた面や割れ目を一つずつ照らしていった。


「上手い人なら、このあたり一帯の魔法や罠を一瞬で探知できるんですけど……僕はそこまで得意じゃなくて……」


石塊を照らす光を追いながら歩くアオの横で、シンも周囲の残骸を一つずつ確かめていた。転がる石へ靴先を当て、露出した岩肌を拳の背で軽く叩いていく。鈍い音が返るものもあれば内部まで詰まった重い感触を返すものもあり、シンはその違いを確かめるように次の石塊へ手を伸ばした。


崩れた石材をいくつか調べたのち、シンは一際大きな石塊の前で足を止めた。拳を当てて数度叩くと、他の石とは異なる硬質な反響が返ってくる。


「……おい。この岩、他より硬そうだぞ」


アオが振り返り、急いで駆け寄る。探知の光を石塊へかざすと、風化した岩肌の一部へ掠れた紋様が滲み出した。


「……あっ、ありました!」


浮かび上がったのは、小さな古代術環だった。幾何学的な線が複雑に絡み合い、淡い金色の光が岩肌の奥で澄んだ輝きを湛えている。


アオはルーペの光を岩肌へ落とし、顔を近づけた。照らされた線の流れを追うように、指先が紋様の縁を辿っていく。


「結界……ですね」


指の動きが途中で止まり、蒼い瞳が術環の流れを追う。眉間へ軽く皺を寄せたまま、交差する線と古代文字を読み解くように視線を巡らせた。


シンは岩から一歩離れ、腕を組んでいる。


「相殺の術環とやらは使えないのか?」


「うーん……結界はきちんと解読して解除する方が安全なんですが……」


アオは指先を顎へ添えたまま小さく唸り、再び術環へ目を落とした。


「それだと時間がかかるので、相殺の術環を試してみましょうか。この場所ならうまく使えるかもしれません」


そう言いながら数歩後方へ下がり、背負っていた弓を下ろす。木肌へ刻まれた古代術環へ指先を滑らせると、引き絞った弦の奥で岩を真っ直ぐに見据えた。弓身に沿って白光が細く走り、周囲の空気が張り詰める中、アオは岩肌へ浮かぶ結界の術紋へ狙いを定めた。


「……いきます」


放たれた白い光矢が真っ直ぐ術環へ突き刺さる。岩肌へ刻まれていた紋様が細かく明滅し、内部から軋むような振動が響いた。石塊の表面へ幾筋もの亀裂が走り、巨大な岩が音を立てて崩れ落ちていく。


砕けた石片が土煙を巻き上げ、その向こうから深い空洞が姿を現した。地下へ続く石階段が闇の中へ深く伸び、その奥から流れ出した冷たい風が二人の足元を撫でていく。


「……! ありましたよ、シンさん!」


アオの声が弾む。階段の入口を見つめたまま、胸元で鞄の肩紐を強く握りしめた。


「よかった……僕の仮説は間違ってなかったんだ……」


シンは片眉を上げ、足元の岩片を一つ拾い上げた。掌の上で転がしながら何度も角度を変え、その質感を確かめるように眺めている。


「……ただの石ころじゃなかったってわけか。大したもんだ」


アオは唾を飲み込み、階段の奥へ視線を落とした。


「行きましょう……!」


開いた掌から光球が浮かび、柔らかな明かりが暗がりの奥を照らす。石段の縁が闇の中に細く浮かび上がり、二人は地下へ続く階段へ足を踏み出した。



   ◇──◇──◇


地下へ続く階段は想像していた以上に深く、降りるにつれて空気の温度が少しずつ失われていく。粗い岩肌だった壁面は次第に継ぎ目の見えない黒い金属質の壁に置き換わり、階段を降り切る頃には、二人の前に長い通路が伸びていた。


回路のように壁面を巡る青白い光が通路を冷たく照らし、踏み込むたびに靴底の音が硬く反響する。


「中は明るいですね」


アオが光球を消す傍ら、シンは通路の先へ目を凝らし、その奥から漂ってくる油と鉄の臭気に眉を寄せた。


「古代文明……というのは、どこもこんな感じなのか? これじゃあまるで──」


言いかけたところで言葉を切る。


隣を歩くアオは気づく様子もなく、壁の表面を流れる光の筋を食い入るように見上げている。


「はい! 不思議ですよね。現代の技術だと、この黒い素材がどうやって精製されたのかすら解明できてないんです」


指先を壁へ近づけたアオは、触れる寸前でその手を止め、流れてゆく光の筋を眺める。


「古代遺跡って、こういう機械的な構造を持つものが多いんですよ。でも肝心の動力源だけは全く分かってなくて……普通のマナを流しても起動しない遺物ばかりですし、学会でも『マナの性質が違っていた』とか『現代とは異なるエネルギー体系だった』とか、色んな説が出てるんです」


歩きながら説明を続けるアオの瞳は明るく、言葉は止まる気配を見せなかった。


「でも、この遺跡はまだ生きてます。壁の光も内部機構も停止してない。つまり、どこかに今も動力源が残ってるはずなんですよ。もし見つけられたら、歴史的大発見ですよ……!」


アオの弾んだ声が細長い通路へ反響する。その余韻が消えきる前に、奥の暗がりから鈍い駆動音が響いた。一定の間隔で床を打つ重い音が硬質な通路を伝い、壁面を流れる青白い光をかすかに震わせていく。


シンは反射的にアオの肩を掴んで背後へ押しやると、ギアブレードを抜き放ち、通路の奥を見据えた。


「この音は……」


アオの声音には、警戒より期待に近い色が混じっていた。


青白い光に照らされた通路の奥で、巨大な人型の影がゆっくりと輪郭を結んだ。人間を遥かに超える巨体は黒い装甲に覆われ、関節部では幾筋もの光が脈動している。重い足音に合わせて装甲板が擦れ合い、その音が硬質な通路へ低く響いた。


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