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歯車と星の環  作者: 進藤晶人
第四部 機鋼国 ヴァルガンド
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第13章 潜入

荒野を越えた先には、巨大な黒い城壁が地平線を塞ぐようにそびえ立っていた。その向こうには監視塔や砲座らしき構造物が並び、遠目に見えるヴァルガンドは巨大な要塞そのものだった。


二人が歩みを進めるにつれ、見上げる壁面は視界の大半を占め始める。黒鉄の外壁には規則正しく継ぎ目が走り、排気塔の奥からは低い駆動音が絶え間なく響いていた。城壁上を巡回する探照灯の光が荒野を横切り、その白い軌跡が黒い防壁を冷たく照り出している。


アオは思わず足を止め、城壁を見上げた。


「これが……ヴァルガンド……」


隣へ並んだシンは険しい表情のまま城壁を見据え、低く口を開いた。


「モグラから受け取ったデータによると、侵入口は西側防壁の崩落区画だ。この時間なら巡回も少ない」


二人は城壁沿いの崖地帯へ進路を変える。崩れた鉄骨や廃棄パイプが斜面一帯へ積み重なり、足場の悪い崩落跡が黒い影となって広がっていた。


シンは瓦礫の隙間を見回しながら進み、崩れ落ちた装甲板の近くで足を止めた。斜めに倒れ込んだ黒鉄の板に手を掛け、脇へ押し退けると、その下から整備用通路の扉が姿を現した。錆び付いた取っ手を掴んで引き開けると、軋んだ金属音とともに冷たい空気が吹き上がった。


「行くぞ」


短く告げるとシンは先に梯子へ足を掛けた。アオも後へ続き、二人は暗い縦穴を降りていった。


地下通路へ降り立つと、太い蒸気管が壁沿いを走り、その継ぎ目から漏れる熱気が淀んだ空気を揺らしていた。壁際へ並ぶ赤い表示灯が薄暗い光を落とし、床を浅く流れる黒く濁った水は足を踏み出すたびに微かな水音を返す。アオは周囲へ気を配りながら、数歩先を進むシンの背中を追った。


「本当にこんな場所から入れるんですね……」


「元々は旧整備路だ。今はほとんど使われていない」


シンはそこで言葉を切り、足を止めると、腕を横へ伸ばしてアオを制止した。遠くの通路奥から硬い金属音が一定の間隔で響き、その音は床を伝うように少しずつ近付いてくる。シンは眉をひそめ、アオの肩を掴んで壁際を走る太い蒸気管の陰へ引き寄せた。


二人が身を潜める中、暗い通路の奥から小型警備機械が姿を現す。複眼状のレンズが赤く明滅し、前方へ伸びた照明灯が狭い通路を白く照らしていく。床を走る赤い走査光が壁面や黒い水面をゆっくりと舐め、規則的な機械音だけが狭い通路へ不気味に反響していた。


「ヴァルガンドの警備機械だ。見つかれば警報が走る」


耳元へ落ちた低い声に、アオは張り詰めた顔のまま小さく頷く。


警備機械の駆動音が遠ざかると、シンは配管の陰から通路を窺い、再び奥へ向かって歩き始めた。何度か曲がり角を確かめながら進むその背中を追い、アオも足早に後へ続く。


地下通路を進んだ先では、天井ごと崩れ落ちた鉄屑の山が行く手を塞いでいた。捻じ曲がった鉄骨や砕けた黒鋼板が斜面のように積み重なり、その下には押し潰された排水槽の一部が覗いている。濁った水は鉄屑の隙間を縫うように排水口へ流れ落ち、その奥から低い唸りが絶え間なく響いていた。


アオは足を止め、行く手を塞ぐ崩落跡を見上げた。


「道、塞がってます……」


シンは周囲を見回した後、崩れた壁面の上へ目を留める。頭上には整備用の鉄骨足場が重なるように組まれ、崩落地点の奥へ続いている。


「上から行くぞ」


短く告げると、シンは近くの支柱へ手を掛けて低い足場へ身を乗り上げる。鉄骨の上で体勢を整えると、そのまま崩落地点の上を横切る足場へと移動した。アオも後を追って支柱へ手を掛け、慎重に身体を引き上げた。


アオはところどころ腐食した足場へ視線を落とし、一歩ずつ慎重に進んでいたが、不意に靴底が錆びた金属を滑った。


「うわっ……!」


踏み外した足が空を切り、アオは目を見開く。身体が大きく傾いていく中、咄嗟に伸ばした手が鉄骨を掴み、辛うじて体勢を支えた。宙に投げ出された足の下では導管や鉄骨の残骸が折り重なり、黒い排水が渦を巻きながら底の見えない穴へと流れてゆく。アオは揺れる瞳で渦の中心を見つめていた。


崩れた体勢を立て直すより早く、シンの手が伸び、その腕を力強く引き上げた。


「下を見るな」


低く押し殺した声が落ちる。


アオは青ざめた顔で何度も頷くと、乱れた呼吸を整えながら鉄骨を握り直し、足元を見ないよう視線を前へ向けた。


二人は不安定な足場の上を慎重に進む。時折渡り板や鉄骨を乗り換えながら上へ向かい、突き当たりの天井に設けられた点検口を抜けて上層通路へ出ると、シンは周囲へ視線を巡らせた。


「こっちだ」


再び歩き出したところで、角の向こうから二人組の巡回兵が姿を現した。黒い装甲越しに赤い照準灯がこちらを捉え、先頭の兵士が反射的に声を張り上げる。


「誰だ!?」


兵士の手が壁の通報端末へ伸びるが、それより早くシンは銃を構えていた。隣ではアオが掌をかざし、共鳴術環へ流し込まれたマナが銃口の奥で収束していく。


引き金が絞られると、高密度の魔力弾が狭い通路を一直線に貫いた。先頭の兵士は胸部装甲ごと吹き飛ばされ、背後の壁へ激突する。通路へ鈍い衝撃音が響く中、残された兵士は弾かれたように腰の通信機へ手を伸ばす。


シンは一歩踏み込み、流れるように銃口を横へ滑らせた。次の一撃が兵士の腕を撃ち抜き、通信機が床へ転がる。肩を強く打ちつけた兵士はそのまま壁面を滑り落ち、床へ崩れ落ちた。


アオは壁の警告灯を見上げ、張り詰めた息を吐き出す。


「警報……鳴ってませんよね……?」


シンは答える代わりに、床に落ちた通信機を拾い上げた。耳元へ押し当てた機器の奥では短い雑音が断続的に走り、その合間に切迫した声が重なる。


『第七整備路、応答なし。巡回班、状況を報告しろ』


『近隣班を向かわせろ。侵入者の可能性あり』


通信を聞くうち、シンの眉間へ深い皺が刻まれる。


「まずい。追手が来るぞ」


その言葉のすぐ後、通路の奥から重たい足音と金属の擦れる音が響き始めた。複数の気配が通路の奥から迫り、アオは思わずそちらに顔を向ける。


「もう……!?」


シンは通信機を床へ放り落として踵で踏み砕くと、反対側の通路へ視線を向けた。


「走るぞ」


二人が走り出した途端、背後の角から複数の装甲兵が駆け込んでくる。


「いたぞ!」


怒声の後ろで非常灯が激しく明滅し、甲高い警報音が通路へ響き渡る。シンは振り返りざまに銃を構え、アオも呼吸を合わせるように術環へ手をかざした。


乾いた発射音が続き、鋭い光弾が次々と放たれる。先頭の兵士が構えていた大型盾は装甲ごと吹き飛ばされ、砕けた金属片が周囲へ飛び散った。


しかし後続の兵士たちは足を止めず、盾を並べたまま前進を続ける。重なり合う足音の奥では機械兵の駆動音まで響き始め、通路の向こうには新たな気配が次々と増えていった。


シンは後退しながら続けざまに引き金を引く。光弾の軌跡が幾筋も走り、壁や装甲へ弾かれた火花が赤い非常灯の下へ激しく散った。


「シンさん、このままじゃ……!」


アオはシンの険しい横顔と迫り来る兵士たちを見比べ、意を決したように弓を構えた。


「氷の術環……展開……!」


放たれた矢が床の継ぎ目へ突き立つと、白い霜が波紋のように広がり、通路一帯の金属床を薄い氷で覆っていった。突撃していた兵士たちは足を滑らせ、盾を構えたまま大きく体勢を崩す。先頭集団の進軍は大きく乱れ、後方から押し寄せていた機械兵も巻き込まれながら次々と倒れ込んでゆく。


「今のうちに!」


アオの声に頷いたシンは踵を返し、二人は脇に伸びる整備通路へ駆け込んだ。背後では怒号と警報音が何重にも反響し、追手の足音が入り組んだ施設の奥まで執拗に追い掛けてくる。


曲がり角を何度も抜けた先で、シンは通路脇の扉を勢いよく蹴り開け、二人は転がり込むように室内へ飛び込んだ。シンが背後の扉を手早く閉めて背中を押し付ける傍ら、アオは荒い息を押し殺しながら身体を強張らせている。


扉の向こうでは兵士たちの足音が駆け抜け、その音が次第に遠ざかる。アオはようやく肩の力を抜き、深く息を吐き出すと、室内へ視線を巡らせた。


「ここ……どこですかね……?」


薄暗い室内には無数のモニターと機械台が据えられ、太いケーブル束が床や天井を這うように伸びている。壁際に並ぶ大型の制御装置が低い駆動音を響かせ、その向こうには別の区画へ続く通路が伸びていた。


室内を見渡したシンは、眉根を寄せ、低く呟くように口を開いた。


「……ここが研究区画のようだな」


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