第12章 共鳴銃(1)
「まさか……本当に持ってくるとはな」
モグラは鉄殻蜥蜴の胸殻を掌に載せ、そのまま顔の高さまで持ち上げた。灰色の硬い表面を眺めながらゆっくりと角度を変えていくたび、内部へ埋もれていた細かな金色の粒が光を反射して瞬く。
部屋の隅では、シンが暗い瞳のままモグラを睨みつけていた。握られた拳の筋がわずかに浮き、張り詰めた沈黙だけが低く空気へ沈んでいる。
「約束通り、ヴァルガンドの情報を教えてください! フィリアは無事ですか……!?」
アオは身を乗り出すように詰め寄る。張り詰めた声が狭い部屋へ響く中、モグラは視線も返さず机へ向き直った。
胸殻が無造作に机へ置かれ、キーボードを叩く乾いた音が続けざまに響き始める。浮かび上がった画面群へ次々と新たな情報が流し込まれ、青白い表示が目まぐるしく切り替わっていく。
「奴らは最近、レーヴァテインという古代遺物を手に入れたらしい。……資料を漁ってみたが、古代文明の旧機鋼派が作っていた、対魔導派の“殲滅兵器”のようだ」
その言葉に、シンの肩が大きく震える。見開かれた瞳が揺れ、握られていた拳へさらに力が込められた。
「殲滅兵器……!?」
アオが思わず一歩踏み出す。
モグラは流れ続ける画面へ目を向けたまま、低く言葉を続けた。
「過去の内戦の混乱で行方不明になっていたらしいが、起動時に発生した特殊な波長を追跡した結果、所在が特定されたらしい。……そして、その動力源がこいつだ」
強く叩き込まれたキー入力と同時に、中央の画面へ映像が展開される。
そこへ映し出された光景を見た途端、アオは息を詰まらせた。
緑色の液体で満たされたカプセル。その内部では、フィリアが膝を抱えるように身体を縮め、弱々しく明滅を繰り返していた。淡い光の粒がフィリアの身体から絶え間なく浮かび上がり、カプセル外壁へ接続された無数の管へ吸い込まれていく。
「──っ」
血の気を失った顔のまま、アオはふらつく足取りでその映像へ近づいていく。
「ひどい……どうして、こんな……っ」
震える両手が画面へ伸ばされる。しかし指先は青白い映像光を虚しく掻き抜けるだけで、フィリアへ届くことはない。
アオは俯くと、伸ばした手を強く握り締め、そのまま胸元へ引き寄せた。
「フィリアが、苦しんでる……っ。こんなの……あんまりだ……!」
絞り出した声が部屋へ掠れる中、モグラは冷めた視線のまま画面を見続けていた。
「記録を見るに、動力の抽出には成功しているが、なぜかレーヴァテインが完全起動しないらしいな」
モグラはキーボードへ指を走らせる。
「何らかの魔法が干渉して、起動を阻害しているようだ」
シンは眉間に皺を寄せ、画面へ視線を据えた。
「共鳴の術環か……」
アオがはっと顔を上げる。
「そうか、フィリアが拒んでるんだ……!」
画面の中で淡い光が明滅するたび、その輪郭が頼りなく揺らぐ。アオはその姿をじっと見つめ、冷たい汗が頬を伝った。
「でもこのままじゃ……っ、はやく助けに行かないと……っ!」
アオがさらに画面へ身を乗り出しかけた時、後ろからラドの手が肩を強く掴む。
「……おい、熱くなるな」
低く押さえた声が耳元へ落ちる。
「こんな地下の穴蔵で喚いたところで、ヴァルガンドには届かねぇよ」
ラドはアオを支えたまま、今度はモグラへ視線を向けた。
「モグラ。当然、その映像の出所は抜いてあるんだろうな」
「……ああ。データごとチップに入れてやる」
短く答えたモグラは、机脇へ置かれていた小型端末へ指を滑らせた。青い光が細く明滅し、小型端末へ情報が次々と書き込まれていく。
ラドは鼻を鳴らし、一度だけ頷いた。
「上出来だ。……行くぞ、お前ら。ここで暴れても意味がねぇ。一旦戻るぞ」
アオは唇を強く噛み締めたまま、涙の滲む瞳で映像のフィリアを焼き付けるように見つめる。震える息を押し殺すと、名残を振り切るように踵を返した。
その後ろでは、シンが険しい顔のまま視線を伏せていた。強く握られた拳の筋がわずかに浮き、重たい足音だけが遅れて二人の後を追っていく。
◇──◇──◇
機械音の反響する地下通路を抜け、三人は重苦しい沈黙のままラドの工房へ戻ってきた。扉が閉まる鈍い音が薄暗い室内へ広がる中、ラドは二人の張り詰めた空気を横目で眺め、小さく息を吐きながら工具台の端へ腰を預ける。
「……俺は奥でモグラから貰ったデータを整理しとく」
そう告げると、ラドは無数の配線が垂れ下がる奥の作業部屋へ姿を消していった。
配管の奥で低い駆動音だけが続く工房の中、シンは壁へ背を預けたまま動かない。伏せられた視線は床へ落ち、握られた拳の影が作業灯の明かりを受けて鈍く沈んでいる。張り詰めた静寂に耐えきれなくなったように、アオが唇を開いた。
「シンさん、今すぐ出ましょう。座標さえ分かれば、すぐに──」
「策もなしに乗り込んでどうする」
低く落ちた声が途中で言葉を遮る。シンは壁へ背を預けたまま俯き、暗い視線を足元の影へ向けていた。
アオは唇を強く引き結び、そのままシンへ歩み寄る。
「でもっ……! フィリアは今も苦しんでる! それにシンさんのギアブレードだって! このままだと破壊の道具にされて、セレストルが滅ぼされてしまうかもしれないんですよ! いいんですか!?」
荒らげた声が部屋へ響く。その言葉を聞くうち、シンの表情が徐々に険しさを増していった。壁へ押し付けられた拳がわずかに震え、軋むような音が静かな室内へ滲む。
「……良い訳ないだろ……っ!」
怒りを押し殺した低い声が鋭く響き、シンは勢いよく壁から背を離した。
「俺だってフィリアを助けたい……! ギアブレードを取り戻したい……! あの剣で街を焼かれるのを黙って見ていられるわけがないだろ……!」
低く震える怒声が続くたび、押し込められていた感情が少しずつ噴き出していく。
「……だが、今の俺には力がない……!」
吐き出すような言葉が途切れ、シンは眉間へ深い皺を刻んだまま視線を落とす。
「ギアブレードなしで、どう戦えって言うんだ……!」
握り締められた拳へさらに力が込められ、噛み締めた唇の端がわずかに震える。重苦しい沈黙が部屋へ落ちる中、アオはその姿を見つめたまま小さく息を呑んだ。
しばらく誰も口を開かなかった。部屋へ重たい沈黙が残る中、アオが静かに歩き出す。部屋の隅へ置かれていた無骨な銃を両手で拾い上げると、中央の作業台に置き、鈍く冷えた銃身へそっと指先を当てた。
淡い光が指先へ灯り、アオがなぞった軌跡に沿って青白い光が鉄の表面を走る。細い光の線は複雑な紋様を描きながら銃身へ深く刻み込まれていく。熱を帯びた金属の匂いが静かな部屋へゆっくりと広がる中、シンは細めた瞳でその手元を見つめていた。
術環を書き終えたアオは銃を抱え上げ、真っ直ぐシンへ差し出した。
「……この術環は、僕のマナと共鳴します」
その言葉に、シンの瞳がわずかに揺れる。
「──僕が、シンさんの弾丸になります」
アオは迷いのない瞳でシンを見つめ返していた。シンは差し出された銃を見つめたまま、目を見開く。張り詰めていた呼吸が浅く途切れ、その唇が小さく開いた。




