第10章 対価(3)
ラドに教えられた通り、アオは壁際を這う赤い蒸気管を目印に薄暗い通路を進んでいた。
錆びた金属板で塞がれた壁の隙間からは無数の配線が垂れ下がり、頭上を走る蒸気管の継ぎ目から白い煙が絶え間なく漏れ出している。見慣れない機械や工具が通路脇へ乱雑に積み上げられ、アオは落ち着かない様子で視線を巡らせながら進んでいく。
不意に、頭上の配管の継ぎ目から蒸気が吹き出し、隣を走る配線の束が大きく揺れた。肩を跳ねさせたアオは小さく息を呑み、慌てて赤い蒸気管へ視線を戻した。
「えっと……三つ目の分岐……」
指を指して数えながら通路を進み、三つ目の分岐を左へ曲がる。突き当たりの薄暗がりでは、煤けた青いランプが扉の上で明滅を繰り返していた。
「ここ……かな……」
アオは鉄板を継ぎ接ぎにしたような大きな扉を見上げる。重たい金具や剥き出しのボルトが無数に打ち込まれた扉は、地下空間の湿った空気を受けて鈍く錆びついていた。
アオは一度だけ周囲を見回し、扉へそっと手を掛ける。慎重に押し開かれた隙間の奥から、冷えた空気がゆっくりと流れ出した。
「おじゃましまーす……」
誰へ向けるでもなく零れた声が、暗い階段の奥へ吸い込まれていく。
アオは壁へ手を添えながら、地下へ続く金属階段をゆっくりと降り始めた。硬い靴底が段差を打つたび、乾いた足音が狭い空間へ反響を繰り返す。
やがて階段の下へ辿り着くと、横手へ伸びた通路の先に半開きの扉が見えた。隙間からは青白い光が漏れ出し、薄暗い床へぼんやりと四角い輪郭を落としている。アオは息を整えながら、その扉をそっと押し開けた。
部屋へ足を踏み入れると、無数の青白い光が視界へ広がる。机の上には複数のホログラム画面が浮かび、表示面の上を白い文字列が絶え間なく流れている。乱雑に積まれた機械部品と配線が床を埋め、熱を帯びた機械音が低く部屋全体へ響いていた。
部屋の中央では、煤けた白衣を羽織った男が椅子へ腰掛け、こちらへ背を向けたままキーボードを叩いていた。丸められた背中の向こうで、無数の画面光が白衣の皺を照らしている。
「何の用だ」
男は振り返ることなくキーボードを叩き続ける。青い画面の上を流れる文字列を追う視線も止まらず、その声だけが機械音の中から低く響いた。アオは一瞬息を詰まらせた後、慌てて声を上げた。
「あのっ……! ヴァルガンドの中を調べられるって聞きました! フィリア……っ、連れ去られた子の居場所が知りたいんです! どうか、手を貸してくれませんか……!」
張り詰めた声が部屋へ響く。
キーボードを叩いていた男の手が止まり、青白い画面光の中で首だけがゆっくりとこちらへ向いた。乱れた前髪の奥から覗く視線が、アオの顔つきや服装を無言のままなぞっていく。
しばらく無言のまま眺めた後、男は短く息を吐いた。
「……手伝う義理はねぇな」
それだけ言い残すと、男は再び正面の画面へ向き直る。静まり返っていた部屋へキーボードを叩く乾いた音が戻り、モニターには白い文字列が絶え間なく流れ続けていた。
「ヴァルガンドに喧嘩売って、まともに生き残った奴なんざ見た事ねぇ」
「でもっ……! どうしても助けたいんです! お願いします!」
アオは勢いよく頭を下げる。強く握り込んだ拳へ爪が食い込み、浅く乱れた呼吸に混じって震える声が押し出された。
「僕にできることなら、何でもしますから……!」
キーボードを叩く音が止まり、再び部屋へ沈黙が落ちる。男はゆっくりと椅子へ背を預け、低く口を開いた。
「地下坑道の“鉄殻蜥蜴”だ。胸殻にレアメタルを溜め込む。情報が欲しいなら、そいつを持って来い」
その言葉に、アオははっと顔を上げた。
男は椅子の背にもたれたまま、薄暗い部屋の奥からアオを睨むように見据えた。
「ヴァルガンドの閉鎖網を覗くってのはな、下手をすりゃこっちの居場所ごと掴まれる。……命張る対価としては安い方だろ」
モニターの青白い光が男の横顔を鈍く照らす。
「……もっとも、お前みたいな坊主じゃ傷ひとつ付けられずに終わりだろうがな。……それでも行くのか」
アオは男の視線を真っ直ぐ見返したまま、迷うことなく頷いた。
「はい! 必ずとってきます……!」




