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歯車と星の環  作者: 進藤晶人
第二部 知の都 セレストル
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第9章 追放(3)

ヴァルガンドの飛行艦が黒煙を引きながら雲の向こうへ消えた後、空を覆っていた灰色の雲から細かな雨粒が落ち始めた。砕けた石畳には濁った水が溜まり、崩れた建物の隙間では消火術式の光が断続的に明滅している。焦げた木材と溶けた金属の臭気が湿った風へ混じり、負傷者を運ぶ術師達の怒声と担架の軋む音が通りを絶え間なく横切っていった。


二人は大魔導院直属の武官達に取り囲まれ、中央棟へ続く大通りを連行されていた。シンは抵抗する様子もなく、雨に濡れた前髪を垂らしたまま俯き、重い足取りで石畳を踏み続けている。隣を歩くアオだけが何度も振り返り、黒煙の立ち昇る街並みを不安げに見つめていた。


二人が通されたのは、大魔導院中央棟に存在する『魔導審議廷』だった。高い列柱が薄暗い室内の奥まで続き、その両脇には半円状の審議席が並んでいる。各部門の責任者や上層術師、審議会を構成する評議員達が顔を揃える中、古代遺物研究所の所長の姿もその一角へ席を連ねていた。審議廷の中央へ立たされた二人へ、鋭い視線が一斉に注がれる。


議長席へ座る老術師が、手元の書類を閉じる。深く刻まれた皺がわずかに動き、低い声が室内の冷えた空気へ沈んだ。


「ヴァルガンド軍の侵攻。セレストル中央区画は壊滅的な被害を受け、負傷者も多数……全ては、貴様らが招いた災厄の結果だ」


別の術師が杖の石突きを床へ鳴らし、鋭い視線をシンへ向ける。


「精霊と大罪遺物を都市へ持ち込んだ責任は重い。これほどの被害を引き起こした以上、即刻追放、あるいは処刑すべきではないか」


「処刑」という言葉が落ちた瞬間、アオの肩がびくりと揺れた。張り詰めた空気の中、震える息を押し込むようにして声を上げる。


「違います……! ギアブレードや精霊が狙われていたことは、僕もシンさんも知らなかったんです!」


アオの声が審議廷へ響く。しかし審議席へ並ぶ術師達の表情は変わらない。


審議席の一角に座る所長が深く息を吐き、杖を床へ軽く突いた。


「精霊については、一度上層部の裁定で不問としたはずじゃ。管理責任を棚へ上げ、全てをあの子らへ押し付けるつもりか」


所長は審議席を見回しながら続ける。


「そもそも、ヴァルガンドが精霊と遺物を狙っていた事実を誰が予測できた。結果だけを見て責任を問うのであれば、あまりに乱暴じゃろう」


幾人かの術師が眉を顰め、審議席の各所から低いざわめきが広がっていく。険しい議論が交わされる中、アオは隣へ視線を向けた。


「……シンさんも何か言ってください!」


呼びかけても、シンは答えない。焦点の定まらない視線が床へ落ち、固く握り込んだ拳だけが微かに強張っている。


「シンさん……?」


細く漏れた声にも反応はなく、アオは唇を引き結んだまま、俯くシンを見つめることしかできなかった。


長い議論の末、議長席の老術師が木槌を高く掲げる。乾いた音が広間へ重く響き渡り、ざわめきが一斉に止んだ。


「シン、およびアオ。両者二名の処分は、セレストルからの永久追放とする」


「……追放……」


アオの唇から掠れた声が零れる。幼い頃から見上げてきた白亜の尖塔群、石畳を埋める市場の喧騒、夕暮れに灯る魔導灯の光、見慣れた街並み──それらの光景が次々と浮かび、胸の奥が強く引き攣った。握り締めた指先へ力が入る隣で、シンは最後まで顔を上げなかった。ただ、俯いた口元で奥歯を噛み締める気配だけが、張り詰めた静寂へ微かに滲んでいた。



   ◇──◇──◇


しばらく後、支度を終えた二人は、所長とモモに見送られながらセレストル外門前の広場に立っていた。灰色の雲間から差し込む夕光が街路を鈍く照らし、巨大な白門の向こうへ続く街道は、茜色の空の下で北側の森へ長く伸びている。


所長は白い髭を指先で撫でながら、二人に静かな視線を向けた。


「……処分は永久追放じゃ。二度とセレストルへ戻ることは許されん」


一度言葉を切った後、疲れの滲む目元がわずかに和らぐ。


「……じゃが、お前たちの旅は、まだ終わっとらんのじゃろう」


「所長……」


アオの瞳へ薄く涙が滲む。その横から歩み寄ったモモが、そっと小さな結晶のペンダントをアオの手に握らせた。半透明の赤い結晶内部では淡い光が揺らめき、触れた指先へ微かな熱が伝わってくる。


「これは『マナの灯火』です〜。周囲のマナを少しだけ引き寄せてくれる試作品で、まだ不安定な部分も多いんですけど……マナの薄い場所では役に立つと思います〜!」


モモの指先へ力が入り、丸眼鏡の奥の瞳が真っ直ぐアオを見上げた。


「絶対、諦めちゃダメですからね〜」


アオは強く頷き、ペンダントを首へ掛けると服の内側へ滑らせた。隣では、シンが俯いたまま石畳へ視線を落としている。


「……俺が来なければ、こうはならなかった」


掠れた声が漏れる。シンは拳を強く握り締め、奥歯を噛み締めたまま目を伏せる。


アオは首を横へ振り、その拳を両手で包み込んだ。


「そんなことありません。僕は、シンさんと一緒にいたことを後悔なんてしていません」


包み込んだ拳を胸元に引き寄せながら、アオは真っ直ぐシンを見つめる。


「フィリアに出会えたのはシンさんのおかげです。それに、シンさんはギアブレードで何度も僕たちを守ってくれたじゃないですか」


アオの目元が優しく緩む。


「だから終わりじゃありません。フィリアも、ギアブレードも、今度は僕たちが助けに行きましょう」


シンの視線がわずかに揺れた。ゆっくりと顔を上げ、真正面から向けられるアオの瞳を見返した後、たじろぐように一度だけ瞬きをする。閉ざされていた瞳の奥へ、消えかけていた光が微かに戻っていく。


シンは小さく息を吐くと、外套の襟元を整えた。吹き抜ける冷たい風を受けながら街道へ足を踏み出すと、アオも静かにその隣へ並ぶ。夕暮れに染まるセレストルの白壁が背後で遠ざかり、北へ続く道へ二人の影が静かに伸びていった。


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