第7章 禁書(1)
フィリアは光の粒を尾のように引きながら、アオの周りを落ち着きなく飛び回る。軌道を変えながら旋回を続けた後、アオの肩に舞い降りてその顔を見上げた。アオは困ったように笑みを漏らし、胸元のポケットを開いてみせる。するとフィリアは、淡い光を瞬かせながら布地の内側へ収まった。光の気配がふっと薄れ、外からは小さな膨らみしか分からなくなる。
その様子を確認したモモは、丸眼鏡を押し上げながら表情を引き締める。
「研究所の中なら『珍しい使い魔』で誤魔化せますけど、上層部に見つかったら大変です〜。移動するときは絶対に隠しておいてくださいね〜」
アオは胸元へ手を添えたまま真剣な顔で頷き、布越しに伝わる微かな気配へ意識を向ける。一度呼吸を整えると、隣で腕を組んでいたシンへ向き直る。
「次は、シンさんの剣の謎を解く番です」
わずかな沈黙の後、シンは背中の布包みへ視線を落とす。遺跡で目にした見慣れた機構の数々、最深部で捕らわれていた精霊、そしてギアブレードと酷似した武装設計図──断片的だった情報が頭の奥で少しずつ繋がり始めていた。
アオは表情を引き締めてモモに向き直る。
「モモさん、大魔導院に残っている古代文明関連の資料を調べたいんです。特に、兵器や動力機構に関するものを……。一般閲覧区画じゃなくて、禁書庫になら、何か手がかりがあるんじゃないでしょうか」
問いかけを受けたモモは視線を伏せ、困ったように眉を下げる。
「う〜ん……。たぶん禁書庫にはありませんねぇ」
モモの返答に、アオは目を瞬かせた。
「えっ?」
「古代兵器とか文明崩壊関連の記録は、禁書庫よりさらに上の『封印指定資料室』へ隔離されてるんです〜。でも、閲覧権限があるのは院長クラスと中央議会直属の監査官くらいで、管理権限がある所長クラスでも自由に閲覧できるわけじゃないんですよ〜」
研究室の空気がわずかに張り詰める。シンは腰に片手をあて、低く息を吐いた。
「随分と物騒な場所だな」
「危険な魔導技術の記録も残ってますからねぇ……。しかも鍵は普通の物理キーじゃなくて、一定時間ごとに魔力波長が変化する認証鍵なんです。数時間おきに術式が更新されるので、複製も簡単じゃありません〜」
モモは机の上へ指先で複雑な術式をなぞりながら説明を続ける。その動きを見つめていたアオが、ふと首を傾げた。
「……どうしてそんな事まで知ってるんですか?」
問いかけられたモモはぴたりと指先を止めた。丸眼鏡の奥で視線が泳ぎ、わずかに肩が跳ねる。
「その……以前、所長に頼まれて金庫の資料整理を手伝ったことがありまして〜。資料室の鍵も、その時に見ちゃったんです〜」
視線を逸らしながら指先を合わせるモモへ、シンが呆れ混じりの目を向ける。
「見ちゃった、で済む話か?」
「ち、違いますよ〜!? 勝手に盗み見たわけじゃありません〜!」
モモが慌てて否定する横で、アオはわずかに前のめりになった。
「モモさん、封印指定資料室の鍵、どうにか手に入れられませんか!?」
モモは両手を前へ突き出し、全力で首を横に振った。
「駄目ですよ〜! あそこに無断で入ったのが知られたら、本当に大変なことになります〜!」
アオは肩を落とし、深く息をつく。しばらく視線を彷徨わせたあと、シンの背中へ目を向けると、厚布に包まれた大剣をじっと見つめる。
その意図を察したシンは、表情を引き攣らせながら反射的にギアブレードを庇う位置へ身体をずらした。
「おい……! こいつは渡せないぞ……!」
モモはぱっと顔をあげると、実験台へ両手をついてぐっと身を乗り出した。瞳が爛々と光を帯び、視線が布越しの剣へ釘付けになる。
「も、もしかして……その未知の古代遺物を調べさせてくれるんですか〜!?」
実験台越しに迫られ、シンは思わず半歩後ずさる。モモはさらに興奮を隠しきれない様子で続けた。
「ちょうど今夜、所長は中央議会の会合で不在なんです〜! 認証鍵そのものは金庫の中なので無理ですけど、波長の更新記録なら執務室に残ってるはずなんです〜! それと以前見た認証鍵の術式構造を組み合わせれば、短時間だけ使える仮製鍵が作れるかもしれません〜!」
「捕まったら終わりだろ、それは」
シンの正論に、モモは言葉を詰まらせた。勢いよく身を乗り出していた姿勢が少しだけ後ろへ引く。
「それは……まぁ、そうですねぇ……」
モモは肩を落としつつも、視線だけはギアブレードから離れない。研究室へ短い沈黙が落ちる中、シンは大きく息を吐き出した。
「……わかった。交換条件だ。俺とアオをその資料室に入れてくれるなら、こいつを調べても構わない」
静まり返った研究室に、モモの瞳がみるみる輝きを増した。
「ほ、本当ですか〜!?」
「……ただし」
シンはモモを真っ直ぐ見据える。
「壊すんじゃないぞ」
「もちろんです〜!」
モモは何度も頷くと、胸の前で拳を強く握り締めた。
「交渉成立です〜!」
モモは積み上がった書類の山を掻き分けながら大魔導院の見取り図を引っ張り出し、机に広げて次々と書き込みを加えていく。
執務室、警備巡回の経路、議会開催時間、封印指定資料室へ続く地下通路──細かな注釈が増えるたび、アオの表情も次第に引き締まっていった。
胸元のポケットでは、フィリアが小さな光を明滅させながら身を寄せている。シンはその気配を横目で確認し、再び背中のギアブレードへ視線を落とした。




