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歯車と星の環  作者: 進藤晶人
第一部 はじまりの森 グリーダ
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第1章 出会い(2)

木々の奥へ細く伸びる獣道を進みながら、アオは前を歩くシンの背中を食い入るように見つめていた。その瞳は、シンが背負う分厚い黒鉄の大剣へ向けられている。幅広の刀身の中央にはスリットが走り、隙間から噛み合う歯車が覗いている。刃を囲む蒼い金属帯だけが、月明かりを冷たく反射していた。


「あの……その剣って、もしかして古代文明の遺物ですか? 造形が他の遺物と少し似ている気がして……」


シンは足を止め、肩越しに振り返る。緑色の瞳が一度だけ背中の剣へ向けられた。


「遺物かどうかは知らないな。元は未完成のガラクタとして、長いこと倉庫に放り込まれていた代物だ。内部の機構が流用できそうだったから、少し手を加えて、手動で重心の位置を切り替えられるようにしてある。……俺は『ギアブレード』と呼んでいる」


言葉を切り、シンはアオの背負う古木の弓へ視線を移した。


「お前こそ、その弓で戦うのか。……矢筒が見当たらないが」


その言葉を待っていたかのように、アオはぱっと顔を輝かせた。


「これですか! これはですね、古代術環を弓に刻み込んでるんです。魔力を流すと術環(じゅっかん)が起動して、魔法の矢を形成して……普通の魔法よりマナが霧散しにくいので、遠距離でも威力が落ちにくいんですよ! 術環ごとに性質も変えられますし、遺跡探索でもかなり便利なんです!」


身振りを交えながら勢いよく話し続けるアオに、シンは怪訝そうに片眉を上げる。


「術環?」


「あっ! えっと、古代文明時代の魔法陣のようなものです!」


シンは納得したように頷くと、わずかに口元を緩める。


「……なるほどな。便利じゃないか」


シンは再び獣道に視線を向けて歩き出す。アオは口を開きかけたまま目を瞬かせ、肩の力を抜くように笑みを零した。シンを追う足取りは、先ほどよりも軽やかになっていた。



   ◇──◇──◇


歩を進めるうちに足元の土が硬い石畳へ変わり、鬱蒼とした木々の隙間から柔らかな灯りが滲み始める。


視界が開けたその先で、夜の帳に包まれたグリーダの街並みが静かに息づいていた。石畳の通りに沿って木組みの家々が並び、焼いた肉と香草の匂いが風に混じって微かに流れてくる。その奥では一際大きな樹影が夜空へ枝を広げ、梢の輪郭が月明かりに縁取られていた。


街門を抜けたところで、シンは通り脇の屋台から漂う匂いに足を緩めた。炙られた肉から立ち上る煙が夜気へ溶け、鉄板の上では油が乾いた音を立てて弾けている。シンはその光景を眺めながら、緩く目を細めた。


その横顔に気づいたアオが、はっとしたように声を上げる。


「あっ、そうだ! 助けていただいたお礼、まだしてませんでした。僕が食事をご馳走しますよ。せっかくですし、何か食べていきましょう!」


そう言いながら腰のポーチへ手を伸ばしたアオの動きが、不意に止まった。


「あれ……?」


指先で中を探り、反対側のポーチを開く。次第にその動きが慌ただしくなり、今度は上着の内側まで確かめ始めた。


「待ってください! ……財布がない……っ!」


青ざめた顔のまま、アオは呆然と立ち尽くす。


「森に入る前にはあったはずなんです。迷った時か、狼に襲われた時か……どこかで落としたのかな……」


震えていた声は次第に小さくなり、最後には唇を引き結んだまま俯いた。


しばらくその様子を見ていたシンは、自身の懐へ手を入れ、紐付きの革袋を取り出した。中身を覗き込み、親指で数枚の硬貨を弾くように数えた後、眉間に薄い皺が寄る。


「……何とかしてやりたいが、俺も人のことを言えるほど懐に余裕がないな」


シンは革袋の紐を締め、短く息を吐いた。


「二人分の宿と、今夜の飯ぐらいなら何とかなる。……明日、あの狼の討伐に手を貸してくれるなら、今夜の宿代は俺が持つ。あれを一人で仕留めるのは骨が折れそうだからな。宿代はその報酬から返してくれればいい」


「……すみません。街まで送ってもらった上に、宿まで……」


「気にするな。別に大したことじゃない」


肩を落としたままのアオを連れ、シンは街の中央部へ向かった。


冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けると、熱気と喧騒が一気に押し寄せてきた。火酒の刺激的な香りと煮込み料理の湯気の中に、湿った獣革の匂いが混じる。鎧がぶつかる音と低い笑い声が、暖炉で爆ぜる薪の音に重なって響いていた。


シンは慣れた足取りで人波を抜け、受付台へ向かう。


「森の奥で手配書の狼と遭遇した。仕留め損ねたが、斬撃を弾く奇妙な鱗を持っていたぞ。何か新しい情報はあるか?」


受付の職員は羽ペンを止め、手元の資料を数枚めくる。


「最近報告が増えている変異種ですね。外殻に強いマナを纏っていて、攻撃が通りにくい個体です。確認されている縄張りは『黒霧の窪地』周辺になります」


「黒霧の窪地……」


隣でアオが小さく息を呑む。


シンは受付台に片肘をついたまま、視線だけをアオへ向けた。


「何かあるのか?」


問いかけられたアオは一瞬だけ瞳を彷徨わせ、小さく頷く。


「その奥にある朽枝の星祷院へ向かうつもりだったんです」


その言葉に、シンはわずかに眉を寄せた。


「なら、なおのこと放ってはおけないな」


鼻から息を抜き、受付台から身を起こす。


「倒せば報酬も入るし、ちょうどいい」


アオは目を瞬かせた後、強張っていた肩の力を抜いた。


「はい。力を合わせればきっと……」


そこまで口にしたところで、アオは不意に「あっ」と声を漏らした。


「そういえばまだ名前を言ってませんでした! 僕はアオです」


シンは一度だけ目を瞬かせる。


「……シンだ」


「改めて、よろしくお願いします! シンさん!」


胸元で軽く拳を握り、弾むような声を上げるアオに、シンはわずかに口元を緩めた。


「ああ。よろしく頼む」


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